第6話 日常を偽って、刃を研げ

「あら、今日は遅かったのね? 剣介君」

「め、珍しい、ね?」

「ふん! 部活に遅刻なんて、弛んでいるんじゃないの?」


 部長を名乗る怪人は、約束を守ってくれた。

 謎空間から脱出させて貰った後、俺はいつも通りの日常を過ごして、翌朝に登校。特に何のイベントも起こらずに放課後まで退屈な時間を過ごし…………そして今、彼女たちの前に居る。

 文芸部の部室に、居る。

 彼女たちに変わった様子はない。

 昨日、俺を食い殺そうとしてきた化物には到底見えない。どれだけじっくり見ても、俺には普通の女の子……いや、普通以上の美少女にしか見えないのだ。

 疑いたくなる。

 昨日の出来事が、白昼夢では無かったのかと。

 でも、それはあり得ない。既に今朝確認してしまっている。虚空から出現させた退魔刀の存在を。俺が戦うべきだと決めて、選んだ道の証明を。


「ええ、すみません……ちょっと野暮用がありまして」


 俺は平静を装って、彼女たち三人に言葉を返す。

 バレてはいけない。

 不審に思われてもいけない。

 部長が彼女たちの記憶を封じていたとしても、それは絶対に安全とはならない。俺が、彼女たちの正体に気づいてしまったことは、何が何でも隠し通さなければならないのだ。

 そのために必要なのは、演技力。

 心の中の動揺を隠し通して、日常を装う演技力。

 そう、この俺の得意とする分野だ!


「ところで、剣介」

「何かな? 飛鳥」

「なんで、そんな小刻みに震えているの?」

「昨日、ちょっとアップデートして、バイブレーション機能を実装したんだわ」

「へぇ…………なんでアタシが近づくと離れるの? いつもは、『お? やるんか? 何かやるんか?』と駄犬みたいに寄って来る癖に」

「それは…………思春期だから」

「今更?」


 はい、嘘です。

 俺にそんな演技力は存在していません。ううむ、一応、演劇についてはちょっと勉強した時があったんだけれど、演技の練習自体は全くしてないからなぁ。

 でも、あれだ、うん。

 流石に、これだけの反応で俺が彼女たちの正体に気づいた、事に勘づかれることは無いはず。


「飛鳥ちゃん、何か意地悪なことでもしたんじゃないのー?」

「くぴくぴ……ぷはぁ。飛鳥ちゃんは、スキンシップが、過剰」

「なによぅ! 皆して、アタシがこいつを虐めたみたいに!」


 ほぅら、この通り多少怪しくても、昨日の記憶が無ければ――――誰が思うだろうか? 共に日常を過ごした女の子を化物だと見破っている、なんて。

 俺の記憶の限りでは、彼女たちが化物としてのボロを出したことは無い。

 故に、彼女たちの偽装が完璧であればあるほど、俺が正体を知ったという事実を隠し通せるという寸法よ!


「でも、さぁ…………剣介。ちょっと、おかしくない? なんか、よそよそしいというか、私に隠していること、あるでしょ?」

「――――っ!」


 ただ、よく考えてみるとだね、彼女たち、外見通りの年齢じゃないじゃん? 部長の話が真実なら、五百年ぐらいは最低でも生きているじゃん? となるとさ、俺みたいな小僧なんかよりも、よほど長い時間、人間を見ているわけじゃん?

 …………観察眼、並外れていてもおかしくないよね?


「そ、そそそ、それは、なんのことやら。おほほほほ」

「言いなさい」

「待って。即座に関節を極めるのは良くない、話し合おう」

「そうね。話し合ってあげるから、言いなさい…………何を怖がっているの?」


 わぁい! 飛鳥のご尊顔が近くにあるよぉー! キス出来ちゃう距離じゃーん! まぁ、キスされたら死亡確定なんですけどね!!

 さて、昨日までの俺だったら。この状況を利用して口説きに行っていたところだけれど、うん。仕方ない、こういう場合のことも一応考えている。

 覚悟を、決めるとしようか。


「…………わかったよ、飛鳥。完敗だ。言うよ、君に、隠していたこと」


 俺は息を整えて、体の震えを止めて、飛鳥と向き合った。

 じっと、飛鳥と向き合うとなると、今度は近距離で見つめ合うことになるので、飛鳥は少し頬を赤く染めて「むぅ」と呟き、後ずさる。やっべ、可愛い。くそう、これが演技だったとしても、めっちゃ可愛いんだよなぁ、もう。


「これは、君に言おうかどうか、迷っていたことなんだ。本当は、ずっと何も言わなければいいのかもしれない。それが俺にとっての最善なのかもしれない。でも、君に問い詰められて、分かったよ。俺は、言わなきゃいけないんだ」

「…………剣介」

「飛鳥」


 いつになく真剣な俺の口調に、飛鳥はたじろぎ、様子を見守っていた先輩二人もごくりと喉を鳴らした。

 僅かな沈黙が降りた部室の中で、俺は――――スクールバックの中から、そっと学校へ隠し持ってきたブツを取り出す。


「『簒奪のエピタフ~獣鬼咆哮~』…………君に貸した、エロゲーの続編だ」

「えっ?」


 そう、こんなこともあろうかと持ってきた、偽装用の動機を。


「前に貸した時、君は怒っていたね? でも、俺は思うんだ。怒ってはいたけれど、君はちゃんと、ストーリー自体は楽しんでくれていたのだと。元々、物語に興味があったからこそ、全年齢版を借りたいと俺に言ってくれからね。だから、本当は続編をやりたいのに、俺に対して怒っちゃったから、言い出しづらいのかと思ってさ」

「剣介……アンタの隠していたことって」

「まぁ、これで外しちゃったら、俺、かなり痛々しいことになるから、ちょっと躊躇っていたんだけど…………どうかな? これ、受け取ってくれるかな?」


 本音を隠すのならば、本音の中。

 実際、嘘は言っていない。俺が飛鳥に対してエロゲーの続編を貸したいと思っていたのは本当のことだ。だからこそ、隠れる。俺の怯えも、動揺も、全てはこれの所為であったのだと。少なくとも、これが一因であると推察してくれるはずだ。


「ふん、そんなことであんなに怯えなくても…………それで、全年齢版?」

「いや、R-18版だけど?」

「くぉんのぉおおおおおおおおおおおおお!!」

「んなぁあああああああ!!? 痛い関節技だ! 靭帯を痛めてしまう類の関節技だ! ええい、直ぐに暴力は止めろって!!」

「言葉じゃあ、絶対に止まらないでしょう!? アンタは!」

「よくご存じでぇええええええ!!?」


 まぁ、それはそれとして、ダメージは受けるんですけどね!

 俺は飛鳥の関節技で悶絶しつつ、遠のく意識で考えた…………ひょっとして、この行動。飛鳥にとってはスキンシップなのだろうか? と。飛鳥の正体から考えれば、この程度の絡みは『んもう、剣介のばーか♪』ぐらいのノリで繰り出されているのだろうか? 体同士が触れ合うスキンシップ感覚なのだろうか?

 や、嬉しいよ? 実際、飛鳥の正体を知った今でも、関節技を仕掛ける時に体を密着してくれるのは嬉しい。めっちゃ嬉しい。いい匂いがするし、柔らかいし最高だ。

 でも、いてぇよ。普通にいてぇよ。俺じゃなければ、泣いているよ。


「もう、反省した!?」

「おぼぼぼぼぼぼぼぼ」

「ふざけていないで、ちゃんと答えなさい!」

「飛鳥ちゃん、飛鳥ちゃん……命の危機が……」

「あらあら、飛鳥ちゃんはいつまで経っても、親愛を乱暴な形でしか表せない恥ずかしがり屋さんですね?」

「は、はぁ!? 何を言っているんですか!? 天音先輩!」

「おぼぼぼ…………ぼっ………………」

「け、剣介くぅーん!?」

「ところで、そろそろ放してあげないと危ないわよー? マジでー」


 その後、俺はしばらくの間意識を失っていたのだが、目が覚めた時、飛鳥の膝枕だったという幸せイベントが発生していた。

 恥ずかしながら、ツンデレのテンプレみたいな台詞をラノベ片手に言ってくる飛鳥の姿はとても可愛らしくて。

 いつまでもこんな日常が続けばいいと、そう思った。



●●●



 夜。

 自室に鍵をかけて、引きこもって考える。


「兄貴が部屋に鍵を掛ける時って、大抵、自室で『アレ』している時だよね」


 などと、妹に心を傷つけられた記憶を思い出すが、この時ばかりはそういう勘違いがありがたい。俺の行動は出来る限り、家族にも漏らさない方が良いからだ。


「さて、と」


 大学ノートの表に、『創作ノート』とでかでかと油性のサインペンで書き込む。

 これで、仮に何かの拍子でノートを覗き見されても問題ない。多少、痛々しく思われようが、リスクを最低限に留められるのならば、上等だ。


「まず、飛鳥」


 攻略方法、という見出しを書き込んでから、さらに『天狗』というワードを書き込み、そこから情報や考えを派生させていく。

 天狗という種別。自己申告。信じるべき? 嘘を言う理由は今のところ、思い当たらない。あの時の不意打ちで食い殺すつもりだった。ならば、飛鳥が天狗という妖怪であることを前提で考えるべき。

 天狗の戦闘方法。

 羽を飛ばす。凄い切れ味。翼で飛ぶ。割と飛ぶ。風を操る。真空波? 見えない刃のような物も操る。固そうな大蜘蛛の足を斬るぐらいの威力。動きは速い。かなりの速度。広い場所では絶対に追いつけない。捉えられない。防御力は? 余り高くない。反撃を食らうと、直ぐに吹き飛ばされたり、ダメージを受けていた。中身は軽い? 鳥と似たような構造? でも、まるで痛みや苦痛を見せない。不死と言われていたが、再生はしなかった。出来なかった? でも、胴体が溶かされた状態でも、『あーあ、失敗した』程度のリアクションだった。まだ、謎は多い。


「次は、早枝先輩」


 『泥スライム』というワードを書き込み、同じようにノートにシャーペンを走らせていく。

 泥っぽい。不透明。どろどろになる。体温は感じる。消化? 同化? みたいな動きで攻撃。取り込もうとする感じ。体の全体が攻撃兼防御。他の二体からの攻撃を受けても案外平気そうだった。でも、動きが鈍る時がある。魔力? 魔力を含んだ攻撃だと動きが鈍くなる? その時を狙って、蜘蛛の糸で丸められて拘束。なんで溶かさない? 溶かすことが出来ない? 時間がかかる? 物質によって溶かせるか、溶かせないかの基準がある? それとも、魔力に関係? 不死に関しては、一番見当が付かない。どんな攻撃も不定形だから意味がない。炎系の攻撃は? そんな程度の弱点で不死? 要検討。


「最後は、天音先輩」


 『大蜘蛛』というワードを書き込み、あの時の三つ巴怪獣決戦を思い出す。

 蜘蛛。糸を使う。罠タイプ? 罠も使えるけど、基本、物理。消化攻撃を浴びない程度には早い。天狗の刃で節足を斬られたが、平然と動く。痛みもダメージもあるようなリアクション。でも、三体の中では一番余裕があった。どれだけの攻撃を食らっても、ダメージを受けても動き続けるようなイメージがある。再生はしてなかったが、やろうと思えば出来たのかも? 最後に、奇襲が成功した理由は? 複眼が幾つか潰れていたので、死角が出来ていた。奇襲を受けても、のんびりとしていた理由は? 不死であるから? 慢心? 可能性はある。多分、一番強い。三竦みの中では最後まで勝ち残った。考えて戦えている? 不死という割には、普通にダメージを受けていたように見えたが? コーヒーで酔っ払っていた。そういえば、効くのか? 演技かもしれない。そもそも、普通の蜘蛛と同じ性質であるとは限らない。


「…………ふぅー」


 ペンを止めて、大きく息を吐く。

 ぐるぐると首、肩、手首などを回して柔軟。ついでに、軽くストレッチなどをして気分転換。そうしたとことで、改めてノートに書きこんだ内容を眺めて、考えを一区切りする。


「情報が足りない」


 結論は、このままであれば、俺は確実に死ぬだろうということ。

 相手が油断していようが、一対一で考えうる限りの理想的な状況を用意できたとしても、俺は死ぬ。彼女たちの不死のギミックを解き明かさない限りは。

 加えて、俺には退魔刀の訓練も必要だ。

 一か月程度の訓練で、何か変わるとは思えないが、やらないよりは各段にマシだろう。

 それを考えると、圧倒的に時間が足りない。このまま、情報収集と訓練を両立させようとすれば、絶対に届かないという予感が、俺にはあった。

 そう、俺一人ならば。


「仕方ない、あいつを頼るか」


 俺は『創作ノート』を閉じ、携帯端末からとあるアドレスを開く。

 この手の問題であれば、俺の知る限りでは一番頼りになる悪友へと、連絡を取るために。

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