第5話 選んだ理由、選ばない理由

 想いがすれ違ってしまった場合、大切なのは会話による相互理解だ。

 もちろん、いくら言葉を重ねても全然理解し合えない相手というのは存在するのだけれど、それはそれとして、この状況では相手が怪人だろうともきちんと話し合わないといけない。


「状況を整理しよう」

「そうだね」

「まず、俺は退魔刀を取ろうとした」

「うん」

「でも、部長はそれがちょっと意外だった、と」

「うん……まぁ、なんというか? 意外、というか? 別に違う方を選んで欲しかったわけじゃあないけれど? 結果的には、そういう風にも言えちゃうかな?」

「ふっわふっわな肯定」


 俺と部長はとりあえず、刀の引っ張り合いを止めて、互いに地面に座り込んで話し合っている。両方とも胡坐だ。距離は近くも無ければ遠くもない。互いのパーソナルスペースを守る、程よい距離。


「あの、部長」

「なんだい?」

「…………どうしても、そっちを選ばなきゃいけない感じなら、その、やり直します? 多分、俺は死ぬと思いますけど、もう、提示する方がそっちを選ぶべき! みたいな感じだったら、どの道、何をしても無駄だと思うので」

「や、そういう? 忖度? みたいな、そういうのは好きじゃないな、私は。でも、一応、どうして戦う手段を選んだのか、教えてくれないかな? ひょっとしたら、互いに何か勘違いしている部分があるかもしれないし」

「はぁ。んじゃあ、まぁ、説明しますが」


 俺は己の中で説明の筋道を考えて、組み立てる。

 出来るだけ分かりやすく、明確に。部長の意識が完全に、和解ルートだったのだから、その意識を翻すに足る説明でなければ、円滑に手を貸して貰えないかもしれないから。


「まず、最初に断言しちゃいますが、一か月で和解は無理です」

「おいおい、やる前から諦めちゃうのかい? そこはこう、青春の熱いパトスとか、人間特有の無謀な勇気と恋情で突っ走るところでは無いのかな?」

「無理です」

「…………ガチで?」

「ガチで無理です。その理由を簡単に説明するとですね…………まず、人じゃないですよね、三人とも」

「うん」

「人じゃないってことは、価値観も人間とは異なる部分がありますよね?」

「うん」

「同じ人間同士でも、価値観のすれ違いがあるのに、ましてや違う種族の女の子を、それも、俺よりも遥かに長い時間を生きて来た存在の意志を変えさせるような、都合の良い言葉なんて持ち合わせていませんよ、俺は」

「…………あー」


 俺の説明を受けて、部長は『そういえば、そうだ』みたいな声を出して、小刻みに何度か頷く。どうやら、ご理解していただけたらしい。


「加えて、三人とも説得しなければ、俺は生存できませんよね? 例え、何かの奇跡で一人説得できたとしても、残りの二人が納得できなければ、確実に死にますよね? そもそも、化物三竦みで睨み合って長い間生きて来た人たちなんですから、その退部届にサインをさせるには『三人同時』という前提があるはずです」

「まぁ、そうだね」

「つまり、三人同時に、『化物であることを諦めさせるほどに親しくならなければならない』という、無謀と言い切っても良い条件が浮かび上がります。わかりますか? 化物という背景が無い、そこら辺に居るごく普通の女子たちとだって、三人一緒に親しい関係になるのは無理です。よしんば、俺に百戦錬磨の女たらしスキルがあったとしても、同じ部活に所属している三人と同時に、『フライングさせないように』仲良くしていくのは不可能と言ってもいい」

「そんなに?」

「はい!」


 俺の力強い断言に対して、部長は「マジかぁ……」と心底驚いたような声を吐き出す。

 この人、ひょっとして何も考えずに、その場のノリで提案しただけなのでは?

 …………というか、実は本当の問題はこの二つですらない。


「そして、最大の問題点ですが」

「まだあるの?」

「これが最後です…………期間の短さ! 一か月は、無理! 一か月は、ぜぇーったいに、無理! 絶望的に無理!!」

「そんなに?」

「普通の女の子相手でも無理ぃ!」

「いやいやいや、普通の女の子だったら、なんとかなるだろう? もちろん、相性もあるかもしれないが、こう、気合で!」

「出来るかァ! 恋愛舐めるなぁ! つーか、普通の女の子相手だったとしても、化物から人間になってもらうって、普通に付き合うレベルの親密さじゃ無理だよね? 恋愛に換算すると、結婚してくれ! というプロボーズをガチでオッケーしてもらうぐらいの親密さを要求されているよね!?」

「うん」

「じゃあ、無理だよ! 普通の女の子でも、一か月の付き合いで、男子高校生相手に婚約までオッケーしちゃう奴は、頭がお花畑ガールだよ!!」

「…………そう?」

「そうだよ!!」


 俺は息を切らしながらも、全力で叫んだ。

 そーんな簡単に女の子と親しくなれるわけがないだろ! いい加減にしろぉ! と。

 いや、マジでそうだからね? 俺だって、色んな打算とか恋情とかを込々で、飛鳥に対して『お試し扱いでもいいから付き合いたい』という全力のアプローチをしていたのだ。

 さらにハードルを上げて、しかも期間が一か月だけで難題を達成できるわけがない。しかも、三人同時に攻略? 無理無理、化物染みた力を持った相手じゃなくても、普通の女の子相手だったとしても、刺されて死ぬ可能性があるわ。


「だけど、部長」


 ただ、ここで話を終わりにしてはいけない。

 あくまでも、この交渉に於いて俺の立場は下。部長という怪人の気まぐれ次第で、命が消えてもおかしくない立場の存在だ。

 それに、俺は確実に死ぬ道だったならば選ぶことは出来ないが…………もしかしたら、愚かと呼ばれても、無謀だったとしても、殺さずに済む道があるとしたら。


「一年です」


 俺はそれに命を賭けるのも悪くないと思っている。


「一か月じゃなくて、一年間に期間を伸ばしてください…………正直、それでも大分無理です。無謀です。でも、一年間あったなら、俺はきっと、例え失敗して殺されたとしても、後悔しないと思えるんです」


 文芸部で過ごした一か月間を思い出す。

 あの日々は全て偽りで、俺は彼女たちの掌の上で弄ばれていただけの生贄なのかもしれない。狩られる立場の獲物に過ぎないのかもしれない。

 でも、それでも、時間があるのならば。一年間の猶予があったのならば、もしかしたら、何かが変わるかもしれないから。

 俺は、恐れを飲み込んで、部長に問いかける。


「駄目、ですか? 散々文句を言った俺ですが、それでも、一年間の猶予が貰えるのなら、挑戦したいと思うんです。命懸けの、恋愛に」

「…………剣介君」


 部長は静かに笑みを作った。

 だが、それはこちらを嘲る笑みでは無くて。


「マジごめん。一年は無理」

「えっ?」

「一か月が限度。私の力の限界がそこ」

「…………えぇ」


 気まずさが滲んだ、謝罪の笑みだった。


「いや、だって、あれだよ? あの三体ね、相当だよ? はっきり言うけど、凄く強いの。凄い大物なの。彼女たち三体分の力を封じている時点で、私は凄く頑張っているの。彼女たちの記憶を封じるというのも、めっちゃ頑張った結果なの。一か月という時間も、私だから出来る最大限の時間でね? これ以上はちょっと…………うん、本当に無理なんだ」

「そんなに?」

「これ以上無理すると、最悪、彼女たちの封印が緩んで大虐殺が起きるのだよ。私の民たちが、数千単位で死んじゃう」

「そっかぁ」


 無理かー、じゃあ、仕方ないわー。

 俺たちはノイズ越しに、気まずく視線を合わせる。


「…………じゃあ、これ」

「あ、はい」


 そして、明らかにテンションが地に落ちた部長が、力なく退魔刀を私に手渡してくれた。

 なにこれ、すっげー、気まずいんですけど! 何なの!? さっきまで勇気を振り絞って格好つけようとした矢先に、こんなに虚しくて悲しいやり取りをしないといけないの!?


「消えろ、って言うと消えて。現れろ、って言うと現れるから。イメージした場所に出現させることが出来るけど、効果範囲は手元から一メートルぐらいね。きっちりとイメージして呼ばないと、変なところに現れて危ないから、気を付けて」

「はい……消えろ。あ、本当に消えた」

「しばらく練習するといい」


 落ち込みながらも、律儀に説明してくれる部長。

 ひょっとしたら、部長は彼女たちに死んで欲しく無かったのかもしれない。俺に和解の道を選んで欲しかったのも、そういうことなのか? でも、普通に考えればそうだ。五百年なんて、長い時間を一緒に過ごしたら、情が湧くに決まっている。


「部長……あのさ」

「言わなくていいよ、剣介君。確かにこれは仕方がないことだ。うん、化物は人を食らい、人は英雄となって抗う。これが正しい形なのさ」


 部長は口元で哀愁を含んだ笑みを浮かべると、虚空から一冊の文庫本を取り出した。その文庫本の表紙には、角の生えた可愛らしい女の子が美麗なイラストで描かれている。ライトノベルだ。しかも、最近人気の奴。俺も普通に知っている奴。

 その内容、確か。


「リアル異類婚姻譚…………見たかったなぁ。ううん、参考資料がフィクションだと、やはり問題があったらしい」

「部長、ひょっとして?」

「ああ、うん。概ね、君の考えている通りだと思うよ。今回の提案は、主に、この本に影響を受けてね?」

「え? それじゃあ、その、俺に和解の道を選ばせたかったのは?」

「リアル異類婚姻譚、尊いなぁ、ってやりたかった」

「現れろ」

「おっと、自分を殺せるような武器を人間に渡す神様が居ると思うかい? やだなぁ、神話の時代じゃないんだから、私だってきちんと学習して――」

「そぉい!」

「なんで蹴りぃ!?」


 俺は、ライトノベルの内容に影響を受けた部長(土地神)に対して、蹴りを入れた。退魔刀はフェイクというか、普通にツッコミには過多なので切りつけるわけがない。


「うう……微妙に魔力が込められた蹴りを放ってくるなんて……剣介君……君は、ひょっとしたら本当に英雄になるかもしれないね。神の啓示だ、誇っていいよ」

「尻を抑えている神様から啓示を受けても」

「良い蹴りを持っているね、マジで」

「矮小なる人間の戯れに付き合っていただき、感謝します」

「尻を抑えているところを拝まないで?」


 しばし尻を抑えた後、部長は「やれやれ」と仕切り直すように呟いて、肩を竦めた。


「お互い、上手く行かない物だね?」

「ですね」

「けどまぁ、君の足掻きを観るのも楽しそうだ。一か月の間は、私が意地でも記憶を戻さないように気を付けるよ。でも、だからといって油断しているとぱくりと食べられちゃうから、気を付けて」

「ういっす。そりゃあもう、身を持って実感したんで」

「よろしい。ならば、英雄となる君よ。精々、不死殺しを成し遂げてみなさい。君がそれを為せたのなら、今まで彼女たちに食われていった人の無念が少しは報われるかもよ?」


 意地悪く言う部長に対して、俺は首を横に振る。

 違うのだ。

 色々と覚悟がから回って、勇気を出した意味は皆無だったけれども、戦う道を選ぶのならば、誰かのため、なんてお題目でやるべきではない。


「や、俺は自分のために殺しますよ。死にたくないんで、彼女たちを殺します」


 これはエゴだ。

 自分が生きるために、他者を退けるためのエゴだ。

 誰かを助けられるほど立派ではない俺が、それでも、生きたいと願うからこそ、始める戦いだ。そこに、余計な物など入れてはいけない。


「くくく、そうかい」


 部長は口元を歪ませて、楽しそうに、愉しそうに笑った。

 ノイズ越しの視線は既に何処かへ消えてしまって、もう意図は感じられない。だが、それでもなんとなく、ささやかに応援されているような、そんな気分がしたのだった。

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