第4話 決断

 学生服の男子――部長の語りが終わった後、俺はしばしの間、放心していた。

 いや、納得がいかないというわけではない。むしろ、納得がいくからこそ、放心するしかないというか。


「ええと、部長」

「なんだい?」

「なんで、俺が選ばれたんですか?」

「それは彼女たちの基準による物だね。私は干渉していないよ?」

「じゃあ、尋ね方を変えます。彼女たちにとって『特別に美味しそうな人間』って、どういう意味があるんですか?」

「そうだねぇ。これはあくまでも、私が五百年ほど彼女たちを観察した結論だけどね? 彼女たちは、『魔力』が多い人間を好んで食べる傾向にあるみたいだよ」

「魔力?」

「そう、魔力。あるいは、気とか、霊力……法力と言い換えてもいい」


 部長曰く、魔力というのは人間の意志に付随するインテリジェンスなパワーらしい。一応、動物やらにも微量に存在するとのことだが、知性ある生き物の方が、圧倒的に魔力が多い。それ故に、妖怪とかそういう類の化物は、人間を好んで食べて、より多くの魔力を蓄えようとするのだとか。


「必ずしも、意志が強い人間が、強い魔力を持つとは限らない。でも、強い意志の持ち主が、多くの魔力を持つ傾向にあるのさ。君もまた、その中の一人。十万人に一人の割合で現れる、規格外の魔力の持ち主だよ」

「…………俺に、そんな力が? その、全然心当たりが無いんですが?」

「当然さ。魔力なんて物は、自覚できるようにならないとまったく意味の無いリソースだからね。どれだけ強い魔力を持っていても、修行とかしないと使えない」

「修行ってこう、滝行とか?」

「そんな感じだね。まぁ、命の危機に陥ると、無意識に魔力を使って体を動かすこともあるから。それがきっかけで魔力の使い方に目覚める例もあるよ。ほら、火事場の馬鹿力とか、臨死体験した人が、特別な力に覚醒したりとか」

「なるほど…………この俺に、そんな秘められた力が」


 これは、突如として異能バトルに巻き込まれて、秘められた力を覚醒させる奴じゃん。


「その秘められた力の所為で、君は大絶賛、命の危機なんだけれどね?」

「うぼぁー」


 突如として化物に襲われて、ホラー体験する奴じゃん! というか、現在進行形で今じゃん! どちらかといえばモンスターパニックだったけどさぁ! 正直、今、俺が色々漏らしていないのは、飛鳥との待ち合わせの前に何度もトイレに行ったからに他ならない。

 まさか、緊張による腹痛が、ウンコマンという忌まわしき名を背負うことを回避してくれるなんて。その調子で、待ち合わせも回避出来ればよかったのだけれども、うん。あの様子を思い出す限りでは、遅かれ早かれ、襲われていただろう。


「一応、警告も兼ねて彼女たちは、『一定以上の魔力を持つ者しか文芸部に所属できない』みたいな呪法を使っていたんだよ。この呪いを乗り越えて、態々こっちに飛び込んでくる奴を獲物にしよう、みたいな」

「じゃあ、まさか……お調子者の男子たちが、入部届を出せないまま気絶していたのは!?」

「呪いの所為だね」

「俺の上着が奪われていたのも!?」

「それは知らない。多分、彼女たちでもない」

「じゃあ、誰だよ!? 俺の上着奪った奴ぅ!」


 俺は苛立ちを込めて地面を叩くが、自分の手が痛むだけだった。

ちくしょう、ちくしょう、まさか、あの試練を乗り越えることが、命の危機に繋がるとは思いもしなかったぜ…………うう、自称霊能者のクラスメイトから『多分、死ぬけど頑張れ』と妙な憐みを受けた時に気づけばよかった! 嫉妬だな、ははーん! と流さず、もっと真剣に人の話を聞けばよかったよぅ!


「…………まとめると」

「うん」

「文芸部の三人は、不死の化物。死なない。超強い。このままだと、復活する」

「うん、そうだね」

「彼女たちにとって、俺は特上の獲物で、標的から外れることは無さそう、と」

「うん、そうだね。彼女たちからすれば、君は味も抜群、滋養強壮効果は最高の獲物だよ。君を食べることが出来たのならば、かなりの力を取り戻せると考える程度には」


 説明を聞けば聞くほど、絶望が募ってくるのですが?

 ちくしょう、部長の奴。顔が見えないけど、口元だけですげぇ愉しそうにこっちを笑っているのが分かるわ。


「ちなみに、剣介君。彼女たちの食事の順番だけれどね? 実は、法則があるのだよ。いや、取り決めと言った方が正確だね。彼女たちは三十年に一度、人間を一人だけ食べられるけれど、三人合わせて一人を分け合っても全然力は戻らない。故に、こういう取り決めをしたんだよ」


 くくくく、と部長は俺を嘲笑い、ぽん、と肩を叩いてくる。


「キスを拒否されないぐらい、獲物の好感度を稼いだ者が、獲物を襲う権利を持つ、という取り決めを」


 そして、俺は囁くようにして告げられた言葉に愕然とした。

 キス……キスって、おい! ぶっちゃけ、三人の内の誰でも、ああいう風に『目を瞑って?』 とか言われたら、男子なら誰でも目を瞑るだろうがぁ!! だって、美少女なんだもん!!


「つまり、あれなの? 俺が、必死に好感度を稼ごうと思って交流を重ねて、恋愛フラグを立てようと思って、頑張っていた日々は、全部……」

「自ら死亡フラグを立てようとする愉快な道化に見えたね、私には」

「んあああああああああ!!」


 一か月分の思い出が。今まで、文芸部で彼女たちと共に過ごした日々が、ぐるぐると頭の中を巡っていく。

 そっかぁ。ははっ、俺が言えた義理では無いのかもしれないけれど、あちら側こそ『恋愛ゲーム』のつもりだったのかぁ…………あはははは! 笑える! 笑えるわ! つーか、飛鳥は好感度を稼ぐつもりがあったの!? あれで!? 俺じゃなければ、ぶっちゃけ、暴力的なツッコミに屈して退部する可能性もあったと思うんだけど!?


「さて、これで分かった通り、君には後が無い。己が正体を明かした彼女たちは、もはや、何が何でも君を食べようとするだろう。何せ、君は不死の化物三体を出し抜いた英雄だ。彼女たち化物は、そういう英雄ほど好んで食べたがる。加えて、彼女たちは確信しただろうね。今までは半信半疑だったかもしれないが…………窮地に於いてなお、奇跡の如き勝利を掴む君を食べることが出来れば、契約から逃れる力を取り戻せるのだと」

「おまけに、今度は慢心しない、と?」

「よくわかっているじゃあないか。化物が油断して人間に討たれるのはよくあるお話だけれども、二度目は無い。敗北を経験した彼女たちにとって、今や、君は獲物ではなく、対等なる敵対者だ。万難を排して、君を食らおうとするだろう」


 部長が告げる言葉は絶望そのものだ。

 いくら俺でも、二度もあんな芸当は出来ないし、二度目の戦いでそんな真似をさせて貰えるとも思えない。

 考えれば考える程、絶望的な現状だ。


「このまま、彼女たちが敗北の記憶を覚えていたら、の場合だけれどね?」


 そう、文芸部の部長を名乗る怪人が現れなければ。

 俺はこのまま、何もわからずに食い殺されていただろう。でも、そうじゃない。こいつが態々顔を出して来たからには、意味があるのだ。俺に死んで欲しいのならば、あのまま放置すればいいだけの話。けれど、そうではないなら、何かしらの目的があるはず。


「部長。お前は、一体、俺に何をさせたいんだ?」

「話が早い。そうとも、私は君を嬲るためでも、陥れるためでもなく、手助けするためにやって来たのさ。何せ、昔々のように、村人たちとの相互理解がある状態ならともかく、もう既にこの契約の伝承も廃れた現在での出来事だからね。折角、彼女たちの襲撃を退けた君を、このまま『獲物』に戻すのはフェアではないと思うんだ」


 部長は口元を三日月に歪めて、大仰に腕を広げる。

 さながら、舞台の上で物語を進行する語り部の如く。


「君に、選択肢を二つ、用意しようじゃあないか」


「一つは、戦うための選択肢。彼女たちの不死を破るには足りないけれど、君に抗う力を与えよう。この退魔の刀は、君の魔力を食らい、魔を切り裂く刃となる。きっと、戦う選択をした君の力になってくれるだろう」


 言葉が紡がれた後、部長の右手の中に、一本の刀が出現した。

 それは手品師の手際にも似ていたが、種も仕掛けも見当たる余地が無い、本物の異常。紛れもなく。部長を名乗る男子が只者ではない証明だった。


「もう一つは、和解のための選択肢。彼女たちに『化物であることを諦めさせる手段』だよ」


 先ほどと同じように、部長の左手に現れたのは、三枚の紙きれ。

 特別な仕掛けはまるで見当たらなさそうな、A4サイズの普通のコピー用紙にも見える。けれど、よくよく目を凝らせるとそこにはこう書かれてあった――『退部届』と。


「この書面に、彼女たちの意志でサインをさせることが出来たのならば、化物としての力と姿を失わせることが可能となる。無論、正式な契約となるから、どれだけ言葉巧みに虚言を重ねようとも、騙してサインさせることは出来ない。これはいわば、彼女たちに化物であることを諦めさせるための道具だ。彼女たちが、これにサインさえすれば、私は土地神として人間となった彼女たちを歓迎しよう。矛盾なく戸籍を用意させて、きちんと人間として暮らしていけるように補佐をする」


 右手には武器を。

 左手には紙切れを。

 相反する異なる選択肢を告げる部長。

 けれど、今のところ、そのような選択肢に意味はない。何故ならば、例え武器を持とうが、敗北を経験した化物たちに俺がまともに戦えるわけもなく。ましてや、紙切れを持って『人間のなってくれ』などと頼んだところで、笑顔で美味しく齧り付かれるだけで終わってしまうのだから。


「そして、この選択の前提として、私は一か月の間、彼女たちの記憶を操作し、君に敗北したという事実を隠蔽することを約束しよう」


 よって、部長も分かっていてこの前提を出してくれたのだろう。

 一か月という猶予期間。

 その間に、何をするのか選べと言うのだ。


「心配だろうから言っておくけれど、記憶操作に関しては完璧にこなすと自信を持って断言するよ。私ならば、いや、五百年の間、彼女たちの封印を司っている私だからこそ、一か月という期間、気付かせずに記憶を操作することが可能なんだ。だから、安心して選んで欲しい」


 ノイズ越しに、部長からの視線を受ける。

 鼻から上が完全にノイズで見えないというのに、何故か、目が合っているという確信があった。


「抗うために刃を取り、彼女たちの不死のギミックを解き明かして、人間として、彼女たち化物を討ち滅ぼす、英雄の道を選ぶのか?」


 右手に掲げるのは、重々しい刀。

 鞘に納められていてもなお感じる、人よりも強大な何かを殺すために鍛えられた武具の異質さ。これを手に取ってしまえばもう、俺は元の日常に戻れないかもしれない。


「騙されて、食われかけてなお、化物であったとしても彼女たちと絆を結び、日常を取りこぼさぬまま、和解を求める愚者の道を選ぶのか?」


 左手に掲げるのは、薄っぺらな紙切れ。

 何の重みも感じられないような、『退部届』だ。これを取ってしまえば、俺は自分だけの力で彼女たちを説得しなければならない。

 どちらも、とても困難な道だ。

 だが、俺には最初から選択肢などあってないような物だった。


「生憎、悩むまでもない。俺が選ぶ道は、最初から決まっているぜ!」

「ふふふっ、そうかい。なら、君の道を示してみるがいいさ!」


 そして、俺は覚悟を決めて――――――部長の右手に掲げられた刀の柄を掴んだ。


「えっ?」

「えっ?」

「…………」

「…………」

「(無言で刀を取られないように力を入れている)」

「(無言で刀を取ろうと力を込めている)」


 俺たちはしばしの間、無言でやり取りした後、互いに離れて一旦、インターバルを挟むことにした。残念ながら、退魔の刀は依然として、部長の手の中にある。


「ふー」

「はぁー」


 俺たちは大きく呼吸して、気持ちを落ち着けると、合わせるでもなく互いに同じ言葉を叫んだ。


「「なんでだよ!!?」」


 どうやら、俺の選んだ道のりは、始まる前から前途多難らしい。

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