第3話 部長
戦力差は絶望的だった。
化物と人間。武器だって持っていない。頭だって賢くない。奇策を思いつくほど、機転に優れていない。
ならば、絶体絶命の窮地に於いて、俺が出来るのただ一つ。
諦めない、ただ、それだけのことだった。
『し、失敗したら、次のターンだって、九十年前に……言った!』
『六十年前に、訂正したじゃん! 順番制にすると、こいつがズルするって!』
『あらあら、食欲に耐えられずに焦った天狗は言うことが違いますねー。大体、キスする前に齧り付くのは違反なのでは?』
『だって、美味しそうだったんだもの!』
姦しい口調で、怪獣バトルを繰り広げる化物三体。
時折、俺を食おうとこちらに近づいて、他の二体にどつかれるを何度か繰り返し……その過程で、段々と俺を意識外へと避けていく。
当たり前だ。
皿の上に乗った食材を警戒する馬鹿なんて居ない。
俺なんて、化物たちからすれば、その程度の存在だ。
…………でも、俺の力で勝てないのならば、化物同士の力ならば、どうだろうか? 少なくとも、俺の目には――――互いの攻撃ならば、ダメージを受けているように見える。
だから、俺は賭けたのだ。
その時が来ることを。
三つ巴の均衡が崩れて、漁夫の利を掠め取る瞬間が来ることを!
『あ、ら…………これ、は、私……いえ、私たちが、侮り過ぎた、という……こ、と……』
「はっはっはっ、はぁっ! くそがよぉ!! さいってぇの感触だぜぇ!!」
泥の化物が怪鳥を仕留め、怪鳥の一撃が蜘蛛の足を断つ。蜘蛛の糸が、泥を絡めとって一切の動きを封じ、俺は断たれた蜘蛛の足を掴み、急所と思しき頭部へと突き立てたのだった。
もう一回やれ、と言われても出来ない神業だったと思う。
我ながら、よく頑張ったものだ。
自分で自分を褒めてやりたいぐらいだぜ。
…………まぁ、流石の俺もちょっと吐いたんですけどね! んもう、吐いた瞬間に、ブレスケアのミント臭いが凄くて、ゲロを吐きながらちょっと笑うというよくわからない心境になってしまったのだから困るわ。
「………………あー、これからどうするかねぇ?」
困ると言えば、これからのことだ。
美少女に擬態していた化物三体はどうにかなったが、結局、この謎の領域の出口は見当たらなかった。普通に出られない。おまけに、ガワだけの空間なのか、草木を齧っても草の味がしいないというか、そもそも、学校で蛇口を捻っても水すら出て来ねぇ。おかげで、ゲロとミントの香りが全然取れないんだな、これが。
「おぼぁー」
十分ほどの探索を終えた俺は、再び、グラウンドにやってきて仰向けに倒れ込んだ。
謎の領域からの脱出方法を探るにも、気力が湧かない。罪悪感の演出として、ゲロを吐いたくせに、ミント臭で笑ってしまった所為で完全に萎えてしまったのだ。
どうするかなぁー、と一切動かぬ空模様を眺めていた、そんな時だった。
「やぁ、素晴らしいね、柊君」
「んお?」
ぱちぱちぱち、という拍手の音と共に、何者かが俺を見下ろしていた。
学生服姿の男子だった。
中肉中背の男子だった。
ただ、顔が見えない。仮面を被っているとか、そういう訳ではない。何かこう、俺の視界にノイズみたいなものが生まれて、顔がサインペンでぐしゃぐしゃに落書きされたみたいに、認識できなくなってしまっているのだ。
「どちら様?」
俺は体を起こして、謎の男と向き合った。
殺意も、食欲も、害意も感じられない。口調や、態度から感じられるのは、こちらに対する興味だけ。
「くくく、酷いなぁ、柊君。自分の所属する部活の部長がどんな奴かぐらいは、知っておくべきじゃあないかな?」
「部長?」
文芸部の部長。
その言葉を聞いて、俺はふと欠けていたピースがはまった感触を得た。
そう、部長だ。
どうして俺は、一か月も文芸部に所属していたというのに、部長の存在を、副部長である天音先輩に尋ねなかったのだろうか? いや、ひょっとしたら尋ねていたのかもしれない。その時に、適当な答えでも言われたのかもしれない。でも、今までまったく、部長という存在を意識しなかったのは流石におかしい。
「なんて、ね。ごめんごめん、私の存在については、彼女たちの邪魔をしないように、カットしていたのさ。だってそうだろう? 折角、綺麗どころが三人も周囲に居るのに、余計な男がくっついていたら、萎えるだろう? そういう流行なんだろう? だったら、それに従うべきだ。そうした方が、彼女たちの食事の邪魔にならない」
「…………」
「あ、すまない、勘違いさせてしまったね。安心してくれ、そうじゃあない。私は彼女たちの味方ではないよ。敵でもないけれどね。だから、そっと握りこんだ砂は放した方が良い。虚空に向かって砂を投げる趣味があるなら構わないけれど」
「わーい! 砂投げるの楽しいぃいいいいいい!!!」
「いや、趣味にしたらいくらでも砂を投げてきていいという意味ではないよ?」
「…………はぁ」
「急に落ち着いた」
俺はひとしきり、謎の男子に砂を投げて楽しんだ後、ため息を吐いた。
虚しい。謎の男に向かっていくら砂を投げてもホログラムのようにすり抜けるのみ。こんなの、虚しいだけじゃないか!
「本題、いいかい?」
「はい」
「ありがとう。じゃあ、前振りが長くなったようだし、率直に言おうか」
ざざざっ、というノイズの音が聞こえる。
顔全体を覆っていたノイズの一部が外れて、三日月の如く釣りあがった男子の口元が見える。
まるで、悪魔みたいな笑い方をする奴だと思った。
「君、このままだと死ぬよ?」
「ああ、まぁ、はい。流石の俺も餓死には勝てません」
「違う」
「へっ?」
「食われて死ぬよ。菱沼はともかく、他の二人は全然動きを封じていないからね。あの程度だと、またすぐに動き出す」
謎の男子に言われて、俺は即座に化物たちの死骸へと目を走らせた。
動いていない。
再生する様子もない。
でも、何故だろう? 何故、気付かなかったのだろう?
――――化物たちから感じる恐ろしい気配が、まったく薄れていないことに。
「だって、彼女たちは『不死の化物』だからね」
そして、俺は今までの足掻きが全て徒労だったことを告げられたのだった。
■■■
やぁ、落ち込まないで。
私は別に、君を嬲るつもりでやって来たのではないよ…………むしろ、君の行動に感動したからこそ、態々観客席から降りてきたと言っても良い。
いや、審判席かな?
どちらにせよ、このままではフェアではないからね。『管理者』としては、きちんと物事を正しておきたいのさ。
そのためにはまず、君に語らなければならないことがある。
うん? 違うよ。なんでこの状況で性癖を語らないといけないのさ? え? 人生の最後ぐらい、保身を考えずに思いっきり性癖を晒し合いたかった? 知らないよ。足フェチとか、知らない。というか、まだ死ぬとは決まっていないよ。これから次第。というわけで、語るよ。
語るのは、五百年前、この三山の土地で起こった出来事についてさ。
「助けてください、法師様! 妖怪が! 妖怪が暴れ回っておるのです!」
「ああ、うん、見える見える。あれでしょ? 山を破壊しながら、縄張り争いしている、あの三体。やっべーじゃん、全部、国難級の化物じゃーん」
「倒してください!」
「無茶言うなぁ」
「おねげぇしますだぁ!」
「や、俺ちょっと、これから法事があるから……」
「退治していただければ、村一番の娘が嫁に行くと言っています」
「よし来た。今すぐやろう」
昔々、この土地に三体の化物がやってきてね? 三体がそれぞれ、この土地にしばらく根付いて人間を食らおうとしていた所為か譲らず、縄張りの感覚で争い始めたんだ。
それで困ったのが、その土地の人間たちだ。
化物たちの争いは、三日三晩続いてもまだ収まらない。
戦いの舞台となっている山は荒れ果て、途中、栄養補給とばかりに村から人間をつまみ食いするからもう大変。このままだと、どの化物が勝っても自分たちに未来はない。そう思った人間たちは、通りすがりの法師に頼み込んだんだ。
どうか、あの化物たちを退治してくださいって。
法師はあまりの無茶ぶりにドン引きしていたけれど、色香に惑わされてね? 仕方なく三体の化物の退治に行ったのさ。そう。色仕掛けで。生臭だったから、彼。でもまぁ、信心皆無の癖に彼は強くてねぇ。
「はぁあああああい! 俺の勝ちでぇえええええええっす! お前らざぁーこ! ざぁーこ! げほっ、えほっ! かーっ、ぺっ!! 手間をかけさせやがってよう!」
彼は法力を込めた錫杖で、一昼夜かけて三体の化物を叩き伏せたのさ。
うん、そうだよ。物理。大体物理だね。法力を込めて、殴れば概ねオッケーみたいな人だったから。
でも、ここで問題が見つかった。
化物たちを殴り倒した法師だったが、化物たちが不死の存在だって気づいたんだよ。おまけに、法師は物理で殴るのは強いけれど、術やら封印とかはさっぱりの馬鹿だったんだ。そういう才能はゴミ屑だったんだね。
「仕方ねぇ! ここは不本意だが! 神頼みしかねぇ!! でも、どうすっかなー! ここ本来の土地神は化物どもにぶち殺されて死んでいるしぃ! まともな神は自分の土地を離れないから説得は無意味だしぃ! ………………まぁ、強ければちょっと怪しい神でもいいか」
だから、発想を変えたんだ。
自分に出来ないのなら、出来る存在を召喚すればいい、ってね。
ちなみに、彼の召喚は酷かったよ? コストを法力で無理やり代用して、降臨した神格を即座に殴り倒して従属。殴った神格に対して、偉そうに命令して来るんだからね。
その時はもう、いつか絶対ぶち殺してやろうと思ったけれど、私が殺すよりも先に、寿命で死に逃げされたから…………げふんげふんっ! 失礼、話を戻そう。
不死の化物を封じるために、法師は神格を呼んで土地神の座に縛り付けた。
でも当然、そんな粗っぽいやり方で素直に従う神格ではない。また、化物たちも封印されるぐらいなら、と三体協力して最後の大暴れを企んでいてね。
流石に、化物たちの調伏と神格の召喚を済ませた法師も疲れ果てていたのか、こういう妥協案を出したんだ。
「あーはいはい、分かった! 分かったって! うっせぇなぁ、もう! 今、村人に交渉付けて来たからよく聞けよ、ばぁーか! 一度しか説明しないからな!? いいか!!?」
化物たちの力は、土地神が管理して封じる。
化物たちは、封印されている間、人間の姿を取って生活しなければならない。
ただし、三十年に一度だけ、化物たちは三体で一人の人間を食らうことが出来る。この人間の選別に関しては、化物たちの意志で行われるように。
捕食以外の場合に於いて、化物たちは極力、人間を害さないこと。この判断に関しては、土地神に一任される。
そして、契約を破棄して自由を得たい場合、化物たちは『人間として』、土地の縛りから解放されるとする。
「要するに、だ。テメェらが『人間に成り下がる』っていう条件を満たせば、直ぐにでも、どこへなりとも行けるって寸法だ! ああん? 力の保持? 無理ですぅ!! ま、俺の契約を力任せに破棄出来れば話は別だろうが…………さぁて、それが出来るぐらい力を取り戻すには、一体、何百年かかることやら! がーっはっはっは!!」
かくして、法師と土地神、化物たちとの間で契約が結ばれたのでした。
その契約は現在に至るまで、ずっと続いているのです。
ここまで言えば、分かるだろう?
そうだよ。
菱沼早枝。
九島飛鳥。
土浦天音。
彼女たち三人は、この地に封印された三体の化物で。
柊剣介君。
君は、彼女たちが選んだ『生贄』なのさ。
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