13 甘くて、苦い ②



 ロイが向かいのソファに腰かけたので、スーリアも座りなおす。


 彼は机の上を見つめたまま沈黙を始めた。

 いつもとは違う逢瀬に、なんとなく会話が続かない。

 何か話すことはないかと、スーリアは先ほど感じた疑問を口にする。


「執務棟はずいぶんと静かなのね」

「有事でもなければ、こんなものだ」


 返事ひとつで会話が終わってしまう。

 どうしたものかと考えて、やはり忙しい中呼び出してしまったせいで、この部屋に来たことは本意ではないのだろうと結論付けた。


「忙しいのに、きてくれてありがとう。私は昼食をとりに行くから失礼するわね」

「ここでとればいいだろう? 忙しいのは終わったから、気にしなくていい」


 予想外な反応が返ってくる。


「えーと……、ここで休憩をとってもいいってこと?」

「そのために、この部屋を手配したんだ」


 スーリアが昼時の休憩を利用して執務棟を訪れたことを、彼は把握していたらしい。わざわざ余計な気づかいをさせてしまったようだ。

 しかしそれなら何故、そんなにも思いつめた表情をしているのだろうか。


 ここで昼食をとれとは言うが、お弁当を広げられるような雰囲気ではない。

 スーリアがどうするか悩んでいると、彼は徐に紙製の袋を机の上に置く。

 それは、ロイがこの部屋に来た時から手に持っていたものだった。


 袋の中から両手に乗るくらいの大きさの箱を取り出し、スーリアへと差し出す。

 おしゃれなリボンでラッピングがされたその箱は、どう見てもプレゼントにしか見えない。


「受け取ってほしい」

「……え?」

「……今日の、差し入れだ」


 差し入れと言うといつもの甘味のことだろうが、この箱にはお菓子が詰められているようには見えない。


 スーリアはそっと、その箱を手に取る。


「開けてもいい?」

「ああ……」


 リボンをほどき、丁寧にあてられた包み紙を開いていく。

 そこから現れたのは、白い革製のアクセサリー箱のようだった。箱の時点でとても高そうに見える。

 もしかして、この箱自体がプレゼント?

 一瞬そんなふうに思ってしまったのも仕方がない。


 落とさないように箱を膝の上に置き、ゆっくりとふたを開ける。


「……!」


 箱の中にはスーリアの瞳と同じ若草色の組紐と、繊細な装飾の施された髪留めが並んでいた。


「これ……髪紐?」


 若草色の組紐を手に取る。

 よく見ると所々に銀糸が使われており、派手すぎない細微な煌めきが上品さを引き立てていた。


 もうひとつの髪留めは、いかにも高価そうな金細工のように見える。七つのひまわりが象られており、繊細な作りながら華やかさが感じられる。

 こちらは間違いなく相当な値段のするものだろう。


「使ってもらえると、嬉しい」


 ロイは視線を逸らしながら、小さな声で呟くように言った。

 彼を見ると、また少し血色が良くなったような気がする。


 もしかして彼の態度がぎこちなかったのは、このプレゼントのせいだろうか。

 頂けるのは嬉しいが、何故このタイミングなのだろう。

 それに、差し入れというには随分と高価すぎる。


「どうしてこれを私に?」

「それは……その、お菓子ばかりだとあきるだろ?」

「まだあきたことはないけれど」

「…………俺があきたんだ」


 確かに彼と一緒に食べることもあったので、あきたと言われたら納得はできる。

 しかしだからと言って、これでは極端すぎる気もするが。


 困惑した顔で髪紐を眺めていると、ロイは慌てた様子で言う。


「――っ迷惑ならいいんだ! 返してもらっても……!」

「え!? 迷惑じゃないわ! ただちょっと高そうなものだったから、びっくりしてしまって」

「……すまない。女性に物を贈るのは初めてだから、勝手が分からなくて……」


 今度ははっきりと分かるほどに頬を染めて、ロイは俯いた。

 膝の上でぎゅっと手を握りしめて恥ずかしそうに言う彼は、いつもと雰囲気が違い、なんだかかわいく見えてしまう。


 それにロイの言ったことが本当だとすると、彼から贈り物をされた者はスーリアが初めてらしい。

 そんな事実を聞いてしまっては、心が躍ってしまうのも無理はないだろう。


「嬉しいわ! 大切にする。ありがとう」


 礼を言って自然にこぼれた笑みを向けると、彼も血色の良くなった顔で微笑み返してくれる。

 初めて会った日にも見た太陽のようなその笑顔に、スーリアの鼓動が速くなる。


「――っ」

「どうした?」

「いえ……ちょっと眩しくて」

「眩しい……?」


 美形が笑うと目に痛いな、なんて思考の隅で思う。この眩しい笑顔をずっと見ていたい。


 胸の奥がざわざわする。

 この感覚はなんだろう。

 切なくて、苦しくて。

 でも、なんだか温かいような――


「そうだ、お菓子もあるぞ」


 そう言って、彼はこれまたかわいくラッピングされた、小さな包みを手渡してきた。

 中を見ると、ひと口サイズの砂糖菓子が詰められている。花やフルーツの形をしており、色もさまざまで見ているだけで楽しくなれそうだ。


「かわいい……」


 そのうちのひとつを手にとり、口に運ぶ。

 舌に乗せた瞬間に、それは溶けて消えていった。


 口の中に広がる味に眉根を寄せる。

 甘いはずのお菓子が、何故か少しだけ苦く感じた。


 この味は、知ってる


「まずかったか?」

「――っ違うの……なんでも、ないわ」


 それは、――恋の味



 こんなもの、知らないままでよかったのに


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