12 甘くて、苦い ①
「ここでよかったのかしら……?」
いつもの昼下がり。
休憩に入るのと同時に、スーリアは珍しい場所を訪れていた。
「あの、すみません。庭師のスーリアという者ですが、近衛騎士団のフォーラス様に取り次ぎをお願いできますか?」
ここは王城内にある、執務棟と言われている建物。
主に政務関係の実務を行う場所だが、騎士団の本部もこの建物内に併設されている。
一階にある受付にて、ここに来た目的の人物に会うために取り次ぎを希望したのだが、カウンターの奥に座る男性は胡乱な目つきでスーリアを見た。
「フォーラス副隊長ですか? どういったご用件で?」
「副隊長!?……あ、えっと……ちょっとお借りしたものをお返ししたくて」
「確認しますので、少々お待ちください」
副隊長という言葉に、思わず大きな声をあげて驚いてしまった。
借りた髪紐を返しにきたのだが、まさか昨日黒ヒョウを探しにきていたあの金髪の騎士が、副隊長だったなんて……
借りたというよりは強引に押し付けられたのだが、持っているのも気が引けたのでその日のうちに洗い、今日返却しにこの場を訪れた。
先ほどの受付の者の態度も納得できる。
確かに作業着のままの庭師がいきなり執務棟にやってきたら、いろいろな意味であやしいだろう。しかもその庭師が指名したのが、副隊長格の人物なのだ。慎重な対応になるのも仕方がない。
わざわざ呼び出すのもおこがましいので、髪紐を届けてもらえたらそれでいいのだが……
そう思い別の受付の者に声をかけようとしたところで、最初に対応してくれた男性が戻ってきた。
「お待たせいたしました。ご案内しますのでこちらへどうぞ」
「え!? あの、ここでお返しできればそれでいいんですが……」
「直接お会いするそうですので、休憩室へお連れいたします。そちらでご返却なさってください」
「はあ……」
まさか向こうから直接会いに来てくれるどころか、わざわざ場所まで設けてくれるとは。
正直なところ、このあとに昼食を控えているのであまり長居はしたくないのだが、こちらから呼び出しておいて、やっぱり無理ですとは言えない。
仕方がなく、受付の者の後について行くことにした。
初めて目にする執務棟の内部に、ついきょろきょろと辺りを見回してしまう。
建物の奥まで続く廊下は、己の姿を映し出すほどきれいに磨かれており、泥で汚れた靴で歩くには忍びなかった。
何より静かな雰囲気に意外性を感じる。人通りもまばらで、声すら聞こえない。
もっと慌ただしく実務が行われているようなイメージがあったが、そうでもないらしい。
静かすぎて逆に落ち着かないな、などと思っていると、目的の部屋に到着したようだ。
「お座りになってお待ちください」
そういって扉を開けてくれた男性にお礼を言い、中に入る。
中央には低めのテーブルとソファがあり、窓の近くにはテーブルセットが設置されている。
壁際には簡易的なコンロとシンクが備え付けられており、個人で使用できる休憩室なのだろうと予想できた。
髪紐を返しにきただけだと言うのに、こんな立派な部屋に案内されてしまうとは。
ここに来るなら彼にも会いたかったな……と、もしかしたら会えるかもしれないと、少しだけ期待していた人物を思い浮かべる。
彼とはもう一週間、顔を合わせていない。
それまで頻繁に秘密の逢瀬をしていたので、この一週間が無駄に長く感じた。
ソファに座りぼんやりと窓の外を眺めていると、ノックの音が室内に響く。
出迎えのために慌てて立ち上がり、扉へと視線を向けた。
扉の先から現れた人物に目を見張る。
そこにいたのは予想していた金髪の青年ではなく、黒い髪に銀灰色の瞳を持つ、スーリアが会いたいと願っていた人物だった。
「ロイ!?」
彼は眉根を寄せて、少し不機嫌そうな顔で部屋の中へと歩いてくる。
「ど、どうしてあなたが……?」
「クアイズじゃなくて悪かったな」
「え……?」
クアイズというのはあの金髪の騎士の名前だったか。下の名前しか記憶に残っていなかったので、つい疑問符を浮かべてしまった。
「あいつはいま手が離せないから、俺がきた。不満か?」
ロイの言葉に首を横に振る。
不満などあるわけがない。ずっと会いたいと思っていたのだ。
確かにロイも近衛騎士であるし、あの金髪の騎士とは知り合いかもしれない。
髪紐を返すだけなら、彼にお願いしても問題はないだろう。
「いいえ、会えてよかったわ。これ、諸事情でフォーラス様からお借りしたのだけど、返しておいてもらえるかしら?」
そういって髪紐を差し出すと、彼は無言で受け取りズボンのポケットへとしまう。
なんだか彼の態度がそっけなく感じる。
よく見ると少し顔色も悪いし、体調がよくないのだろうか。
しばらく忙しくなると言っていたし、もしかしたら休憩もろくに取れていないのかもしれない。そんな中呼び出してしまったのであれば、申し訳ないことをしてしまった。
「ロイ、大丈夫? 疲れてない?」
「え?……あ、大丈夫だ。少し寝不足なだけで……」
「そう。無理はしないでね」
彼は手の甲を鼻先にあてると、表情を隠すようにスーリアと反対の方を向く。
その横顔に視線をやると、先ほどまで血の気の薄かった頬が、少しだけ赤みを増したように見えた。
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