7 めんどうな訪問者 ①
静かな廊下に靴音が響く。
人気のない通路をひとりの男性が歩いていた。
耳にかかるくらいの黒髪に銀灰色の瞳を持つその男は、己の右手を見つめる。
先ほどまで一緒にいた人物を思い出し、その手のひらに残る感触を確かめるように握りこんだ。
そして見えてきた目的の扉を開き、中に入る。
「お帰りなさいませ、ロイアルド殿下」
黒い隊服に身を包み、肩の下辺りまで伸びたサラサラの金髪を後ろでひとつに結い上げ、青い瞳をした青年が迎えの言葉を述べる。
同じく黒い隊服を着た、ロイアルドと呼ばれた男が金髪の青年を見ながら言った。
「クアイズ、おまえ休憩はどうした?」
「殿下が出ていかれてから、いただきましたよ」
「そうか、ならいい」
爽やかな笑顔を浮かべながら答えたクアイズに、ほっとしたように頷き、ロイアルドは奥にある大きめの執務机に座った。
ここは近衛騎士団本部、特務隊司令室。
大層な名前がついているが、簡単に言ってしまえばロイアルドの執務室だ。
アレストリアには王宮騎士団とは別に、王家直轄の近衛騎士団が存在している。その中でも特に優れた20名ほどが特務隊と呼ばれる小隊に属しており、彼らは王族の特別な事情を知る者たちとなっている。
そして、その特務隊を指揮している隊長が、今年24歳になる第二王子のロイアルドだ。
彼はもともと体を動かすことが好きで、政治家として政務に携わるのは性に合わないと、騎士の道を選ぶ。成績も優秀だった彼は、王族として若いうちにその地位に就くことになった。
クアイズはロイアルドの部下であり、特務隊の副隊長でもある。
「例の件はどうなった?」
「概ね目星はついているようです」
「そうか。だが、日程的に厳しいな……あいつの式が終わってからになるか」
「その予定のようです」
三日後に第三王子である弟の結婚式が控えている。
さすがに出席しないわけにはいかないので、事を起こすとしたらそれ以降になるのだが。この案件が片付くまで昼下がりの逢瀬はお預けかと、行きついた結論に溜め息がこぼれた。
それを見たクアイズは苦笑をもらす。
「随分とご執心ですね」
「うるさい」
ほっとけ、と片手を振って一蹴する。その時、扉を叩く音が室内に響いた。
クアイズが確認へと向かう。
「シュニー殿下がお見えですが」
「またか……、入れろ」
扉の先から現れたのは、少し癖のある白い髪に水色の瞳をもつ、中性的な顔立ちをした男性だった。
「邪魔するよ」
「おまえは邪魔しかしないだろ」
「酷いなぁ」
その人は肩を竦めながら室内を歩き、窓際にあるソファに腰を下ろした。
我が物顔なその態度に、ロイアルドは盛大な溜め息を吐く。
「どうぞ、シュニー殿下」
「ありがとう、クアイズ」
慣れた手つきでコーヒーを差し出してきたクアイズに、綺麗な微笑みで礼を言う彼は、このアレストリアの第三王子であるシュニーだ。
ロイアルドより二つ年下で、頭脳派の彼は第一王子である王太子とともに国政に携わり、政治家としてその手腕を発揮している。
ロイアルドとは性格も含め正反対のタイプだが、二人の仲は悪くない。仲が良いと言ってしまうと、ロイアルドから抗議の声が飛んできそうなのだが、少なくとも、本人たちは互いのことを信頼し合える相手だとは思っているのである。
このアレストリア王家は少々特別な事情を抱えており、その関係で兄弟仲は良好だった。
王太子と第三王子であるシュニーは母親が同じで、ロイアルドは第二王妃から産まれたため腹違いではあるが、彼らは母親の違いなど気にすることもなく、兄弟として接している。
母親同士の仲の良さが、その良好な関係を築いた原因のひとつでもあるのだが。
「で、何の用だ?」
大体の予想はついているが、ロイアルドは念のため確認をとる。
シュニーは窓の方を見て、誰かを探すように視線を彷徨わせた。
「あの人たち、今日もお茶会だってさ。僕の奥さんも参加してるんだよね」
あの人たち、と言うのは二人の母親でもある、第一王妃と第二王妃のことだ。
二人は女子会と称して頻繁にお茶会を開いており、シュニーの婚約者はよくそれに付き合わされているらしい。嫌々参加しているわけではないので、シュニーも止めないのだとか。
「まだ奥さんでも嫁でもないだろう」
「気分はもうすでに新婚だから」
結婚式は三日後なので、まだ正式に婚姻は結んでいない。嫌みも込めてそれを指摘したのだが、シュニーは気にした様子もなく、逆に楽しそうに返してきた。
この弟に口では勝てないことを知っていたので、ロイアルドはそれ以上追及することをやめる。
「で、今日も見学か」
騎士団の本部は、王城の敷地内にある執務棟の一角に存在しているのだが、そのうちのロイアルドの執務室からは庭園を覗くことができる。これは角部屋にある一部の部屋からしか見ることができず、シュニーは婚約者がお茶会に参加する際、頻繁に兄の執務室を訪れていた。
「毎回あきないな」
「好きな人は、どれだけ見ていてもあきないものだよ」
兄の言葉に、惚気かというような台詞を吐く。
ロイアルドが嫌そうに眉根を寄せると、クアイズが苦笑して言った。
「ロイアルド殿下も似たようなものでしょう」
「クアイズ!」
勢いよく椅子から立ち上がり、制止の声をあげたがすでに遅く。弟は興味深げに兄へと視線を向けた。
「へぇ、そうなんだ?」
大きな溜め息を吐いてロイアルドは脱力し、再び椅子に沈み込む。
隠しておきたかったことを、一番知られたくないやつに知られてしまった。
急に襲ってきた頭痛に目頭を押さえ、横目でクアイズを睨む。
「おまえはしばらく黙ってろ」
クアイズは残念そうな顔をして、無言で頷いた。
この副官は仕事に関しては優秀なのだが、たまに空気が読めないところがある。本人も自覚しているようで、余計なことを言いそうになった時は止めてほしいと言われていたのだが、言ってしまったあとではどうしようもなく。
仕方がないので、しばらく黙っていてもらうことにした。
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