※ オリオン座の下で
目の前に広がる海は真っ暗でどこまでもどこまでも続いている。
街灯が多少あるとはいえ辺りは薄暗く、隣に座るマスミの色白の顔が、ぼうっと浮かんでいるようにさえ見えた。
彼女は涼やかな目元と筋の通った鼻の先を寒さで赤く染め、白い息を吐いた。冷たい潮風にぶるりと体を震わせながら紺のマフラーに顔を埋めて軽く鼻をすする。
「今夜は一段と冷えるな」
恨みがましくそう言いながら、視線を上に上げる。
私は彼女の綺麗な横顔ばかり眺めていたから、その目が私を向く度にそれを誤魔化さなければいけなかった。
「上、見てごらん」
言葉とともに黒い手袋に包まれた指が、頭上を指す。雲ひとつない夜空を見渡すと、空気が凍りつきそうなほどに冷たいことも忘れて、思わず息を飲んだ。
銀色の星々が、砂糖をぱらりとまぶしたように散らばっている。都心では見ることの出来ない光に、私は胸が苦しくなった。
その中でも目につくのは、綺麗に並んだ三つの星。オリオン座だ。そう
直感してその周りを見ると、まるで今にも降ってきそうなほどに一際強く光を放っている星が二つ。ベテルギウスと、リゲル。
「オリオン座、見える?」
「うん……」
濃紺色の冬空に横たわるオリオン座は、強く私の心を揺さぶった。胸の奥がきゅうっと縮こまって、呼吸をすることすら忘れてしまう。
「綺麗ね、すごく」
そんな、ありふれた言葉しか思い浮かばなかった。でもそれで十分だった。
隣の彼女もまた、私と同じように星空を見つめ、同じように感じているはずだ。わざわざ言葉にしなくとも、きっと伝わっている。
私は、この夜のことを決して忘れないだろう。ひどく寒い一月四日に二人で見入った、オリオン座のことを。
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