1月31日




 サウナにはコー・ギーの影響がまだそこまでないころにはまり出し、よく行っていた。しかし、今となっては外を歩くこと自体がコー・ギーに襲われたり殺されたりするリスクとなるし、彼らは屋内にも姿を現すことがある。全裸では逃げることすらもままならないだろう。でも、たまたま本棚に入っていた昔のライフスタイル誌を手に取ってしまったのが運の尽きだった。行きたい。あの蒸気を全身に浴びたい。肌がきゅっと縮むほどの冷たい水風呂で「整い」たい(実はあまりこの言い方は好きではなかったりする)。


 そうして、悶々としながら迎えた早朝。普通に二度寝した。が、お昼前には意を決してぼろぼろの布団と街で略奪してきたばかりのぬいぐるみの誘惑をかわして起き上がり、アンチ・コー・ギーナイフ(家庭用)を手に、近くの温浴施設へと向かうことにした。

 錆びついた自転車をきこきこ漕ぎながら、瓦礫と苔と樹木や、人間とコー・ギーの死体にまみれた街をいくつも超えていく。こうして眺めていると、ああ本当に世界はコー・ギーによって破壊されてしまったんだなあ、ということを再確認せずにはいられなかった。工業地帯だった場所を抜ける時、三機ほどのシヴァー・イ・ヌーが長い足と、くるんと巻いたしっぽを模した排熱機構をゆらゆらさせながら歩行しているのが見えた。かなり大きく、近くにある崩れた送電鉄塔と同じぐらいの背丈があった。おそらく、一定区域のコー・ギーを効率よく殲滅するために製造されたタイプのものだろう。顔と耳を小刻みに動かし、そこに備え付けられた砲門から、彼らは一心不乱に飛行型コー・ギーに向けミサイルを打ち込んでいる。


 このままでは流れ弾を食らいかねない。ハンドルを握るてのひらに汗を感じながら、スピードをあげてそこを通り過ぎる。安全な場所まできたところでいったん自転車を止め、ふうと息をついて後ろを振り返る。離れたせいでだいぶ背丈が縮んだシヴァー・イ・ヌーは、なおも飛行型コー・ギーの群体と熾烈な闘いを繰り広げていた。俺の住む町や、近くの別の町に向かわないように祈りながら、温浴施設への道を急ぐ。あんな巨大で無慈悲な鉄と毛皮の塊だって、昔は人間の希望とされていたのに。


 その後も何度かシヴァー・イ・ヌーやコー・ギーが戦っている場所をすり抜けたり迂回したりしながら進むと、ようやく洗脳済みのコー・ギーの幼体たちが手紙やノートをくわえながらぽてぽて歩いているのが見受けられるようになった。人が多く住む区画の入った証拠だ。はやる気持ちを抑えて高速道路の上にかけられた橋を渡り、角を左に曲がる。もう通り慣れた道だ。きっとその先には、見慣れた四角くて白い豆腐のような建物が鎮座しているはずだ。

 しかし、そこにあったのは、昨日行ったデパートと同じように過去形にされた温浴施設の残骸だけだった。なんだよー、せっかく来たのに。昨日のイヌッコロの爆撃のせいかー。口々に愚痴を吐く人々をさけながら、入り口だったところの前にある立て札へと近づく。


『 かねてより二月二十八日で閉店する運びではありましたが、昨日、エラーを起こしたシヴァー・イ・ヌーの誤爆により施設がほぼ全壊したため、本日をもちまして営業を終了いたしました。みなさん、生きていたらどこかで会いましょう 支配人』


 その場で膝をつきたくなるような虚脱感が俺を襲う。今日、ここに来るまでに味わった恐怖が肩に重くのしかかり、際限なく気分が沈んでいく。いったい、俺はなんのためにリスクを負ってまでここに来たのだ。

「このコー・ギーで大変だから、少しでも応援? というか、気晴らしに来たのになあ」

「ここがなくなっちまったら俺はどこでコー・ギーのオイルでぎっとぎとの体を洗えばいいんだ」

「許せねえ、許せねえよコー・ギー」

「シヴァー・イ・ヌーもな。あんな役に立たねえ鉄くずをごまんと作りやがってよ、あのバカなお偉方どもは」

 俺の隣に立っていた自警団のような武装に身を包んだふたりが肩をすくめる。ね、ホントそうですよね、俺ここすきだったのになあ。そんなガラではないのに、思わず声をかけそうになってしまったが、すんでのところで思いとどまる。

 しょうがない、帰るか。荷物とアンチ・コー・ギーナイフ(家庭用)を背負い直し、俺は温浴施設に、かつてよく足を運んでいた場所の亡骸に背を向ける。こうして、あいつらやそれに付随する不利益は、どんどん俺たちの居場所を奪っていく。が、だからといってどうすることもできない。ぶーぶー文句を言いながら、生活を続けていくしかないのだ。


 家に着いた頃には、すっかり夜になってしまっていた。どうしても諦めきれず、なけなしのガスを使って鍋いっぱいに沸かしたお湯に足を浸した。もう何度も読み返したライフスタイル誌の「オススメサウナ百選」というコーナーを眺め、俺はそこで紹介されている施設へ向かうことのリスクと得られるであろう快楽を、頭の中で絶えず天秤にかけていた。






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