春の匂いに惑わされ。
最近、風が僕のもとへ草木の香りを運んでくる。
青い、雑草の匂いだ。
なぜ僕はこの匂いが好きではないのだろうか。
もしかしたら僕が野菜嫌いということが関係しているのかもしれない。
もしかしたら僕が花粉症であることが関係しているのかもしれない。
なぜ僕はこの匂いが嫌いなのだろうか。
いや、嫌いなのではない、昔を思い出し、しんみりとした気持ちになるから好きにはなれないのだ。
それはまだ高校に通っていたとき、僕は前の席の女性を好きになった。
窓際の席で春の日差しを浴びながら、長く伸びた黒髪を揺らす彼女からは、たまに、ほのかなシャンプーの香りが漂って来た。同じ窓際で日差しを浴びる僕は太陽の匂いとそのシャンプーの匂いに包まれて幸せな気持ちになる。その香りに包まれながら見る彼女の後ろ姿は優しく、どこかほっとするもので、気が付くと僕は彼女を目で追うようになっていた。
しかし、風に運ばれ窓から入ってきた草木の香りがその匂いを遮った。
僕が唯一知っている彼女の匂い。それは幾度も草木の香りに阻まれて、気が付けば夏休みになっていた。夏が終わればまた席替えで、僕と彼女の席はまた離れてしまう。せっかく少しずつ仲良くなって、話すことも多くなってきたのに。やりきれない思いが胸を締め付ける。
そしてついに席替えがやってきて、僕は祈りを込めてくじを引く。淡い期待を持ちつつも、彼女とは席が離れてしまった。
それ以降、僕と彼女の距離は離れたままで、彼女と話すこともなくなった。
すっかり寒くなった冬の廊下で、彼女とすれ違った時に匂うかすかなシャンプーの香りにときめくこともなくなって、春のひと時が嘘のように感じられる。
あの時の彼女への思いはもしかすると匂いに惑わされた僕の幻想だったのかもしれない。
しかし、もし草木の臭いが邪魔をしなければ僕と彼女はどうなっていたのだろうか。
今となってはもう誰にもわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます