目に見える速さで。
春先の公園のベンチで、僕の隣に座る彼女の名は秋空さつきだ。正真正銘僕の恋人であり、愛した女性だ。
その彼女の頭の上には二十一という数字が浮かんでいる。それは、僕にしか見えない彼女の寿命だ。
彼女はあと二十一分後に死んでしまう。
僕の目にそれが映ったのは、丁度一年前の事だった。突然、自分以外の全ての人の頭の上に、数字が見えるようになった。その数字が寿命だと気づいたのはそれから三ヶ月後であり、僕の母が病死した時である。
元より、嫌な予感はしていた。病弱な母が、頭の数字が下がるにつれて弱っていく姿は僕を不安にさせ、同時に予感を確信に近づけた。
そして当日、母は急死した。何も出来なかった事を僕は悔やみ、枯れるまで涙を流した。
そんな思いはもう二度としたくはない。だから僕は彼女の隣にこうしているのだ。
彼女だけは助けてみせる。
「風、気持ちいいね」
ふと耳元で彼女の声が響いた。風に泳ぐ黒髪を手で押さえながら微笑む彼女の薄い唇は、まるで三日月のようだ。
それにつられるように僕の口元も緩む。
目の前の池では伸び切った太陽が風に揺られ光っていた。公園を吹き抜ける風は、真ん中に広がるその池を通る為か涼しく心地いい。
池には幾羽かの鳥が浮かんでおり、公園全体が小春日和に包まれていた。
その中で、僕と彼女のたわいもない会話は続いた。
僕らはその時間が大好きで、しかし、今日ばかりは僕の頭の中は彼女の寿命の事で一杯になっていた。
そして、その時は訪れる。
彼女の頭の数字が零になった。
しかし、彼女を見ても、別段変わった様子は見られない。もし予知が外れたのならそれは喜ばしい事なのだが。
突然、肺に違和感を感じ、僕は咽せる。その時口に当てた手を見て、驚く。手には血が付いていたのだ。
「どうして……」
頭が重くなり、僕はその場で倒れ込みそうになった。
「……ごめんね」
倒れ込む僕を支えながら彼女が口を開く。しかし、頭が働かず、状況が理解できない。僕はなされるがままにベンチの上で仰向けになり、彼女の膝に頭を置いた。
「私は……本当はあなたのことを愛してなんかはいなかったの。あなたは死神の私を愛してしまった。死神はその名の通り死を纏う神。だから私を愛し、近づいたあなたは死ぬ運命だった。あなたの魂を貰い私は生きる。それが死神なの。私の頭の上に見えていた数字はあなたの寿命。そうすればあなたは私を守ろうと思って、私から離れる事が出来なくなる。それが死神のやり方で、あなたが私を好きになったのも必然だった。……でもこれは私への呪いでもあるのよ。どうやっても死ぬ事が出来ず、どうやっても誰かが私を愛してしまう」
彼女は寂しく微笑み、虚ろな僕の頬をそっと撫でた。
「さようなら私を愛した人」
そうして僕は死を迎えた。
その後彼女がどうなったかは、僕は知らない。
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