天辺の時間 1

 興奮の熱を程よく冷まし、劇場を後にしようとする新入生たちを見送りに、ベルたちが入口に姿を現した。

 劇場内の、緊張に包まれた空気から解放されたことで、幾分和らいだ表情の彼女たちへ、新入生たちは口々に感謝と称賛の声を伝える。


 「ありがとう!僕らの劇が、君たちの心に響いたのならば嬉しいよ!ヘルガの言葉を借りるならば、「こんなにも光栄なことはない。」というものさ!」


 ベルは頭につけている、ヘルガの角飾りをわざと揺らす。自然の陽の光を反射しているそれは、舞台で見た時とは違った色で煌めいた。

 その光は、優しいヘルガの心そのもののように感じられ、思わずナグたちは、はっと驚き息を呑んだ。


 「さぁ、それでは噴水広場へ戻るとしようか。時間も丁度良い頃合いだ。」

 先の一団と同様、後ろ髪を引かれながらも、広場へ歩を進める新入生たちに、ベルたちは、浴びた称賛の声を返すほどに、大きな見送りの言葉を送り続けていた。


 陽はすっかり天辺に上りきり、広場へ続く道を照らしていた。

 午前の講義を終えたのだろう学生たちが、午後からのそれぞれの時間を過ごしに来ているのか、朝よりも活気に満ちていた。


 「今日は博物館、美術館、劇場と大きな施設を見学したが、この他にも公民館や部活動室といったような、小さな施設もあるんだ。学生たちは講義が終わった後は、こういった場所で夕方帰寮の時間まで過ごすことが多いのさ。」


大海を眼下に望む通りに、ズラリと並ぶ背の低い建物の入り口には、看板こそ出ていないが、学生たちは目的の部屋へ、わき目も振らずに入っていく。

少し開いた部屋の窓からは、同志が集まって話しているのだろう、楽しげな声が漏れ聞こえてくる。

潮風に乗って、新入生たちの耳に届くそれは、昨夕、各寮で見聞きした、先輩たちの一日を楽しんでいる姿だった。


「この後、広場に戻って少ししたら解散の予定だ。学内の他の施設を見てもいいし、城下町へ行ってみても良い。どの場所も、新入生たちは特に大歓迎さ。」


 再び戻った噴水広場は、模擬試合の後片付けも既に済んで、元通りに静かに水の音を湛えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る