月光の影 1

故郷を出発してからずっと張っていた緊張の糸が切れたのだろう、アンナとイリスタは、床にしっかり固定されたベッドに横たわり、温かな陽の匂いを含んだ柔らかな布団に包まれるないなや、すぐに寝息を立てていた。

入居者が現れた部屋の中は、窓から差す夜の色と同じはずなのに、不思議と明るく見え、初めて部屋に足を踏み入れた時に感じた寂しさは無くなっていた。


ナグは、何となく深く眠れず、目を瞑ったまま、昨日まで過ごした孤児院のベッドの中から見た夜のことを思い返していた。

物心つく頃から、孤児院の手伝いを献身的に行って、きっとこれからもそういった生活が続くものだと漠然と考えて、いくつもの夜を過ごしてきた。夜は暗いものだと、それを特別気にしたことは無かった。


「気持ち一つで、ここまで夜が明るく見えるなんて、予想もしていなかったな。ふふふ、これは不安なのかな、期待なのかな。この気持ちを書き表せる表現を知りたいな。」

すっぽりと肩まで包む布団の中で、ナグは一人呟いた。


カタ、カタ、カタン。

ふいに、部屋の外で物音がした。

コトン、キシ、コトン、キシ、コトン。

軽く床に落ちる靴の音に合わせて、僅かに軋む木の音。その音は、玄関から次第にこちら側に近づき、部屋の前で止まった。

「コニーさん、かな?見回りかな。」

ナグは布団を抜け出し、そっと扉を開け、様子を伺ってみた。


正面の閉じられた部屋の前に、群青のマントを着けた女性が佇んでいた。背丈は、ナグよりも、頭ひとつ分ほど高く、マントの裾からは、ほっそりとした足が見える。月光をそのまま映したような銀髪は、肩に軽くかかり、微かな風に揺れていた。

彼女は、少し疲れたような溜息をついてから、鍵を開け、ドアノブに手をかけたところで、向かいの部屋から覗くナグの視線に気がついた。


「・・・ん、何?」

警戒するようなキリッとしたその目線に、ナグはドキリとして、思わず後ずさった。

しかし、夜の中に佇むその姿からは目が離せずにいた。


「・・・ああ、そうか。君が新入生の子か。」

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