第13話


 木々に新芽が芽吹く頃。春の陽気は心地よく、風さえなければ外でうたた寝でもしたくなるような天気だ。

 

「異常はないの。健康そのものじゃて」

「ありがとー」

「うむ」


 検診も終わり、レリアは暖炉の前でくつろいだ。揺らめく炎を見ていると、あの日に食べた肉の味を思い出して涎が止まらなくなる。


 さて、とレリアは頭を切り替える。

 貴族との繋がりはできたものの、そう何度も会えるわけではないらしい。つまりは貴重な機会で最大限のアピールをする必要があるということ。しかし、考えても妙案は湧いて出てこない。


(秘密を抱えてるのに放置とは、いい度胸だよな。いっそ喋ってしまおうか)

 

 その時、レリアの頭に電流が走った。秘密。そう、秘密だ。


(そうだ。魔法を覚えよう)


 セレナの変化魔法。エマニュエルが隠したという事はそれだけ希少価値があるということ。

 よくよく考えてみれば、魔眼だって希少価値。魔力が見えるだけで、隠れている存在を見抜けるし、薬草の処理だってわかる。

 魔眼と魔法を兼ね備えれば、これはもう、手元においておくしかないだろう。


 思い立ったが吉日。レリアはいつもランスがやっているように掌を上に向けた。こうすれば白いもやから黄色い靄が生えてくるはずだ。

 しかし、いくら待てどもそんなことはなく、ただ白い靄が揺らめくだけだった。


「どうしたんだ、レリア」

「あ、うん。魔法を使おうかなって思って……」


 レリアの言葉にゴクリと音が聞こえた。振り向けばランスとマリーが顔を固くしてこちらを見ている。

 養子縁組の候補が見つかったとはいえ、まだこの家の庇護下にある。魔法の訓練は隠れてやった方がよかっただろうか。


「レリアや、魔法には何が必要かわかるかのう?」

「うーん、じゅもん?」

「ほっほっほ、レリアは難しい言葉を知っておるな。じゃが、呪文はちと違うかのう。正解は魔力じゃ」

「なるほど?」

(そりゃそうだ。バカにしてんだろ)

「魔法とは、簡単に言うと、身体の中にある魔力を外に出すという行為のことじゃな」

「ふむふむ」

(常に魔力は外に出てるんだけどな。あー、いや。見えないやつにはわからないか)

「そしてな? 魔力にはいくつか種類があるんじゃ。そして、人間は、生まれたときから持っておる魔力の種類が決まっておってな、それによってできることとできないことがあるんじゃ。ランスの魔法は知っておろうの」

「うん。光の玉をよく作ってる」

「そうじゃ。ランスは光の魔力を持っておる。そしてマリーは風属性じゃ。この属性は親から受け継がれることが殆どじゃて」

「じゃあ、私は光か風なんだ!」

「そうじゃ。じゃから今度は、そのどちらかをイメージして魔法を使ってみるとええ」

「はーい」


 先程を思い返せば、ランスやセレナの黄色い靄をイメージしていた、気がする。ならば次は、と再び掌を上に向けた。


(風よ、吹け!)


 レリアの目にただ揺らめくだけの白い靄が映った。


「うーん?」


 一筋縄ではいかないようだ。希少ならば苦労もするだろうと自分に言い聞かせる。

 自分に才能がないからじゃない。自分が失敗作だからじゃない。絶対に成功させて、こんな不安定な生活から抜け出すんだ。


 呼吸を整え、精神を集中させる。魔法は魔力を外へと出す行為。なら、魔力はどこにある?

 前の世界にはなかった感覚。それがきっと魔力なのだろう。

 身体を流れる血液のような力の正体。これが魔力でなければ何だというのだ。


 レリアはその流れをてのひらへと送りこむ。限界まで圧力を高めて押し出す勢いで。


 しかし、掌に集めた力は皮膚を境にそれ以上は進まなかった。


「レリア。魔力を感じるんだ。身体の中心、胸よりもちょっと下の方に塊があるのがわかるか?」


 突然聞こえてきたランスの声。くぐもっていて少し固い。魔法を使われるのが嫌なのだろうか。


(でも、最初に捨てたのはそっちじゃないか。俺は意地でも魔法を使う)


 レリアは意気込み、身体に眠る己の力を探した。そして、それは見つかった。


 鳩尾もぞおちの奥、そこには確かに力の塊があった。沸き立つ溶岩のようにグツグツと、今にも噴火しそうな程の緊張感を持った結晶。


「よし、あったみたいだな。それが魔力だ。魔法を使うときはそこから力を引き出すんだ」


 力強い波動。自分の才能を確信する。よくある小説。お決まりの展開。そうなることを願って、レリアは力の結晶を解き放った。



―― ド ク ン ――



 視界が脈動する。

 頭が膨張して目が押し出されるかのような感覚に、全身を引き裂くような痛みが襲う。

 のた打ち回っても一向に良くなる気配はない。そればかりか、苦痛はどんどんと増していく。

 何かが外へ出ようと身体を圧迫した。しかしそれは、レリアから出ていくことはなく、内側を押し続けた。

 自身の境目がぼやけ、存在が不確かになる。


「――――っ!――っ!――っ!」


 誰かの叫び声。視界に映る太く歪な手。パンパンに膨れたそれは赤黒く斑に染まり、その不気味さを際立たせる。


 息ができない。必死に喉を抑えようともがく。喉を抑えさえすれば息ができるようになると、そう信じて。

 しかし、レリアは足も身体も喉だって、何もかもがわからなかった。


(苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい……)


 次第に暗くなる世界。こんなこと、前にもあった。結局、何も残せないままに死んでしまうのだろうか。


 何のために生まれてきたのか。


 この世界でやり直すため?


 前の世界での失敗を繰り返さないため?


 今まで得られなかった幸せを手に入れるため?


 その問の答えが出ることはなく、レリアの意識は深い水底へと沈んでいった。

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