第8話
夕日に赤く染まる雑草の山を見て、レリアは肩を落とした。半日かけてこれだけ頑張ったというのに、すぐにまた生えてくるのだから嫌になる。除草剤の一つや二つないのだろうか。
「ふー、腰が痛いのう」
「先生、ありがとー。お疲れ様」
「レリアもお疲れ様じゃ」
腰を抑えるカラムの後ろから足音が聞こえた。
「歳なんだからあまりむりすんなよ」
「なんじゃあ?」
「あ、お帰り、お父さん」
「おう、ただいま。偉いなー、よく頑張った」
畑からの短い帰路につく。その間にランスの腹が鳴り、続いてレリアの腹も鳴った。
今日の晩御飯は何だろうか。この前獲ったイッペラポスの肉はほとんどが保存用に回されて、結局食べられたのは肉団子のスープだけ。期待が大きかっただけに貧相に感じたが、いつもにくらべれば豪華だったと言える。つまりしばらくは期待できない。
沈む気持ちにレリアは考えなければよかったと後悔した。
気が付けば横を歩いていた二人が視界から消えていた。歩みを緩めたようで、やや後方からゆったりとした足音が聞こえる。
歩調を合わせるべきだろうかと悩んだが、別の意図があるらしい。どうやら扉を開けてほしいようだ。
ポケットに手を突っ込んで歩く前世の人間を思い出して心がすぅっと冷たくなった。
「ただいまー」
「おめでとう、レリアちゃん!」
「おめでとう」
「おめでとうじゃ」
三方から聞こえる手を叩く音。わけもわからず困惑しているとあれよあれよという間に椅子に座らされていた。
食卓の中央には丸々太った鳥の姿焼き。なかにはドライカレーでも詰まっているのかスパイスの香りが漂っている。他にも、イッペラポスのステーキやソーセージのスープなど、レリアの好きな肉料理がところ狭しと並んでいた。
「えっと?」
「今日はあなたの誕生日よ、レリアちゃん」
「たん?」
「誕生日だ。今日でお前が生まれてから六年が経ったんだよ」
「へー。ありがとう?」
これまで誕生日なんて祝ってこなかった。そのことには慣れていたし、そういう文化なのだと気にもしていなかった。しかし、今日のこれは誕生日会らしい。
皆の突然の心変わりにレリアは困惑が先立ち、目の前の肉を素直に喜べなかった。
とにかく説明が欲しい。けれど、下手に質問して水を差すわけにもいかない。結局、流れに身を任せるしかなかった。
料理が取り分けられ、目の前に置かれる。鶏肉はこんがりと焼けた皮に柔らかそうな肉。その隣に山と積まれたドライカレーも肉がたっぷりと入っており、肉汁が滴っている。
イッペラポスの肉は香草に包まれており、開けば味噌の甘い香りが立ち上った。パンパンに膨れたソーセージは沢山の野菜に囲まれており、その旨みエキスが存分に吸収されていることは想像に難くない。
皆が期待を込めた瞳で見つめてくるので、とりあえずメインの鶏肉を口に運ぶ。けれど、混乱からか、味がよくわからなかった。
「わあ、おいしい」
「ふふ。これはね、先生が買ってくれたのよ」
「調理はマリーじゃがの。せっかくの半成人の祝じゃて。一際大きなものを選んできたぞ」
半成人という単語にレリアは思い出す。この世界は十三歳で成人を迎え、親元を離れて仕事ができるようになる。だから、少なくともそれまでは良い子を演じなければならない。
しかし、なぜ半分を祝うのかレリアにはわからなかった。そこで出た結論が、自分をだしにした宴会。
たまには贅沢をしたいのだろう。引っかかるところはあるが、肉にありつけるのだ。せっかくの料理を存分に味わえないのはいただけない。レリアは自分を説得し、無理矢理に納得させた。
「ありがとー」
「よいよい。たーんと食べるのじゃぞ」
「はーい」
「な、なあレリア」
「なあに」
「そのー、ほら。先生からは鶏、マリーからは料理をもらっただろう?」
「うん? うん」
「うれしかったか?」
「うれしかったよ?」
「そうか、そうだよな」
「う、うん······」
モジモジとする強面の男の姿は気持ちが悪い。食事時になんてものを見せるんだとレリアは悪態をついた。
「あ、あのな。俺からも、そのー、プレゼントがあるんだ」
そう言って取り出したのは黒い紐。ずっと握りしめていたのかクシャクシャになったそれはよく見れば刺繍が施されている。
しかし所詮は紐。こんなもので喜ぶやつなんかいない。
「ほ、ほら。剣の練習をするときに髪が邪魔みたいだったからな。結ったほうがいいだろうと思って」
先程からモジモジと気色が悪いと思いつつ、用途が分かれば、なるほど、いいものだとわかる。
ランスの言う通り、レリアの髪は背中まで伸びており、夏場は蒸れて苦痛だった。運動なんてすれば溜まったものではない。
正直切りたいと思ってはいたのだが、二人に頼んで手を
いっそ自分で切ってしまおうかとハサミを手にとったこともあった。しかし、見えない後ろ髪を下手に切って酷い有様になれば、理想の子供とは程遠い姿となってしまう。結局、前髪をちょちょいと切るに留まった。
だが、これからはそんな心配からも開放されるのだ。レリアは髪留めを受け取り、意気揚々と後ろ髪を高く結んだ。
「ふふ。似合ってるわよ。お揃いね」
マリーの髪が揺れる。お揃いの髪型。その響きになんだかムズムズして、レリアは肉を口に運んだ。
「ありがとー」
「良かったわね、ランス。気に入ってもらえて」
「あ、ああ」
「ふふ。ランスったらね、それを選ぶのにずーっと悩んでて、最後の方はヴァーノンも疲れちゃってね」
「おお、あやつが疲れを見せるとは」
「そうなんですよ。私もびっくりしちゃった」
「な、なあ、その話はいいじゃないか」
「えー。まだまだあるのに。えーっとねぇ――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
宴の終わりが近づく。レリアが最後の一口を食べたとき、部屋の空気が変わった。緊迫感のある雰囲気に姿勢を正す。
「レリア。ちょっといいか」
「うん」
「しばらく、先生の家に行っててほしいんだ」
なんとなくわかってはいた。目を背けていただけで、気付いてはいた。今日の態度は不自然すぎる。突然の宴会。豪華な料理。プレゼント。そのすべてが手切れ金。
育てるのが嫌になったのだろう。何か失敗してしまったのだろう。ハッキリそうと言わないのは、二人の優しさか。それともただの腰抜けか。
せめて最後の思い出だけは楽しいようにと親のエゴを押し付けて、あまりにもバカにしている。
「わかった」
「ごめんな。最近森が騒がしくてな。落ち着くまでの辛抱だから」
(適当な理由をつけて遠ざけるんだ)
「すぐに戻ってこれるようにパパ、頑張るからな」
(嘘だ。最近家に居なかったのは、俺の顔を見たくないからだ)
「大丈夫よ。すぐ良くなるから」
(みんなで一緒に移動しないのはなんでだ? そういうことだろう?)
「レリアや。街は楽しいぞ。玩具も肉もいっぱいある」
(押し付けられて気の毒に。どうせ先生も俺のことが嫌になるんだ)
「うん。楽しみ!」
精一杯の笑顔で頷いたレリアの瞳に涙はなく、空っぽの心を隠すための仮面が分厚く顔を覆っていた。
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