第5話 向かうべきは

時は巻き戻る。そこは、地球から少しだけ離れた小さな星だった。人類はこの星の存在を認知してはいたものの、調査の必要なしとして触れてはいなかった。

 この星には後に天使と名乗る、機械生命体が静かに平和に暮らしていた。彼らは言語のコミュニケーションというものを使わず、独特の信号だけで会話をしていた。

 ある時、彼らの運命を変えた。降って来たのだ。地球からゴミが。この頃の地球が生み出した宇宙ゴミは、少しずつこの星に引かれていた。

 この飛来をきっかけに沢山の宇宙ゴミが彼らの星を汚した。綺麗に輝いていた彼らの輝きは徐々に失われていた。

 そして、彼らには重要な存在があった。それはこの星の運命を担う。ヘイローと呼ばれる存在だった。

 ヘイローの意思決定は彼らにとって命よりも大切なことだった。そして、ヘイローは決断した。地球への復讐を。我らのふるさとを汚した地球に。それから彼らはゴミから地球の言語を学び、自分たちを天使と呼ぶようになった。

 そして、十年前、彼らは地球へ飛来した。

       ◆

       ◆

『これが、我々がこの星にやってきた理由だ』

「…………」

 アカリはバイアスが話したことを理解はしたもののどうすれば良いのか分からなかった。

『その後、私は人類によって倒され、コアをこの機体に移された』

「あなたはなんで能力を持っているの? 上位種なの?」

『我は後天的に能力を得た存在だ。アローンタイプと呼ぶ人間が過去にいた』

「……やっぱりあれは嘘じゃなかったんだ」

『私は君たちと戦っていく内に人類に興味を持ち始めた』

「興味?」

『ああ。我は人類に味方する存在だ』

「良いの? あなたの仲間を殺しているのに……」

『彼らはヘイローに操られているに過ぎない。本当は天使個々に意思がある』

 アカリはバイアスの言葉に驚く。そして、バイアスは続ける。

『ヘイローに操られた天使は皆、死んだも同然だ。だから殺しても構わない』

「そっか……」

『どうした? 嬉しくないのか?』

「嬉しいけど、なんか悲しい感じがするの」

『悲しい? 我はその感情を理解できない』

「機械に感情なんてあるの?」

『ないわけではない。だが理解はしない』

「へぇ」

 そして、アカリは続けて言った。

「私たちが戦い始めた理由って一緒なんだね」

『どういうことだ? 我には理解が出来ない』

「もう少し頭良いと思ってたんだけど」

『まだ人間のことが理解出来てないだけだ』

「そうなんだ」

『先ほどの発言の意味は』

「いや、あなたたちは故郷が汚されたからここに来て、私たちは地球を汚されたっていうか砂漠にされたから戦う。一緒じゃない?」

『……やはり人間は難しいな』

 バイアスはそう、呟いた。

       ◆

       ◆

「あぁあ~」

「せ、先輩?」

 レミがラボで唸っているのを見てカップスは戸惑う。

「無人機がぁ…………」

「あぁ、なるほど」

 この前の戦いでレミたちの作った無人機三機は無残にも全て破壊されてしまった。

「また作り直しだよ? もうづがれたぁああ」

「いやぁ、それが僕たちの仕事じゃないですか」

「まぁ、そうなんだけどぉ~」

 レミは座っている回転いすをぐるぐると回して言う。

「頑張りましょうよ。先輩」

「嫌」

「嫌じゃいですよ。みんなの命掛かってるんですよ?」

「もう嫌だよぉ」

「頑張りましょうって」

 カップスはレミの肩を持って揺する。

「やめてよぉ~」

「アカリさんたちの負担減らすって言ったの先輩ですよね」

「そうだけど……」

「じゃあなんで今僕たちここにいるんですか?」

「…………」

「壊されるモノはしょうがないです。また作りましょう」

「……そうだね。アカリがまた戦うって言ったんだ。私も頑張らないとね」

 レミは勢いよく椅子から立ち上がる。

「さぁてやるかぁ~」

       ◆

       ◆

「ねぇ、もう一つ聞きたいんだけど」

『なんだ』

「ヘイローはどこにあるの?」

『北にある。この星で唯一砂漠と化していない一面氷の大陸だ』

「北極?」

『地球の名ではそう呼ぶのか』

「ま、まあね」

『それを聞いてどうする』

「私の計画、知ってるでしょ?」

『そういうことか』

「ご名答」

『だが、勝算はあるのか?』

「今の天使たちはヘイローに操られてるんでしょ? ならヘイローさえ掌握しちゃえばいいってことでしょ」

『人間とはつくづく理解不能なことを言う』

「私はこの戦いを終わらせたいの」

『……協力すると言ったからな』

「ありがと」

 アカリが指令室に入ってくる。

「司令、お話があります」

「なんだいきなり」

「私、分かったんです。この戦いを終わらせる方法が」

『……!』

 アカリの言葉に指令室にいた全員が驚く。

「どういうことか説明してもらおうか」

「天使は北極から私たちを攻撃をしています。そこに天使たちを操っている中枢があります」

「それは誰から聞いたんだ」

「バイアスです」

「……バイアス? どういうことだ」

「コアと会話しました」

「なんだと!? どうやった!」

「いや、えっとなんと申し上げればいいのか……」

「そうか。まぁ良い。でどうするんだ」

「それはですね……」

 と、アカリはトーマスにバイアスと話したことを伝えた。

「なるほど、そのヘイローという奴を説得出来れば天使からの攻撃は止まると」

「ええ。そのはずです」

「分かった。タツミ君の容態も大分良くなったと聞いた。彼が目覚め次第作戦の立案を行い準備を整える」

「はっ!」

「そして、この場にいるみんなに言っておくが、ここで聞いたことは外部に漏らさないようにお願いしたい」

 トーマスの言葉で指令室にいた全員が首を縦に振った。

       ◆

       ◆

 数日後、タツミは一人病室で目を覚ました。

「……ん」

 タツミは体に若干の痛みを感じながらも体を起こした。周りには誰もいなかったが、タツミが目を覚ましたことに気づいた看護師たちがこちらに向かってくる音がした。

「ねぇ、バイアス」

『どうした』

 格納庫で静かに佇むバイアスにアカリは話しかける。

「私たち、勝てるかな」

『何故それを我に聞く』

「いや、なんか不安になっちゃって」

『そうか』

「結局のところどうなの?」

『それは分からない』

「未来が見れるのに?」

『我は数秒先の未来しか見れない。見ようとすれば見れるがそうすると我と乗っているお前の存在が消えかねない』

「そうなんだ」

『そういうものだ』

 バイアスの回答にアカリは笑う。

『何故笑う』

「だって、面白いから」

『理解できない』

「人間に興味あるならちゃんとわかってよ」

『善処する』

「そろそろ時間だから行くわ。ありがと」

『ちょっと良いか』

「何?」

『お前は我を信用しているか?』

 バイアスの質問にアカリは一瞬驚くが、すぐに答える。

「当たり前でしょ。何年一緒に戦ってきたと思ってるの?」

 アカリはそう言うと、微笑み格納庫を出ていく。

       ◆

       ◆

 アカリが廊下を歩いていると、タツミが歩いている姿を見かける。

「あっ、タツミ。もう大丈夫なの?」

「まぁ、少し体は痛むけどな」

「……ごめんね。私の所為で」

「もう気にするなよ。死んでないし」

「でも……」

 アカリの顔が暗くなる。

「あのなぁ、せっかく元気になったのにそんな顔されちゃ気分落ちるっての」

「……ごめん」

「謝んなくていいよ。で、話変わるけど」

「…………」

「コアと話したんだってな。司令から聞いたよ」

「……うん」

「別に、あの時お前がやってたことに文句はねぇよ」

「えっ…………」

「まぁ、お前のことだからそんなんだろうなとは思ってたよ」

「……?」

 アカリは少しタツミから距離を置く。

「おい、なんだその距離は」

「ちょっと、気持ち悪いなぁって」

「あの、お前と一緒に戦ってきたんですけど」

「それを差し置いてもちょっとキモイ」

「……まぁいいさ。終わらせるぞ。この戦い」

「分かってる」

 二人はすれ違い、それぞれの道を進んでいく。

       ◆

       ◆

 数日後、大破されたソルジェーの修復も終了し、ついに作戦立案の日がやってきた。アカリ、タツミ、航空大隊長、地上部隊長、技術研究班長、トーマスが作戦室と呼ばれる暗い部屋に集まっていた。

「アカリ隊員からの情報で敵の中枢が北極にあることが分かった。これを掌握することで天使たちの攻撃を止めさせることが可能らしい」

 トーマスが転写版の上に乗せられた紙に絵を描いていく。

『……!』

 アカリ、タツミ、トーマスを除いた人間が驚きの声を上げる。

「で、作戦内容だが……」

 このトーマスの言葉にほぼすべての人間が息をのむ。

「バイアスがヘイローに到達するまでの道を確保したのち、航空、地上部隊は撤退。ソルジェーがバイアスを援護する」

「司令、ヘイローまでの到着予定時刻は…………」

 航空大隊長が静かに言葉を発する。

「未定だ」

「これ以上人命を犠牲にしろと!?」

「それはさせません」

 アカリが叫ぶ。

 アカリの言葉に怒りを覚えた大隊長が拳を作ったところでトーマスが言う。

「もし、基地に残りたいなら残れば良い。私は止めない」

「…………」

「部隊長は何かあるかね?」

「いえ、私は単純に戦車が北極の上で活動出来るかです」

「その点については偵察を重ねて調査をするつもりだ」

「司令、私から良いですか」

 技術研究班が手を挙げる。

「なんだ」

「北極が砂漠化していないという情報がありましたが、もしそれが本当なら、全ての兵装に特殊な加工が必要かと」

「どのぐらいで準備できる」

「早くて一週間です」

「五日で完了できるか」

「出来る限りは」

「分かった。一週間で見積もってなるべく早く完了させてくれ」

「了解」

「作戦はこれだけだ。あとは覚悟を決めておいてくれ。解散」

 トーマスの言葉でアカリとタツミとトーマスの三人が部屋に残る。

「どうした?」

「いえ。なんでもありません。失礼します」

 タツミが部屋を出ていく。

「何かあったのか?」

「いえ、私は何も」

「そうか」

「何か思うことがあったんじゃないですか?」

「まぁ、彼ならちゃんとやってくれる」

「私もそう信じてます。では、失礼します」

 アカリも部屋を出る。

「…………」

 その後、トーマスも部屋を出ていく。

       ◆

       ◆

 住宅区の共同墓地にタツミの姿があった。

「姉さん。もうすぐ敵が取れそうだよ」

 姉の名前が書かれたプレートを撫でていく。

「姉さん、ありがとう」

 タツミはそう言うと、墓地を出ていく。それとすれ違いでアカリが入ってくる。

「……」

 タツミの姿に気づいてはいたが、どちらも声を掛けることはなかった。

「お父さん、お母さん。今度の戦いが終わったら、ちゃんとお墓立ててあげるからね」

 と、タツミと同じように名前の書かれたプレートを撫でる。

「……大丈夫。ちゃんと帰ってくるから」

 プレートから手を離す。

「行ってきます」

 アカリは墓地を出ていく。

       ◆

       ◆

「先輩、聞きました!?」

 カップスが勢いよくラボに入ってくる。

「何が?」

「作戦のことですよ」

「作戦?……あぁ北極の?」

「そうですよ! 無人機の出撃するそうです。急ぎましょう!」

「いくつ?」

「三機」

「いつまで?」

「早くて五日です」

「オプションは?」

「耐冷加工です」

 数秒の沈黙が二人を包む。

「……キツくない? それ」

「めっちゃキツイです」

 二人は一斉に床に崩れる。

「なんでこんな大仕事二人だけなんですか?」

「私も知らないわよぉ……」

「でもやらないとなんですよね……」

「ぁあああああああああ! やるぞぉおおおおおお!」

「えっ?」

 レミが突然大声を上げ、カップスは驚く。

「えっ? じゃないわよ。あんたもやる」

「うぉお! やるぞぉ!」

「気合が足りん! もう一回!」

「えぇえええ!?」

「それを出せそれを!」

「意味わかんないですよぉ!」

 二人の奇声は夜遅くまで続いたそうな。

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