第4話 護りたい

「第三ミサイルシステム蒸発!」

「敵の侵攻止められません!」

「アカリたちはどうなってる!?」

「現在、バイアスはミカエルタイプと交戦中。ソルジェーも食い止めてはいますが……」

「無人機は出せるか」

「まだ実用段階では……」

「ちっ……」

『司令、《超長距離支援銃》の許可を!』

「許可する。《超長距離支援銃》を多量追尾弾装填で展開」

「了解。《超長距離支援銃》展開します」

『《超長距離支援銃》展開確認』

        ◆

        ◆

「さてと」

 ソルジェーは《超長距離支援銃》を構える。すると、コックピットのモニターに沢山の照準が現れる。

「終わりだ」

 天使のロックが完了しタツミはハンドルのスイッチを押す。《超長距離支援銃》から天使と同じ数の弾丸が放たれる。弾丸は天使を一匹も残すことなく捉えていく。

「はぁっ!」

 《大型剣》とミカエルの剣がぶつかりあい火花が散る。そして、ミカエルの剣が熱を帯びて赤くなる。その熱がだんだんと《大型剣》に伝わり《大型剣》が溶け始める。

「《大型剣》を破棄!」

 バイアスは《大型剣》を投げ捨てる。そして、太腿部が開閉し小さなナイフが射出される。バイアスは飛び上がり、ナイフを突き立ってる。ミカエルが剣で防ごうとするが、ソルジェーの放った弾丸が剣を弾く。バイアスはそのままナイフをミカエルのコアに突き立てる。

 ミカエルは悲鳴のような音を立てると爆発して消える。

「状況終了」

『状況終了確認。帰投してください』

「タツミ、ありがとね」

『当然だ。俺の狙いに狂いはない』

「言うじゃない」

『無駄話してないでさっさと帰投しろ』

「はーい」

      ◆

      ◆

「ふぅ」

 アカリはヘッドギアを外し、首を何回か横に振る。コックピットが開き、外へ出る。格納庫では溶けた《大型剣》の修復作業が行われていた。

「こりゃまたやられましたねぇ」

「まぁ、ミカエルとの相性は最悪だ。あいつらの熱はほんと厄介だ」

「とりあえず、廃材使って修復しよう。武器にならまだ使える」

「はっ!」

 数人の作業員が格納庫から出ていく。アカリは作業員たちが必死に作業している姿を見て、罪悪感に襲われる。

「気にしちゃダメだよ? いっつもバイアスとソルジェーの修復してる人たちだよ? 今更なんも文句言わないって」

 レミがアカリの後ろで呟く。

「わっ!? いつの間に……」

「まぁ、なんとなく?」

「ビックリしたんだけど」

「ごめんって」

 レミが舌をペロッと出して謝ってくる。

「アカリ様は慈悲深いからねぇ、許してあげるわ」

「言うねぇ」

「言うわよぉ?」

「ふふふふ!」

「あははは!」

 二人は何の意味もなく笑いだした。

「あっ、レミ」

「何?」

「無人機って大丈夫なの?」

「あっ…………」

 レミが後ろを見ると、カップスの姿がそこにはあった。

「先輩、またサボってる」

「サボってないよ!?」

「嘘つかないでください。さっ行きますよ!」

「いぃいいやぁああああ!」

 レミがカップスに連れていかれる姿をアカリは黙って見つめていた。

「全く平和だな」

「そんなこと言わなくていいでしょ。タツミ」

 ソルジェーのコックピットから今までの出来事を見ていたタツミが言う。

「うるさい。最近気が緩んでるぞ。一回戦った相手なんだ、ミカエルが熱を使ってくることぐらいわかってたはずだ」

「しょうがないじゃない。剣には剣でした戦えないんだから」

「もし俺があの時剣を弾いてなかったらお前はどうしてた」

「うーん。まだ《大型剣》も使えてたしそれ使ったかなぁ」

「まぁ、お前ならそうするだろうな」

「何? 近接そんな経験してない人が何言うのさ」

「ただの興味だよ」

 そう言うと、タツミは格納庫から出ていく。一人残されたアカリは、後ろに黙って立っているバイアスを見つめる。

「いつもごめんね。無茶な操縦ばかりで」

 と、バイアスの装甲を優しく撫でる。その後、修復作業に勤しむ作業員に感謝しつつアカリは格納庫を出た。

       ◆

       ◆

 ゴミ捨て場もとい、廃材置き場。二人の男女は相も変わらず溶接作業に勤めていた。

「カップス、次」

「はい」

「よしっ、一区切りついたかな」

「まぁ、ついたっちゃつきましたかね」

「一旦休憩にしようか」

「えぇ、また先輩サボる気じゃないですか」

「えっ!?」

「やっぱり」

「い、いや? そんなことありませんよ?」

「はぁ……」

「あのー、レミいる?」

「アカリ!?」

 ゴミ捨て場の扉が開き、レミにとってのオアシスでもあるアカリがやってくる。

「アカリぃいいいい!」

「ちょっ、やめて!」

 アカリは抱き着いてきたレミを引きはがそうとするが、レミの吸着力の強さに歯が立たない。

「嫌だ! もうこんなとこいたくない!」

「しょうがないじゃないですか! 場所ないんですから!」

「うるさい! あんたがなんとかしなさいよ!」

「えぇ…………」

 カップスはひっぱたいてやろうかと一瞬思うが理性で引っ込める。

「はぁはぁはぁ……」

「う~ん」

 五分ほどして、アカリは無理矢理レミを引きはがすことに成功した。

「なんでこんなめに…………」

「それはね、アカリが私のオアシスだかr……へぶっ!」

 レミは突然アカリに頬を叩かれる。

「あっ! ごめん、つい色気使う男の対処法が……」

「えぇ…………」

 レミが地面で伸びている異様な光景にカップスは少し引いてしまう。

「いや、ちょっとごめん医務室に運ぶね」

 アカリはカップスの手伝いでレミをおんぶして格納庫を出ていく。

「いや、アカリさんこっわ」

      ◆

      ◆

「すいません。よろしくお願いします」

「はーい」

 お辞儀をアカリは医務室を出る。

「やっちゃったなぁ」

 アカリは自分がレミにしでかしたことを思い出し頭を掻く。

「お詫びに手伝いに行こうかな」

 アカリは再びゴミ捨て場の扉を開く。

「あ…………アカリさん」

 カップスは溶接するためのゴーグルを外し、入ってきた相手をアカリだと認識する。

「ちょっと手伝おうと思って……何か出来ることはある?」

「じゃ、そこの装甲の山から腕に使われてた奴見つけてきてもらえます?」

「分かった」

 カップスはまた溶接に戻っていく。

 アカリはカップスの後ろに積まれた装甲の山を見て驚く。

「えっ、この中からあれ作ったの?」

「ん? 何か言いました?」

「いや、よくこんなに積まれた中から作ったなぁって」

「レミさんも無茶してくれますよほんと」

「疲れないの?」

「サボってばっかですけど、先輩の方が僕の何十倍も働いてくれてます」

「へぇ、あっこれ大丈夫?」

「うーん。使えますね。ありがとうございます」

 アカリから廃材を受け取り、カップスは機材を使いまだ比較的無事な部分を切りとっていく。

「ふぅ」

 カップスはゴーグルを外して額の汗を腕で拭う。

「お疲れ様」

 と、アカリは近くにあったタオルを差し出す。

「ありがとうございます」

「今、どのあたりまで進んでるの?」

「八割がたは出来てます。あとはOSにアカリさんとタツミさんの動きを学習させます」

「そこまでやるの?」

「まぁ、自分たちだけでやる! ってのが先輩の信念らしくて」

「へぇ」

「その所為で余計な仕事が増えちゃってるんですけどね」

 カップスは笑って答える。

「お手伝いありがとうございました。あとはこっちでやっとくんで」

「分かった。頑張ってね」

「あっ、あのちょっと良いですか?」

「ん?」

「あの、レミ先輩って好きな人いるんですか?」

「へっ?」

「いや、そのなんというか」

 カップスの顔が赤くなっていくのを見てアカリはなんとなく察する。

「いないよ。レミからそんな話聞いたことないし」

「ありがとうございます!」

「なんかあったら相談してね~」

 アカリはお辞儀するカップスの肩を叩きゴミ捨て場を出る。

「レミのこと好きなのかぁ。楽しみだなぁ」

 アカリもいつの間にか上機嫌になっていた。

 数日後、無人機を使った第二回のテストが行われた。

「始めてくれ」

「了解。プロトⅡ発進します」

「プロトⅡ着地確認戦闘態勢に移行完了」

 プロトⅡはプロトと変わらない速さでフィールドを駆け抜けていく。

「タツミ、今度は負けないよ!」

『ああ。望むところだ』

 タツミは瓦礫を破壊することで、プロトⅡの進路をなくしていく。

『敵誘導に成功。あとはお前の番だ』

「了解。任された」

 アカリは、タツミが作った、一本道を突き進んでいく。すると、敵の接近を知らせる警報が鳴る。瓦礫を破壊した影響で出来た煙からプロトⅡが飛び出してくる。

「はぁっ!」

 バイアスは《大型剣》を振りかぶり、プロトⅡを切り裂こうとする。しかし、プロトⅡ用に調整された剣が《大型剣》を止める。

「嘘っ、バイアスより小さいのに」

「今回はパワー負けしないよう出力系統をちょっと弄ってみました」

 レミが司令室で胸を張って言う。

「あっ、もちろんこれでも出力は要望通り半分に抑えました。ここが一番大変でしたが……」

「なるほど。これならミカエルとも戦えそうだ」

「ええ。ミカエルとの戦闘を想定して耐熱シールドのオプションも考えています」

「タツミ! 援護!」

『クソっ、速すぎて狙いが……』

 モニターにはバイアスとプロトⅡが映っているのだが、プロトⅡが細かい動きをするために、狙いをつける前に外れてしまう。

「これが、俺たちの動きをインプットした奴の力か」

 タツミは、モニターを操作してスナイパーライフルの弾丸を変更する。

「通常追尾弾セット完了」

 プロトⅡの動きを追尾するよう、慎重に狙いを定める。そして、ロックの文字が表示される。タツミはそれをほぼ同時に引き金を引く。放たれた弾丸はプロトⅡに向かって真っすぐ飛んでいく。しかし、プロトⅡはそれを躱す。

「バカが」

 刹那、弾丸はプロトⅡに向けて起動を変える。しかし、それすらも回避する。

「はっ!?」

 追尾弾はプロトⅡに切り裂かれ爆発する。

「ムカつくなあのロボット!」

 タツミは怒りのあまりモニターに拳を叩きつける。

『ちょっとタツミ!? 大丈夫?』

「うるさい。お前は奴をどうにかして止めろ」

『やってるけど、動きが細かすぎて』

「良いから。なんとかしてくれ」

『分かった。なんとかしてみる』

「通常弾セット完了」

 そして、ソルジェーはスコープを覗き込んだ。

「ったく。止めろってどうやればいいのよ」

 アカリは、プロトⅡの動きを追うのが精一杯だった。いくら近接型とはいえ、大きさが違う敵との戦いの経験はほとんどないのだ。ましてや、相手は自分たちの動きを学習している。今のところ、バイアスは防戦一方だった。

 何度か受けきれずプロトⅡの攻撃がバイアスを襲う。一回一回のダメージは少ないが、プロトⅡは何度も執拗に同じ部位を狙う。これにより、効率よく早く相手の耐久値を落とすことが出来る。ヒットアンドアウェイを繰り返すことで消耗も減らすことが出来るのである。

 そして、ついにバイアスの左足の膝部分にヒビが入り始める。

「このままじゃまともに動けなくなるっ……!」

 アカリは必死に対応策を考えるが攻撃のスピードが速すぎる為に思考が追い付かない。

「……! それなら。タツミ、合図したらバイアスごと撃って」

『分かった』

 バイアスは《大型剣》を地面に突き立てると、動きを止める。すると、プロトⅡはバイアスの左足を集中攻撃する。そして、左足が破壊され、バイアスは地面に崩れる。だが、避ける為に後ろに下がったプロトⅡをスラスター全開で掴むことに成功する。

「タツミ! 今」

 刹那、弾丸がプロトⅡを貫き。バイアスの手を破壊する。

「状況終了。バイアス損傷率四十パーセント。回収と修復を最優先」

「あぁ。私の子供たちが……!」

 レミはまたもや地面に崩れる。

「先輩! 大丈夫です。子供なんてまた僕と作れば……っ!」

 カップスは放った言葉の重大さにギリギリ気づいた。

「そうだよね。うん。ありがと……なんでそんな顔赤いの?」

「い、いや別に! 深い意味なんてないですよ。はい」

「ん? どうしたの? 熱でもあるんじゃないの?」

 レミの顔がカップスの顔に急接近する。

「大丈夫です!」

「そう? 無理しちゃダメだよ?」

「先輩にだけは言われたくないです」

「んだと~この野郎!」

 レミは右腕でカップスの首を絞める。

「ちょっと先輩!」

 と、カップスは抵抗し手をバタバタさせるが、その所為でレミの控えめな胸に頭が接触してしまう。

 レミも胸に頭の感触を覚え、首絞めをやめる。

『ヤバイヤバイ。当たった。胸が。死んだ』

 と、心の中で思う。恐る恐るレミの顔を見る。

 すると、

「この……変態が!」

 レミはどこかに隠し持っていたスパナでカップスの腹を殴る。

「ぐはっ!」

 あまりの衝撃にカップスは倒れてしまう。

「女の子なんだぞ!?」

 レミは胸を両手で抑え、顔を赤らめる。

「わ、分かってますよ……ゲホゲホ」

「あの、すまないが他所でやってくれないか?」

 トーマスが申し訳なさそうに言う。

「す、すいません。つい」

 レミがスパナを背中に隠し言う。

「す、すいません」

 カップスもレミに続き謝る。しばらくしてなんとかカップスは立ち上がる。

すると、アカリたちが指令室に入ってくる。

「アカリだぁああああ!」

「ちょ、ちょっとストップ!」

「何! 止めないで私を! 今めっちゃアカリに抱き着きたいのに!」

「いや、スパナ持ってこっち来られたら怖いんだけど」

「……」

 タツミも黙ってうなずく。

「……あははは!」

 と、レミはスパナをカップスの方へ投げ飛ばす。

「おっとっと」

 カップスは何度かスパナを落としそうになるが、なんとかキャッチする。

「これで抱き着いていい?」

「レミ君!」

「はい! 失礼しました!」

 トーマスの名差しにレミは背筋を伸ばし敬礼する。

「コホン。二人とも、今回のプロトⅡはどうだった」

「えっと、前回はペイント弾を使った訓練でしたから重さというのは判断しかねますが、一点に集中して攻撃するというのは間違ってないと思います」

「俺も同じく。ですが、これが通用しない相手にはどうするのか、装甲が固い天使が現れた場合どう対処するのかが問題かと」

「なるほど。開発担当。何か意見は」

「貴重なご意見ありがとうございます。今後の開発に活かしていきたいと思っております」

 レミは冷静にメモを取っていく。

「次の製造にはどれぐらいかかりそうだ?」

「分かりません。正直、もうしばらくは開発に時間が欲しいです」

「そうか……無理はしないでほしいがこちらとしてはなるべく早く戦力を確保したい。何人かリソースを割けるなら割くが」

「お願いします」

「分かった。それに合わせ、ラボを用意しようと思う。連絡は後程」

「ありがとうございます!」

 ついにあのゴミ捨て場からの脱出が出来ることにレミは喜ぶ。

「あ、あの、材料は…………」

「なんとも言えないな。今回の戦闘訓練でのバイアスの損傷が激しいからな」

「そんなぁ…………」

「先輩、気を落とさないでください!」

「お気楽でいいなぁお前は!」

「ひぃいい」

「まぁ良い。材料探しに行くよ。カップス」

「は、はい!」

 レミとカップスはゴミ捨て場へと向かう為、指令室を出る。

「二人も解散して良いぞ」

「はっ!」

「了解しました!」

 指令室を出ると、アカリはホッとしたような顔をする。

「良かった。損傷酷すぎて怒られるかと思った」

「ったく。ひやひやしたぞ」

「ごめんね」

「良いさ。次は傷つけないように撃つだけだ」

「信じてるね。タツミ」

「ああ」

 そう言うと、タツミは自室へ向かって歩き出した。

「さぁて、私はバイアスのコアに行くか!」

 アカリは格納庫へ向かい、バイアスとの交信実験を開始した。

       ◆

       ◆

「ダメかぁ~」

 アカリは足場の上に寝転がる。しばらくして胡坐をかきながらバイアスに話しかける。

「ねぇ、どうやったら返事してくれるの?」

「…………」

 当然、バイアスは何も答えない。ただ静かにアカリの目の前に立っているだけだ。

「……まぁ、いつも一緒に戦ってるからその内話してくれるよね」

 アカリは後片付けを行い、本日の実験を終えた。

       ◆

       ◆

「ふぅ」

 タツミはいつも通りのメニューを終え休憩に入っていた。

「見ててくれ姉さん。絶対。敵を討つから」

 姉がいつも身に着けて死ぬ直前にもらったペンダントを右手で強く握りしめる。

 時は少し遡る。保護されたタツミはその後、天使たちから攻撃を受けながらもなんとか生き抜いてきた。そして、人類軍がついにバイアスとソルジェーの開発に成功し、パイロットの募集を始めた。

「君たちにはこれから過酷な訓練に挑んでもらう。もちろん、嫌ならここから去ってくれても構わない。

 まだ髭の生えていないトーマスが集められた子供たちの前でそう言った。しかし、立ち去る子供たちはおらず、訓練が始められた。

 訓練というのは、普段軍隊が行っているプログラムを子供たちがなんとか耐えられるギリギリに調整したモノと心理テストであった。

 最初は全員着いて来ていたが、だんだんと人は減っていった。途中でエンジニアの才能を見出されスカウトされた者もいれば単純に訓練に耐えられなかった者。主にこの二種類が脱落者の大半を占めていた。

「はぁ……はぁ」

 タツミは当時体力があるとは言い難がったが、姉の敵を討ちたい一心で訓練に挑み続けた。

 そして、最終選抜。二機のコックピットを再現したシミュレーションで天使を倒す訓練が行われた。

 結果、タツミはソルジェーのパイロットに選ばれる形となった。そして、バイアスのパイロットにはアカリが選ばれた。

 タツミはアカリの顔をこの時初めて近くで見た。

『姉さんに似てる』

 第一印象はそうだった。顔などは似ているかと言われれば微妙だが、笑顔の作り方、放つオーラが姉にそっくりだった。

 アカリとタツミは先代のパイロットたちを大きく上回る戦績を見せた。バイアスとソルジェーの完成以降、最大の適格者としてアカリたちの名はすぐに広がった。

 しかし、十歳という子供にパイロットを任せて良いのかと疑問の声を上げる者たちもいたが、トーマスが真実を伝えることで黙らせることに成功している。

 このころから、タツミの意識の奥底にはアカリを守るという意識が出来始めていた。何度かアカリがピンチを迎えても必ずタツミがそれをフォローしてきた。助けられることもあったが、アシストの数はタツミの方が上であった。

 タツミは最初バイアスを希望していたのだが、天使を近くで見てからの反応が遅れるという欠点があり、ソルジェーのパイロットとなった。しかし、今のタツミはその欠点を克服しつつある。その為、タツミは接近戦も出来るよう、近接格闘やナイフ技術を身に着けている。

 タツミのアイデアには技術班も助けられている。タツミのおかげで追尾弾、《超長距離支援銃》が開発された。これにより、天使討伐数も上昇した。

 そして、時は戻る。タツミはインターバルを終えると、着替えて住宅区へと向かった。

「姉さん」

 フェール・J・ウォーカー、タツミの姉の名前が書かれたプレートをタツミは撫でる。

「絶対に敵を討つよ。そして地球を元に戻して、お家のあった場所にお墓を立ててあげるからね」

 そう、タツミは優しく言葉を掛けた。

 現在、何度か地球再生計画が行われているが、再生が行われる度に天使たちが砂漠化するために、計画は現在停止中となっている。

 墓地を出ると、そこにはアカリがいた。

「あっ、タツミ」

「……なんだよ」

「珍しいね。タツミがお墓参りなんて」

「まぁ、たまには顔出さないと姉さんが寂しいからな」

 タツミの言葉にアカリは思わずニヤッとしてしまう。タツミは緩んでいた表情を引きしめ、アカリを睨む

「なんか文句でもあるか?」

「いやぁ、なんかタツミでも可愛いこと言うんだなって」

「あぁ?」

「そんな怒らないでよ……」

「別に怒ってない」

「怒ってるでしょその顔」

「俺は元からそういう顔だ」

「違うよ」

「はぁ?」

「タツミは、ほんとは優しいもん。私分かるよ」

 アカリは困惑するタツミを置いて続けた。

「だって、私のこと何度も助けてくれてるじゃん。そうじゃなかったら私とっくの昔に死んでるよ」

「それが俺の仕事だからだ」

「タツミはいっつもそう言うよね」

「それ以外に理由なんてない」

「……そっか。でも感謝してるんだってことは忘れないでほしいな。いつもありがと。タツミ」

 そう言うと、アカリは墓地の中へと入っていく。タツミはアカリが名前を呼んだ瞬間、姉を思い出していた。

「一緒だ。名前の呼び方が……クソっ。疲れてるな」

 タツミは首を横に振り、アカリのことを頭から消していく。

 シャワーを浴び、綺麗な青色をした髪が少し暗くなり、いつもピンと立っている髪も水分には勝てないようであった。

 髪を乾かし、タツミは部屋に入る。部屋はほとんどモノがおかれていなかった。シンプルという言葉が一番似合うだろう。机の上にただ一つだけ写真が置かれていた。それはタツミが生まれたころの写真だった。奇跡的に残ったこの写真をタツミはずっと大切にしている。この写真に写っているのは話したことがない両親と親代わりに育ててくれた姉の姿が笑顔で写っていた。

「おやすみ。姉さん」

 タツミは写真を机に置くと、ベッドに倒れ眠った。

 翌日、天使がやってきた。

『パイロット神経接続。バイタル異常なし。起動フェース3をクリア』

「ソルジェー起動!」

 タツミの声に反応し、暗かったコックピットに外の映像が映し出される。

「ソルジェー出撃準備完了。いつでも出れます」

『了解。カタパルト確認。出撃どうぞ』

「タツミ・A・ウォーカー出撃す!」

 その声に反応し、カタパルトに乗ったソルジェーが外に飛び出す。

「着地確認。ライフル展開確認配置に着きます」

 迎撃のために出撃している航空部隊の戦闘がソルジェーより五キロ前方で行われていた。タツミは戦闘機の後ろにいる天使を確実に狙っていく。

 そして、バイアスが地面に着地した衝撃がソルジェーにも伝わってくる。

『敵、何体かそちらに向かいました』

「了解。対処する」

 タツミは慣れた手つきでモニターを操作し、追尾弾の弾倉に切り替える。

「追尾弾セット完了」

 タツミは向かってくる天使の数を確認して引き金を引く。追尾弾は天使を捕らえ爆発させていく。

 そして、再び通常弾に切り替え、航空部隊の掩護とアカリが戦いやすい環境を作っていく。

 数分後、上級種も現れることもなくこの戦闘は終わった。

「お疲れ様です。これどうぞ」

 と、コックピットが開き、作業員が水を渡してくる。

「ど、どうも」

 タツミは水を受け取りつつ、コックピットを出る。

「ぷはぁ」

 水の冷えた感触が喉を伝わる。気持ちのいい感触だ。その後、一気に飲み干し、空っぽのペットボトルを近くにあったゴミ箱に投げ捨てる。

 そして、そのまま自室へと歩みを進める。部屋の前に立ち、扉の鍵を開ける。

「あ、あの!」

 と、後ろの方から声を掛けられる。

「はい」

 そこには航空部隊に所属するパイロットの姿があった。

「いつもありがとうございます」

「いや、仕事ですから」

「あなたのおかげで俺たちは生きてるんです。命の恩人なんです」

 と、パイロットは目を輝かせていた。

「それは嬉しいです。でも特に命の恩人になったつもりはないので……」

 タツミは部屋に入り、扉を閉める。

「ありがとうございました!」

 パイロットの声が扉越しからでも聞こえてくる。

「はぁ……」

 タツミは少しうんざりした感じのため息を吐き、ベッドに腰掛ける。

「命の恩人なんて言わないでくれよ。俺はそんなん目指して天使をたおしてるわけじゃないんだ」

 タツミはベッドに倒れ横になる。特に考えることもなく寝がえりをうったりを繰り返す。

「ふぅ」

 起きて、部屋に置かれた小さな冷蔵庫から栄養ゼリーを取り出し飲み込んでいく。

「はぁ、美味い」

 マスカット風味のゼリーが微妙に人気なのである。手に入れるのに少し苦労するが、その価値がある貴重な食品である。

 タツミはこのお気に入りのゼリーを味わうように飲み込んでいく。だが、内容量が少ないので、五分もしないで全部飲み切ってしまう。

「……クソ」

 早く飲み切ってしまったことを後悔しつつもゴミを投げ捨てる。そして、そのままベッドに戻り目を閉じる。

 視界を閉じた瞬間、いろんなことが頭に浮かぶが特に意識することは何もなにかなかった。しいて言うなら姉とアカリのことぐらいだろうか。

「ふぅ、寝るか」

       ◆

       ◆

 六月も終わり、七月を迎えようとしていた。だんだんと砂漠に日光が照り付け気温が上がり始める時期だ。

「暑いぃ」

「死ぬぅ」

 アカリとレミは日陰に座って水を飲んでいた。

「まだ午前中だよ? 殺す気なんですかね」

「まぁ、砂漠だから」

「これ砂漠関係あるの?」

「知らない」

「アカリも知らないのかじゃあ分からないなぁ」

「ねぇ~」

 と、なんの語彙力もないような会話が繰り返される。

「もう溶接したくないなぁ」

「しょうがないよ」

「しょうがなくないよぉ」

「クーラーあるじゃん」

「あんな火花散ってたらクーラー効果ないって」

「そういうもんなの?」

「うん」

「へぇ~」

「先輩~休憩終わりなんで行きましょ」

 カップスが汗を流しながらやってくる。

「嫌だぁ」

「ていうかなんで外で休憩するんですか? 死ぬ気ですか?」

「なんとなく」

「なんとなくで死なれたら困るんですけど?」

「ごめんて」

 適当な感じでレミは謝る。

「ほら、戻りましょ」

「はーい」

 レミは力なく立ち上がり、基地の中へと入っていく。

「私も戻ろう」

 アカリも汗が止まらない自分の体を見て中へ入っていく。

「シャワーでも浴びようかな。体ベトベトで気持ち悪いし」

       ◆

       ◆

「さぁて、やりますかぁ」

 レミは指をパキパキと鳴らして溶接機とゴーグルを手に取る。

 新しく作られたラボは人が何人も入れるような広さでゴミ捨て場のように暗くない。機材の種類も増え効率よく作業を進めることが出来る。

「はい」

 カップスが素材を手渡すと、レミはノールックで素材を受け取り溶接していく。レミはただひたすらに黙って火花を散らしていく。

『かっこいいなぁ』

 と、カップスは心の中で思うのであった。

『いやぁ切り替えの早さも凄いんだよなぁ。僕も見習わなくちゃなぁ』

 カップスの心の独り言は止まらない。

「……プス。カップス!」

「は、はい!」

「材料!」

「すみません!」

 カップスは急いで素材を渡す。

「どうしたの?」

「えっ?」

「なんか考え事してるのかなって」

「いや?」

「ボーっとしてたから気になって」

「うーん。話す時が来たら話しますね」

「えぇ、つまんない」

 そう言うと、レミは作業に戻る。

『危ねぇ~』

 と、カップスは思う。

『忘れろ。忘れろ。忘れろ……』

 頭を横に振り、カップスは雑念を消そうとするが、レミの姿が視界に入る度に変な妄想が頭に浮かび上がる。

『先輩、好きです』

『私も、カップス……』

 妄想の中の二人は目を瞑りキスをする。

「グへへへ……はっ!」

 カップスが正気に戻った時にはレミが憐みの目で素材を求めていた。

「あ、あの素材を……」

「はい!」

 カップスは素材を渡すが、レミからはもう感謝の言葉はなかった。

『やってしまった完全にやってしまった』

 しばらくの間、ラボには変な空気が流れていた。

「あ、あの……先輩?」

「…………」

「先輩?」

「……何?」

「どうしたんですか?」

「いや、気持ち悪いなぁって」

「そんなこと言わないでくださいよ!」

「だって、仕事中に変なこと考えてるんだよ?」

「まぁ、否定はしないですけど」

 レミのことを考えているとはとても言い出せなかった。

「誰のことが好きなのかは知らないけど、仕事中には控えてよね」

「はい!」

 レミの笑顔に再び元気になるカップスであった。

       ◆

       ◆

 数日後、天使がやってきた。

「南東より天使接近。第一防衛線到着予定、二百秒」

「総員、第一種戦闘配置」

 トーマスが落ち着いた声で言う。

「了解。総員、第一種戦闘配置。繰り返す、総員、第一種戦闘配置」

「住民に避難命令を発令、第三、四シェルターを解放」

「了解。第三、第四シェルター解放します」

       ◆

       ◆

「さぁて、今日もやるわよ」

「ああ。今回も雑魚だけらしい」

 二人は開いたコックピットにそれぞれ入りヘッドギアを装着する。それに合わせて、コックピットが閉じていく。

『パイロット神経接続、バイタル異常なし。起動プロセル3をクリア』

「バイアス、起動!」

「ソルジェー起動!」

 二人の声に反応し、バイアスは青色に、ソルジェーは赤色にバイザーが点灯する。

「バイアスが先だ! 急げよ!」

「はい!」

 バイアスが収容されているケージのロックが外され、カタパルトに乗る。

『カタパルト異常なし、出撃どうぞ』

「了解。バイアス、出撃す!」

 アカリの言葉でバイアスが外へと飛び出ていく。

「着地確認。《大型剣》展開完了」

 バイアスは《大型剣》を背中にマウントすると、天使がやって来る南東へ向けて走り出した。

「出撃準備完了! ソルジェー出撃す!」

 バイアスと同じくソルジェーも砂漠へ飛び出ていく。

「着地確認。ライフル展開完了」

 地面からせり出した箱からライフルが飛び出してくる。ソルジェーはそれを手に装備すると、マップに表示された作戦ポイントへと進んでいく。

「地上部隊、七割壊滅。戦線維持不可!」

「バイアスは」

「現在ポイントへ向かって進行中」

「タツミ、《超長距離支援銃》を使え。地上部隊を逃がす」

『了解』

「《超長距離支援銃》展開します」

『展開確認。攻撃に移る』

 コックピットのモニターに地上部隊と天使が戦っている光景が鮮明に見える。

「ほとんどやられてるな。アカリはなにやってんだ」

 ソルジェーは射撃体勢を取り、急いで天使を狙撃する。その瞬間、地上部隊に攻撃をしていた天使たちがソルジェーに向かってくる。

「天使、進路変更!」

「今のうちに地上部隊に撤退命令。バイアスに伝えろ」

 バイアスのコックピットに天使がソルジェーに向かっていることを告げるメッセージが表示される。

「指示了解。急行します!」

 バイアスは《大型剣》を地面に突き刺し急停止する。そして、地面を蹴ってソルジェーのいる方向へ駆けだす。

 すぐに天使の接近を知らせる警報がバイアスのコックピットに響く。

「えっ!? きゃぁっ!」

 コックピットに衝撃が走る。バイアスは天使の衝突により地面に崩れる。そして、その衝撃でコックピットのモニターが外の景色を映し出さなくなる。

「ちょっと、どうしたの!? ねぇ!」

「司令、ウリエルが突如出現しました!」

「何!?」

「バイアスの電源回路が故障! バイアス、再起動できません!」

「なっ…………!」

「ねぇ、動いてよ! バイアス!」

 アカリはアカリの消えたコックピットでハンドルを動かし続けるが反応がない。ウリエルは外でバイアスを見つめている。

 そして、ウリエルはバイアスを蹴ったり殴ったりと攻撃を加えていく。その度にコックピットに物凄い衝撃が走る。

「きゃっ!」

 体はシートベルトで固定されてはいるが、頭がシートの背もたれ部分に当たり意識を一瞬失う。

「アカリ! おい、応答しろ!」

 タツミは無線でアカリに問いかけるが、何も応答はない。

「クソっ!」

 ソルジェーは向かってくる天使を倒していくが、数が多く減ってはいるがタツミに実感はわかない。

 そして、ウリエルは《天使の扉》を開き、四体に分身する。四体はそれぞれバイアスを見回すと、腕を引っ張ったりしていく。

「バイアス、装甲損傷率増大。パイロットの意識不明!」

「航空部隊を出せ、少しでも奴らの気を引け!」

 トーマスの声で航空部隊が緊急出動しウリエルの攻撃に当たる。しかし、ウリエルたちは航空機に興味など示さずバイアスに攻撃を仕掛けるだけだった。

 タツミは天使を攻撃しながら、バイアスが攻撃される様子を見ていた。すると、撤退したはずの地上部隊が天使を攻撃し始める。

 そのおかげで、天使はなんとか消え、ソルジェーはウリエルへ向けて攻撃を始める。

「こっちだ! この野郎!」

 タツミの頭の中には姉の姿があった。意識の奥で姉と重ねた人物が天使に殺されようとしている。それがタツミを動かしていた。

 タツミは特に狙いを定めることなくウリエルを攻撃していく。

「うわぁあああああ!」

 その内、弾丸が尽きてしまう。ソルジェーはライフルを捨てると、基本装備のナイフを取り出し攻撃していく。

 分身したうちの一体に攻撃するが、弾かれてしまう。

「こぉぉおおのぉおおおお!」

 タツミは気にせず攻撃を続ける。機体に揺さぶられ、タツミはモニターに頭をぶつけてしまう。その影響で頭から血が流れてくる。血が目に入るのを防ぐため、タツミは額の血を拭う。

「はぁはぁ…………!」

 タツミが目を開けるとバイアスが二体のウリエルに持ち上げられ、もう二体のウリエルが腕を変形させている光景が目に入る。

 そして、腕を変形したウリエルがバイアスに突っ込む瞬間、

「がっ…………!」

 ソルジェーがバイアスの前に飛び込んでいた。ウリエルの腕はコックピットの一部を貫いていた。

 そして、ウリエルは腕を引き抜く。すると、ソルジェーはそのまま地面に落ちる。

「ソルジェー、活動停止、パイロット生死不明」

 タツミの声が一瞬だけバイアスのコックピットの中に響いた。

「えっ? タツミ? ねぇ! タツミ!」

 アカリは叫ぶが何も応答はない。そして、一瞬だけ、外の光景が見える。そこには潤滑油が漏れて横たわっているソルジェーの姿があった。

「いやぁああああああああ!」

 アカリの叫び声がコックピットに響く。すると、バイアスのバイザーが光り出す。

「えっ? なんで?」

「どうした!」

「バイアス、電源回路復元。再起動しました」

「何!?」

 バイアスは、腕を掴んでいるウリエルを一体蹴り飛ばす。拘束が解かれたバイアスはもう一体のウリエルのコアをナイフで突き刺し倒す。

「動ける…………! このぉ!」

 アカリは近くに転がっている《大型剣》を拾い、ウリエルを切り裂いていく。ウリエルは攻撃しようとするが、バイアスは今までにない動きでウリエルを切っていく。

「これで、最後!」

 最後の一体が消え、基地の周辺から天使の反応が消える。

「状況終了…………周囲に天使の反応。ありません」

「ソルジェーの回収を最優先。パイロットの生存確認急げ!」

 ソルジェーは大破。幸いにもタツミは一命を取り留めたが、意識が戻ることはなく、集中治療室を出ることが出来たのは、あの襲撃から一週間後であった。

「……私の所為だ」

 暗い部屋で一人、アカリはベッドに体育座りしていた。

「私の所為だ」

 ただ一人、同じ言葉を繰り返す。自分は軽傷で済んだのに、自分を助けた人間が生死の境を彷徨っている状況が許せなかった。

「私の所為だ。私の所為だ!」

 思わず、ベッドを殴る。そして、ドアがノックされる。

「アカリ、入って良い?」

 レミの声が聞こえるが、アカリは何も返さない。

「入るよ?」

 レミが扉を開けて入ってくる。

「…………」

「アカリ?」

「何の用?」

「いや、どうしてるかなって…………」

「放っておいて」

「そういう訳には…………」

「良いから放っておいてよ!」

「アカリ…………」

「全部私の所為なの……」

「アカリが悪いわけじゃないよ」

「レミに何が分かるの!?」

 アカリは枕をレミに投げつける。

「っ……!」

「戦場にすら出たことないのに!」

 アカリの目に涙が浮かぶ。そして続ける。

「これは私の問題なの! だからレミは首を……!」

 アカリが全てを言い切る前にレミはアカリの左頬に平手打ちをする。

「…………」

「いい加減にしてよ!」

 左頬を抑えるアカリを気にすることなくレミは続ける。

「あんたが辛いことを私が知らないとでも思ってるの?」

「…………」

「あのね、二機しかない内の一機が壊されてみんな落ち込んでるの。タツミ君はまだ死んでない。タツミ君が起きても頑張れるような環境にしなよ!」

「…………」

「アカリは今なんのために頑張ってるの!?」

「……私は、私は…………」

「私行かないといけないから。お願い。あんまり背負い過ぎないで」

 そう言うと、レミは部屋を出ていく。再び、アカリは一人になる。

「私は…………なんで戦ってるの?」

 アカリはそう呟いた。

       ◆

       ◆

 ラボで一人カップスが査証をしていた。そして、レミが入ってくることに気づきゴーグルを外す。

「どうでした? アカリさん」

「全然」

「そうですか」

「思わずビンタしちゃった」

「ひぇぇ、随分やりましたね」

「まぁ、あれでなんとかなるとは思わないけどね」

「しょうがないですよ」

「さっ、早く完成させましょ」

「はい」

 二人はまた無人機の制作に取り組んでいく。

 人類の希望の内一機がやられたという事実はあっという間に広まった。しかも残った一機のパイロットも心神喪失状態。バイアスは再起動の原因を調査するために凍結された。人類は絶望の空気に包まれていた。

「ダジェス」

「はい」

「対天使用隠密装置は」

「なんとか動かせますが、保って二日です」

「そうか。厳しいな」

「何とかアカリ隊員を説得できないんですか?」

「出来ないからこうして悩んでいるのだろう」

「クソっ!」

 ダジェスは指令室の壁を殴る。

「落ち着け。まだ人類が死んだわけじゃない」

「ですが!」

「我々が諦めたら戦えない人間たちはどうなる!?」

「……」

「我々は人類最後の砦だ。たかが武器の一本や二本なくなったところで諦めて良いわけないだろう!」

 トーマスは今まで上げたこのない声を出した。その瞬間、キーボードの操作音が止み、指令室にいた全員がトーマスの方を向いていた。

「すまない。仕事に戻ってくれ」

「…………」

「君には休暇をやろう。少し頭を冷やすと良い」

「…………こんな状況で休めと?」

「だからだ。君の能力は評価している。それがいざ活かせないなら君の存在価値などはなからない」

「…………分かりました。失礼します」

 ダジェスは暗い面持ちで指令室を出る。

「良かったんですか?」

 オペレーターの一人が言った。

「ああ。あれぐらい言わないと頑固者は動かないからな」

「そういうもんなんですか?」

「そういうものだ」

「俺には分からないなぁ」

 そう言うと、再び作業に戻っていく。

       ◆

       ◆

「ほんと不思議ですよ。あんだけやられたのに再起動するなんて」

「ああ。今まで見たことない現象だ」

「さっ、始めるぞ。原因を突き止めて人類の糧にするぞ」

「出来れば良いですけどね」

「そういうこと言うんじゃない!」

「痛っ!」

 作業員の一人がグーで殴られる。

 そして、バイアスの再起動現象の原因調査が始まった。

       ◆

       ◆

 レミたちのラボにトーマスが現れる。

「司令、どうしたんですか?」

「君たちの無人機を量産してほしいんだ」

「えぇ!? 無人機を量産?」

「ああ。バイアスとソルジェーが使えない今、君たちの無人機以外天使に有効打を与えることは出来ない」

「いや、そんなこと言ったって、まだ天使との実戦経験なんてないんですよ!?」

「それは分かっている。だが、バイアスたちに与えたデータは必ず役に立つ」

「ですが、まだ武器の準備だって出来てないんですよ。なのに戦えって……」

「武器はこちらでなんとかする。この通りだ。頼む」

 トーマスは帽子を外すと、レミとカップスに頭を下げる。

「そ、そんな辞めてください司令!」

「そうですよ! 司令が頭を下げる必要なんて……!」

 レミとカップスはトーマスの行動に慌てる。

「分かりました。出来る限りなんとかしますが、出来て三機です。しかし、天使の襲撃によっては数は少なくなる可能性があります」

「それは承知の上だ。頼むぞ。二人とも」

『はい!』

 二人は力強く返事をした。

       ◆

       ◆

 まだ、アカリは動くことが出来なかった。自分の目の前でタツミが殺されそうになった光景が両親が天使に殺された記憶とと同期されフラッシュバックが起きていた。

「うぁあ……」

 アカリは頭を抱えてベッドに倒れる。世界を見ないように目を閉じるが、暗い世界に、両親の笑顔が現れ、余計にアカリの心を苦しめていく。

 なんとかして、薬に手を伸ばそうとするが、ギリギリ棚まで手が届かない。

「ぐっぅ……がぁっ!」

 苦しみの声が低く響く。そして、アカリはベッドから落ちてしまう。

『私はもうダメなのかな』

 自然と心の中でそう意識するようになる。

『私は何が出来るんだろう』

 自分がしてきたことを思い出せなくなってくる。

『私は何で生きてるの?』

 そんなとき、基地全体に衝撃が走る。

『何……? 天使が来たの?』

「総員第一種戦闘配置。繰り返す、第一種戦闘配置」

『どうしよう。動きたくない』

 アカリは冷たい床に倒れたまま動こうとしない。

「何してるのアカリ! 早く逃げよう!」

 レミが扉を開けて言う。

「私どうしたらいいの?」

「良いから逃げるよ! カップス、手伝って!」

「はい」

 アカリは二人に抱えられ、部屋を出てシェルターへと向かう。

「カップス、あとはお願い!」

「ちょ、先輩どこ行くんですか!」

 レミはシェルターの前に到着した途端どこかへ走ってしまう。

「ったく。さっ、ここなら安全です」

 二人はシェルターの中へと通される。しかし、避難していた住民からは冷たい視線が送られていた。それもそうだ、真っ先に戦わなくてはならないアカリが普通はいないシェルターにいるのだから。守るはずの存在が守られようとしているのだから。

「…………」

       ◆

       ◆

「敵の状況は」

「依然進行中。第二ミサイルシステム突破されます」

「第三地上部隊を急がせろ」

       ◆

       ◆

 そのころ、先行していた第一航空隊は驚きの光景を目の当たりにしていた。

「おいおい! どうなってんだよ!」

「俺らの武器が通用しない!?」

「とにかく本部に連絡しろ!」

「隊長! 撤退しましょう!」

「ダメだ! ここで退いたら街が……」

「ですが!」

 その間にも天使たちは攻撃を仕掛けてくる。隊員たちはなんとか抵抗するが、一機、また一機と落とされていく。

「司令、第一航空隊より通信、天使に通常兵器が通用しないと!」

「なんだと!?」

 通常兵器が通用しない。この情報が指令室にいた全員を凍り付かせる。

「アカリは今どこにいる」

「第三シェルターに避難中です」

「バイアスは」

「現在、凍結中です。動かすにしても今からでは一時間はかかります」

『無人機出せます!』

 レミが通信で呼びかける。

「本当か!?」

『はい、三機だけですが、なんとか』

「無人機の出撃準備を急がせろ」

「了解!」

       ◆

       ◆

『大丈夫。今度は私がここを守るんだ。絶対に』

 レミは心の中でそう思う。

「あんたたち、お願い」

 レミは、すでに格納庫にいた無人機二機と、製造されたばかりの一騎を撫でていく。

 そして、無人機たちはカタパルトに乗せられ発進していった。

「無人機全機着地確認。武装展開します」

「航空部隊と地上部隊に撤退命令。無人機に誘導させろ」

       ◆

       ◆

 無人機たちは、誘導された天使を攻撃していく。しかし、無人機の攻撃にも効果は見られなかった。

「ダメです! 無人機の攻撃も効果ありません!」

 それでも、無人機たちは人々を守ろうと奮闘する。しかし、天使の攻撃は素早い無人機の動きを捕らえていく。

 三機全てが破壊されるのに十五分と掛からなかった。

「無人機、全機大破……」

 その言葉が伝えられた瞬間、指令室には絶望の空気が流れていた。

 その時、格納庫では異常な事態が起きていた。凍結されドックに固定されていたバイアスのバイザーが赤く光る。

「司令! 整備班から連絡、バイアスが勝手に起動しました!」

「誰が乗ってる!?」

「分かりません」

「バイアスより出撃要請!」

「…………許可する」

「しかし……」

「いないよりかはマシだ。出撃だ」

「りょ、了解……」

 その瞬間、カタパルトに乗ったバイアスは今までと変わらず勢いよく外へ飛び出していく。作業員たちには驚きの声を上げていた。

「バイアス着地確認。《大型剣》展開します」

 バイアスは《大型剣》を装備すると、そのまま走り出す。だが、すぐに動きを止め《大型剣》を構えた。

「天使、バイアスに向けて進路変更」

「バイアス、住宅区にとどまります!」

「何をやっているんだ」

 天使はバイアスにそのまま突っ込む。だが、《大型剣》がバイアスに当たることを許さない。

       ◆

       ◆

「…………」

「大丈夫ですよ。アカリさん」

「…………」

 カップスが話しかけてはいるが、アカリは一切応じようとしない。

『アカリ、聞こえているか。アカリ』

 と、アカリの脳内に何かの声が響く。

「誰!?」

 アカリの声に周りの視線が一気に集まる。

「どうしたんですか? アカリさん?」

『とにかく私の言う通りにしろ。そうすれば力を与えてやる』

「力?」

『そうだ』

 そのまま謎の声は続ける。

『外に出ろ。まずはそれからだ』

「外……」

 アカリは立ち上がり、声が指定した外へと向かっていく。

「ちょ、アカリさん!?」

 カップスも追いかけるが、すぐに見失ってしまう。

『そうだ。こっちに来い』

「…………」

 アカリが外に出ると、そこにはバイアスと、天使がいた。

「バイアス!? なんで勝手に」

『来たな。私に乗れ。アカリ』

「えっ?」

『早くしろ』

 バイアスは天使から離れると、アカリを手に包む。

「ちょっと、何するの!?」

『お前は何故私に乗った』

「それは……」

『私は全て見てきた。君が両親を殺されて私に乗ったこと、君が友人の涙を見て悲しみを天使に伝えようとするために乗ったことも』

「…………」

『確かに今の君には私に乗ろうという気持ちはないだろう。しかし、ここで止まっていれば君が今ここにいる意味はどうなる』

 バイアスは続ける。

『私は君の助けになれる。だからもう一度戦うんだ』

「分かった」

 アカリがそう言うと、バイアスのコックピットが開く。バイアスはアカリをコックピット前に持って行く。

「ありがとう」

 アカリはヘッドギアを装着する。その直後、コックピットが閉じられ、外の景色が映し出される。

「行こう。バイアス」

『ああ』

 すると、アカリの頭の中に天使が後ろからバイアスに突っ込んでくる映像が流しだされる。

「……何これ」

『これが私の力だ。少しだけだが、未来を見せられる』

「未来……?」

 すると、天使の接近を知らせる警報がコックピットに鳴り響く。

「はぁっ!」

 アカリは迷うことなく後ろから現れた天使を《大型剣》で切り裂く。

 最後の一匹もバイアスが見せた未来によって倒される。

「状況終了。帰投します」

 バイアスが格納庫に収容され、コックピットが開く。アカリの目の前には、トーマスがいた。

「司令……」

「よく、戻ってくれた。感謝する」

「いや、別に……」

「バイアスが勝手に動いた件に関してはこちらでまた調査させてもらう。良いね」

「はい」

「ご協力感謝する」

 アカリが格納庫を出ると、レミがいた。

「レミ……」

「良かった。アカリが元気になって……!」

 と、レミはアカリに抱き着いてくる。

 そして、レミは涙を流した。レミの弱い声はアカリの耳元に入っていた。アカリはゆっくりとレミを抱きしめると、頭をさすった。

       ◆

       ◆

 数時間後、バイアスの起動についての調査は終了した。アカリは、またバイアスの声に導かれ、格納庫にいた。

『来たな』

「何の用?」

『アカリには言っておかないといけないことがある』

「えっ?」

『我々についてのことだ』

 そう言うと、バイアスは語り始めた。

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