第3話 隔たりを分かつまで

 バイアスのコアに対する通信実験の二回目が今格納庫で行われていた。

「さて、今日こそ反応してもらうわよ」

 アカリは拳を左手で受け止めて音を鳴らす。

 胸の装甲が外されコアがむき出しになったバイアスはただ静かにアカリの前に佇んでいた。

 アカリの実験は黙々と行われた。この実験を不思議そうな目で見る作業員もいたが、アカリはそんなことを気にしている目はなかった。

 そして、三時間後、アカリの実験はまた失敗に終わった。

「ダメだぁあああああ!」

 足場の上でアカリは寝そべる。アカリの目の前が急に暗くなる。

「お疲れ様」

「……レミ」

 出来た影をアカリが退けると、そこにはレミが缶ジュースを持って立っていた。

「何してるの?」

「えっと……実験?」

 アカリはレミから缶を受け取り、蓋を開ける。

「なんで本人がハテナマークつけてるの?」

「いや、なんとなく」

「なんとなくかぁ」

 レミが缶を口に運ぶ。それに釣られてアカリも中の液体を口に入れる。人工甘味料の持つ独特の後味が口に残る。

「やっぱ今のジュース美味しくない」

「しょうがないでしょ。砂糖なんてほとんど残ってないんだから」

「うーん」

「私だってほんとケーキとか砂糖がいっぱい使われたお菓子食べたいわよ」

「そうだよねぇ。天使(あいつ)らの所為で食料のほとんどが人工物になっちゃったからね」

「もう携帯食料とか飽きちゃった」

「私も」

『ねぇ』

 と、二人はハモリ、笑い出す」

「大丈夫。私が天使全部やっつけるから。そしたらちゃんとしたモノ食べに行こう」

「うん。ありがと」

「それまで私が死ななかったらだけどね」

「変なこと言わないの!」

 と、レミがアカリの頭をひっぱたく。

「ごめんて」

「こんな世の中なんだから冗談でも死ぬとか言わないで」

「はい……」

 レミの真剣な顔にアカリは思わずシュンとしてしまう。

「わぁっ、ごめん。大丈夫?」

「えっ?! 大丈夫だよ? 確かになぁって思ってただけだから」

「そう、なら良いけど……」

「レミまで落ち込まないでよ~」

「だって~」

「だから謝ったじゃん」

 と、アカリが落ち込むとレミが落ち込み、それをアカリがなだめるという一連の光景がバイアスの前で繰り広げられていた。

「どうします?」

「放っておけ。俺たちにゃ分からん世界だ」

「そうですね」

 二人の作業員が彼女たちの会話を目撃していた。

 アカリたちの会話はこのあと一時間ほど続いた。

       ◆

       ◆

 翌日、アカリが実験の記録をまとめていると、タツミが部屋の扉を開ける。アカリは急いで記録ファイルを閉じる。

「何? 女の子部屋に入る時はノックしてよね」

「それは悪かったよ。ついいつもの癖で」

「で、なんの用?」

「お前、最近バイアス使って何してる?」

「別に何もしてないよ?」

「嘘つけ。ここ最近お前が何かしてるのは分かってるんだ」

「なんであんたに言わなきゃいけないの? もしかして誰かの命令?」

「ただの俺の興味本位で聞いてる」

「じゃあ言わない。私は命令以外に従いたくないの」

「…………」

「用は済んだ? ならご退室を。私は忙しいの」

 アカリがそう言うと、タツミは部屋を出ていく。

「ったく。どこで見てたのよ。あいつ」

 再びファイルを開き、記録をまとめていく。試した信号の記録とバイアスの様子などを詳細に記録していく。

 しかし、天使が意思を持っているという確証を得ることは未だに出来なかった。アカリは改めてその事実を知り、うなだれる。

「どうすれば良いんだろう」

 数分、頭の中で思考を巡らせる。しかし、良いアイディアが浮かび上がらない。

「ダメだぁ~~~」

 思わず頭をかきむしる。ボーっとしてみるが何も出てこない。

「うーん、あとちょっとなんだろけどなぁ」

 ゴールの見えない実験に負けそうになる心を自信のない根拠でなんとか保つ。

 そんな時、天使の出現を知らせる警報が鳴る。アカリは急いで格納庫へ向かい、バイアスを出撃させる。

「はぁっ!」

 最後の天使を倒し、この日の任務は終了した。

「あぁあ、疲れた」

 ヘッドギアを外し、コックピットを出る。タツミはアカリがコックピットを出るよりも早く出ていたようで、格納庫にタツミの姿はもうなかった。

「ふぅ、さっぱりした」

 久しぶりのシャワーを浴びたアカリの髪は、水濡れによって下がっていた。

「アカリ、髪は早く乾かしなよ? 風邪ひくからね」

 偶然廊下をすれ違ったレミがアカリに声を掛ける。

「分かってるって」

 と、アカリは軽く返す。

「…………」

 自室に入ったアカリはそのままベッドに腰を下ろして首にかけたタオルで濡れた髪を拭いていく。まだ髪に水分が残っている内にアカリはタオルをベッドに投げ捨ててファイルを開いて記録していく。

「……ダメだ! 眠い。寝る!」

 アカリはタオルを枕側に避けて毛布を腹にまでかけて目を閉じる。

       ◆

       ◆

 翌朝、目覚ましも特にかけていないのと基地の兵士宿舎には窓がない為に朝日が入ってこないのもありアカリが目を覚ますことはなかった。

 その三時間後、アカリはゆっくりと目を開ける。

「ふぁああ良く寝た……ってもう十一時じゃん。結構寝てたな……あれ? 今日なんか予定あった気がする」

 と、頭の中で立てていた予定を思い出していく。

「ん? あっ、別にないや。寝ようっと」

 特に予定がなかったことを思い出し、再び眠りに入る。

       ◆

       ◆

 時は少し遡る。朝日が昇り始めた頃、目覚ましがタツミの耳元で鳴り響く。タツミは勢いよく目覚ましのアラームを止めると、すぐに起き上がり、部屋を出る。

「はっはっはっ」

 まだ気温も上がりきらない少し肌寒い朝。タツミは住宅区をランニングしていた。広さが約三キロほどある住宅区を三往復した後は、移動時間を含めないで五分のインターバルと三分のウォームアップをしたのち、トレーニングルームで筋トレを始めていく。シェルダープレスと言った機械を使ったモノから、プランクなどの一人で出来るモノを交互に行っていく。

 一通りのメニューをこなし、タツミはベンチに腰掛ける。

「ふぅ」

 事前に持ち込んでいたスポーツドリンクがほぼ再現されたドリンクを飲み干す。

「おっ、タツミさん今日もトレーニングですか?」

 整備員の兵士がタツミに声を掛ける。

「ま、まぁ。久しぶりに平和な日なので」

「別に下の階級の人間に敬語使わなくたって良いんですよ? 所詮、俺たちは整備員なんで」

「いえ、年上には階級関係なく敬語を使えと姉から言われてますから……」

「へぇ、タツミさんってお姉さんいたんですね。元気にしてます?」

「…………」

 タツミの顔が暗くなり、兵士もまずいと心の中で思う。

「じゃ、じゃあ俺はここで。失礼します」

 と、兵士はそそくさとトレーニングルームを出ていく。

「…………」

 タツミはしばらくベンチで固まっていた。そして頭の中で姉が死んだときのことを思い出す。

       ◆

       ◆

 姉さんは俺と十年以上も年が離れていた。早くに亡くなった両親に代わって俺のことを世話してくれた。俺はこの日常がとても楽しかった。でも、あの日、全てが天使(あいつら)に壊された。

「タツミ! あんただけでも……きゃあああ!」

 姉にシェルダーへと突き飛ばされた。そして、姉は金色に輝く天使に砂にされた。

「お姉ちゃぁあああああああん!」

 小さい頃の俺は弱かった。ただ隠れることしか出来なかった。その後、しばらくして俺は知らない人に助けられた。

 時が経ち、俺は成長した。その間に姉が亡くなったことを改めて実感した。姉の敵が討ちたい。姉を殺した天使がただただ憎かった。俺は、人類軍が開発したロボットのパイロットとして選ばれた。

「今日から、君たち二人が人類の希望だ。よろしく頼む」

 司令が敬礼をする。

「はっ!」

 俺の右隣にいた女の子と同時に俺は敬礼を返す。

「私はアカリ・J・ギュナス。よろしく」

「俺はタツミ・A・ウォーカー」

 アカリが差し出した右手に俺の右手を重ねて握手する。この時、俺は姉に近い温もりをアカリから感じた。

 それから俺は、無意識下でアカリを姉と思うようになった。時が経つにつれ自覚出来ていたのだが、だんだんとそれに依存するようになった。

 キツイ訓練を一緒に乗り越えたのか、はたまた性格が似ていたのか未だに定かではないが、俺はアカリを『恋愛対象』として二割『家族』として八割認識するようになった。

       ◆

       ◆

「……バカが。このことは考えないって決めたのに……」

 タツミはベンチを殴ると、今度はアカリに対する考えを捨てる為に、筋トレを始めた。

「うーん。むにゃむにゃ」

 アカリはタツミのことなど知ることなく眠り続けていた。

       ◆

       ◆

 不思議な光景が目の前に広がっていた。それは、死んだはずの両親が今私の目の前にいるということだ。砂にされる前の自宅のリビングに両親がいた。

 体はそのままだけど、着ている服が違う。両親も少しばかり老けているように見える。

「さっご飯出来たわよ」

「おっ、今日も母さんのご飯は美味しそうだな。アカリも早く食べよう」

「う、うん」

 長方形のテーブルの側にある椅子に座る。向かいには父が座っている。

「どうした? 気分でも悪いのか?」

「い、いや別に……」

「顔色悪いぞ?」

「う、ううん! 大丈夫!」

 そう言って、私は椅子から立ち上がろうしたが、突如眩暈が襲い、倒れる。

「アカリ!」

「どうしたの!?」

 両親が駆け寄って来るが、私は何も答えられない。

       ◆

       ◆

「はっ!」

 夢から覚め、アカリは勢いよく体を起こす。

「……ここ最近出てこなかったのに……はぁはぁ」

 額を拭うと大量の汗が噴き出していた。アカリはベッドから出ると、部屋に置いてある小さな冷蔵庫から水を取り出し飲む。

「ふぅ…………」

 そして、アルジェから処方された薬を飲む。すると、早まっていた心臓が鼓動を緩めていく。

「はぁ…………最悪」

 アカリはそのままベッドに倒れる。そして、導かれるかのように眠りについた。

 この日、天使が襲ってくることはなく平和に一日は終わった。

      ◆

      ◆

 翌日、下級天使の群れが基地を襲った。

「バイアス、出撃ます!」

 アカリの声でカタパルトが動き出し、バイアスが砂漠へと飛び出していく。

「ソルジェー出撃ます!」

 同じくソルジェーも砂漠に飛び出していく。フォーメーションはいつもと同じ、バイアスが前へ出てソルジェーが援護する形だ。

「AR展開完了。敵、第二次防衛線突破します!」

「さぁて、行くわよ!」

 バイアスが走りだし、ソルジェーもそれに続く。アカリたちの頭上には航空隊が飛行している。

 戦闘は二時間程で終了した。

「状況終了。バイアス、ソルジェー航空隊帰投します」

「被害状況は」

「航空隊、十機中七機が消滅。第三ミサイルシステムが半壊。以上です」

 オペレーターがキーボードを操作して状況を確認していく。

「ミサイルシステムの修復を最優先、バイアスとソルジェーは」

「特に装甲の破損などは見られないとの報告です」

「了解。……ダジェス」

 と、トーマスは近くにいたダジェスを耳元に引き寄せる。

「はっ」

「対天使隠密装置は」

「使えなくはないのですが、如何せん使われている材料が貴重でして。使えても三時間が限界とのことです」

「……分かった。出来るだけ活動限界時間を伸ばせるか?」

「やってみます」

 ダジェスが部屋を出ると同時に、レミが指令室に入ってくる。

「すいません。指令。今お時間よろしいですか」

「なんだね」

「アカリたちの負担を軽減する案がありまして、これを見てください」

 そう言ってレミは手に持っていた紙の束をトーマスの机に置く。トーマスは資料とおぼしき紙の束をペラペラとめくり読んでいく。

「……なるほど。君がやりたいことは分かった。一機だけテスト用に作ることを許可しよう。その性能を見て量産するか。判断する。良いね?」

「…………はい! ありがとうございます!」

 レミは敬礼すると、勢いよく指令室を出ていく。

「良いんですか? 資源、足りないって聞いてますよ?」

 オペレーターの一人が椅子を回して言った。

「良いんだ。人類が生き残る道を見つけられるなら」

「そういうもんですか? バイアスとソルジェーだけでなんとかなりそうですけど」

「彼女は負担を軽減すると言った。私はその発言を信じたいだけだ。君も仕事に戻りたまえ」

「……分かってますよ」

 そう言うと、オペレーターは再びキーボードを叩き始める。

「うーん。素材は廃材使えば良いと思うんだけどなぁ……」

 レミは格納庫に向かう途中の廊下で腕を組みながら歩いていた。

「レミさん、どうしたんです?」

 後輩の整備士が声を掛けてきた。

「いや、司令にアカリたちの負担を軽くする案を出して来たんですよ」

「へぇ、そりゃ大変な」

「まぁ、資源もギリギリだし怒られるかなぁとは思ったんだけど」

「えっ、怒られなかったんですか?」

「なんか優しかった」

「へぇ、ビックリです」

「ちょっと手伝ってくれない?」

「何をです?」

「資材集め。さっ、ゴミ捨て場行こう!」

「は、はぁ…………」

 後輩はレミに手を引かれ、ゴミ捨て場へと向かった。

「うげぇ、ここから探すんですかぁ?」

「えっ、楽勝でしょ?」

 バイアスとソルジェーの装甲に使われて破損したモノが八十畳ほどの部屋にぎっしりと山積みにされていた。

「楽勝って……これだけ壊れた装甲で無人機なんて作れるとはとても……」

「探すの! 行くわよ!」

「ひぇぇええええ!」

       ◆

       ◆

「あら、アカリちゃん。どうしたの?」

「いや、また変な夢見たんです」

「そう、座って。お茶淹れるわ」

 アルジェに促され、アカリは丸い椅子に座る。

「どんな夢を見たの?」

「今の私とそれに合わせて老けた両親の夢です」

「これはまた特殊ね」

「…………」

「ここ最近安定してたから大丈夫かなと思ってたんだけど」

「私もそう思ってました」

「噂に聞いたんだけど、アカリちゃん。変なことしてるでしょ」

 アルジェはティーカップをワークデスクに置くと同時に言った。

「えっ……」

「やっぱり。多分その所為ね」

「はぁ……」

「過去にバイアスのコアに触れた人間がいてね。その人も未来が見えたなんて言ったの」

「私以外にもいたんですか?」

「いや、バイアス製造の時よ。ていうことはアカリちゃんは何か変なことしてるってことね?」

「うっ……」

「まぁ、良いわ。特に詮索する気もないし」

「は、はぁ」

「お薬出しとくわ。お疲れ様」

「あ、ありがとうございます」

 アカリは、ワークデスクに置かれたお茶を一気に飲み干し、部屋を出ていく。

「あっ、処方箋……ったく」

 アルジェは行き場のない処方箋をデスクの上に置いた。

       ◆

       ◆

「未来……か」

 アカリは自室で一人、アルジェに言われたことを思い出していた。

「もしかして、バイアスってもしかして上位種? いや、未来を見せるような天使なんて聞いたことがない」

 天使の上位種には四種類しか確認されていない。例外がいるとは言われていたが、実際に確認された事例は記録にない。この例外と呼ばれる天使はアローンタイプの仮称だけが残されていた。

「アローンタイプ……?」

 アカリは軍のサーバーからアローンタイプに関する記録を探し始めた。

       ◆

       ◆

 翌日、天使が基地を襲った。

「第二、第三地上部隊迎撃開始しました」

「バイアス、ソルジェー共に出撃準備完了」

「よし、両機は地上部隊を掩護。上級の出現を警戒しながら敵を倒せ」

『了解!』

 アカリとタツミの二人が同時に言う。

「バイアス、ソルジェー共に着地確認。武器各自展開します」

「アカリたちがポイントを通過次第、地上部隊に後退命令を出せ」

「ポイント通過。地上部隊は後退してください」

「さて、戦車もいないし思いっきりやるわよ!」

 バイアスが目の前の一体を《大型剣》で貫き、爆散させる。そして、ソルジェーの放った弾丸が天使を倒していく。

「とりあえずすぐ終わりそうね」

 迫ってくる天使を軽く倒しながらアカリは呟く。

「…………」

 アカリの目の前には地上部隊が倒したであろう天使がまだ形を残し、コアがむき出しの状態で地面に横たわっていた。

「もしかしたら……」

 すると、バイアスの右腕から通信ケーブルが射出され、天使のコアに接続する。

『おい、何やってる!? 離れろ!』

 タツミからの通信を無視してアカリは交信を試みる。

「アカリは何やってる!? 今すぐやめさせろ!」

「アカリ隊員! やめてください! 危険です!」

 トーマスが叫び、オペレーターも焦りを見せる。

 すると、動かなかった天使が動き始めた。

「やった……!」

 アカリはバイアスとの実験で使った信号をいくつか天使に送っていく。数秒して少しだけだが反応があった。

「このまま……このまま!」

 しかし、天使は突然暴れだしバイアスを吹き飛ばす。

「きゃっ!」

 バイアスは倒れ砂埃が舞う。そして、タツミの脳裏には姉の姿が一瞬浮かび上がった。

「ちっ!」

 ソルジェーはすぐに武器を構え、天使に狙いを定める。そして、引き金を引く。弾丸が発射され、天使に直撃する。天使はそのまま爆発し消滅する。

「あっ……」

 アカリは、落胆の声を漏らした。

       ◆

       ◆

 バイアスとソルジェーは共に格納庫へと収容され、タツミはアカリがバイアスから降りてくると同時に胸ぐらを掴んだ。

「おい! なんであんなことをした! 死にたいのか!?」

 タツミの怒号が格納庫に響く。

「…………」

「黙ってないで答えろ!」

「もうやめてよ!」

 レミが仲裁に入ろうとするが、

「整備士は黙ってろ! これは俺たちの問題だ!」

 レミはタツミの威圧感に押され黙り込んでしまう。

「早く答えろ! おい!」

「……嫌だ」

「てめぇ…………!」

 タツミがアカリを殴ろうと拳を握った所で、

「やめろバカ!」

 と、ほかの整備士たちに止められ、アカリは解放される。

「大丈夫?」

 レミがアカリの肩に手を当てる。

「……うん」

 整備士たちの間ではタツミがまだ暴れていたが、アカリはそれを気にする余裕はなかった。

「部屋に戻ろう? 一緒に行くよ?」

「大丈夫。別に怪我とかしてるわけじゃないから」

 そう言うと、アカリはゆっくりとした足並みで格納庫を出ていった。レミはそれをただ見つめることしか出来なかった。

「……アカリちゃん」

       ◆

       ◆

 翌日、アカリはトーマスに呼び出され、トーマスの自室にいた。

「……で、昨日の行動について説明してもらおうか」

「嫌だと言ったらどうなりますか?」

「最悪、君をバイアスに乗せることが出来なくなる」

「…………私、天使に意思があると思ってるんです」

「天使に意思?」

「はい。だから、天使と直接会話が出来るんじゃないかなって」

「なるほど。でも、それには確証がないのだろう?」

「はい」

「私の許可なしに天使と会話しようとした。傍から見れば君は自殺行為をしたとみられるだろう」

「……それは承知の上です」

「君はこれ以前にもバイアスのコアを使って何かしていたみたいだが」

「それも天使と会話するためのことです」

「分かった。君の処分は後程通達する。それまでは緊急事態に備えて自室にいてもらう。良いな」

「……はい」

 そう言うと、アカリは敬礼をしてトーマスの部屋を出た。

「天使と会話か。面倒なことが起きないと良いがな」

       ◆

       ◆

「はぁ…………横になろ」

 アカリはトボトボと歩き出し自室を目指していく。その途中ですれ違う人々からは冷たい目線を当てられていたが、アカリはもう気になどしていなかった。

 三分ほどして自室の前に立つ。しかし、扉の前にタツミが立ちはだかっていた。

「何? どいてよ。私眠いの」

 タツミを無理矢理どかして扉を開けようとするが、タツミに腕を掴まれる。

「何? 離してよ」

「なんで俺にだけ理由を話さない」

「別に理由なんてない」

「……そうか。またそうやってはぐらかすんだな」

「話す時が来たら話すわ。だから、ちゃんと援護してちょうだい」

「それはそれだ。仕事だからな」

「そう。なら良かった。じゃ手を離してくれる? 痛いんだけど」

「…………」

 タツミは黙ってアカリの腕を解放する。

「私寝るから。お休み」

 アカリが自室に入ると、すぐさま『ガチャ』と鍵を閉める音がする。

「……なんだよ。レミ」

「いやぁ、タツミ君がまた乱暴しないか心配で……」

 レミが廊下の曲がり角からひょっこりと顔を出している。

「あのなぁ、あん時はキレてただけだよ」

「今もキレてるような気がするんだけど?」

「気のせいだよ。じゃっ、俺司令に呼ばれてるから」

 そう言うと、タツミは扉の前から離れていく。

「うーん。怖い……って私もやらなきゃいけないことがあったんだ」

 レミもすぐにゴミ捨て場へと走り出す。

       ◆

       ◆

「…………」

 アカリは椅子にもたれていた。ただそこから動かずじっとしていた。もはや石像と勘違いするかの如く動かないでいた。

「はぁ…………」

 ため息しか出ない。何も言葉が出ない。まぁ、一人だから当然なのだが。自分の実験が失敗したこともあるが、バイアスに乗れない可能性があるということが一番のショックであった。

「どうしよう……」

 天使からの応答はあった。しかし、襲ってきた。失敗ではなかった。成果はあった。それでもこれ以上実験が出来なく可能性の方がアカリの心の傷を抉っていた。

「…………寝よ」

 アカリはベッドに倒れ目を閉じた。

       ◆

       ◆


「アカリ君の処分に関してだが、こちらとしては特に何もする気はない」

「…………」

「だが、もし万が一の時は君にも近接を担当してもらうことになるかもしれない」

「それは勿論。ですが……」

「ソルジェーがそういう機体でないことはこちらも把握している。だが、レミ君が現在開発中の無人機が上手く行けば君の負担もかなり減ることになる」

「それはそうですが、あいつが担当していた負担も来るんですよ? それを無人機だけで対処出来るとはとても思えないです」

 タツミが申し訳なさそうな顔で言った。

「こちらもそれは理解している。だから、アカリ君には実質的な謹慎処分を与えてある。そうすれば迂闊に動けやしないだろう」

「だと良いですけどね」

「私も穏便に済むよう祈ってるよ。アカリ君がやったことは善の為とは言え裏切り行為そのものだからね」

「善? あの行動がですか?」

「聞いてなかったのか。アカリ君は天使には意思があると思っているらしい」

「天使に意思? そんなのある訳ないでしょう。奴らは人をただ無差別に殺してる奴らですよ?」

「……君には話しておかないといけないのかもな」

「…………?」

 そして、トーマスはゆっくりと語り始めた。天使について。

       ◆

       ◆

 翌日、再びアカリはトーマスに呼び出されていた。

「君の処分についてだが……」

「…………」

「こちらとしては何もしないことにした」

「えっ?」

 アカリは予想外な答えに驚く。

「君が抜けると天使討伐に大きな損害が出るからな。当然だろう」

 トーマスは数秒間を置いて続けた。

「君が行っているとされる例の実験についても特に何もない。好きにしたまえ」

「ほ、ほんとに良いんですか?」

「ああ。君の今後の活躍に期待している」

「りょ、了解」

 そう言うと、アカリはトーマスの部屋を出る。

「…………?」

 困惑の顔を扉の前でしていると、レミがひょっこりと顔を出してくる。

「…………何? 怖いんだけど……」

「いやぁ、不思議そうな顔してるから」

「うーん。してた?」

「してた、してた」

 レミがずっと曲がり角から顔を出しているので、アカリは言った。

「あの、いい加減、体出したら? 辛くない? その体勢」

 すると、レミが顔から下を出してピンと伸びる。

「てなわけで! ご飯を食べに行きましょう!」

「……はぁ」

「えっ? 嫌だった?」

「い、いや?」

「なんかすっごい嫌そうな顔してるけど?」

「へっ? そう?」

「うん」

 レミが自信満々の顔で言ってくる。そこで、アカリの腹の虫が鳴る。

「お腹空いてるじゃん。ほら行こっ!」

「ちょっとレミぃ!」

 レミに引かれアカリは無理矢理食堂へと連れていかれる。

「まったく。騒がしいと思ったら……まぁ、若いからな」

 そう言うと、トーマスは覗いていた扉の隙間を閉める。

       ◆

       ◆

 アカリとレミの前には、ラーメンが置かれていた。

「やっぱラーメンだよねぇ。ほとんど代用品だけど……」

「まぁ、しょうがないよ。小麦なんてほとんど残ってないし」

「いっただきまーす」

「いただきます」

 レミの声にかき消されるほどの小さい声でアカリも手を合わせ麺を啜っていく。

「う~ん、美味しいぃいい!」

「…………」

「ねぇアカリ、ご飯食べてるんだからそんな悲しい顔しないの!」

「だって……」

「だってもへったくれもないよ。ちゃんと食べないと戦えないよ?」

「それは分かってるよ」

「私だって、今アカリたちのために頑張ってるんだからね?」

「えっ?」

「アカリたちばっかりに戦いを任せていられないからね」

「別にレミが首を突っ込む必要は…………」

「あると思ったからやってるの」

 レミは続ける。

「アカリばっかりに任せたくないの。お願い。やらせて。必ず役に立つから」

「あぁああああ! いた!」

「げっ、カップス」

「げっ…………じゃないですよ! いい加減こっちの手伝いしてくださいよ!」

「…………」

「あの…………レミ?」

「嫌だぁあああああ!」

「ほら、行きますよ! まだやらなきゃいけないことは山ほどあるんですから!」

「ぎゃぁああああアカリぃいいいいいいいいいいい!」

 レミはカップスに腕を引っ張られ食堂から消えていった。アカリは目の前に残されたラーメンを見つめて処理に困り果てていた。

「えっ、どうしよう…………」

 数分悩んだアカリは苦しくなりながらもレミの分のラーメンを食べた。まぁ、伸びて美味しくなくなっていたのは言うまでもないが。

「うっぷ。苦しい」

 少し膨らんだお腹を手でさすりながら、アカリは廊下を歩いていた。

       ◆

       ◆

「溶接楽しいなぁ~」

「声に感情籠ってないですよ。先輩」

「誰の所為かな?」

「笑顔が怖いですよ。可愛くいきましょ」

「…………」

 レミは凍った笑顔で溶接機をカップスに向ける。

「あの、先輩、それこっちに向けないでもらっていいですか?」

「ん~?」

 不気味な笑い声と悲痛な叫び声がゴミ捨て場から響いてくるのでお化け騒動にまで発展してしまう、平和な人類軍基地であった。

「えっ、大丈夫?」

 翌日、アカリの前に現れたのは昨日とは百八十度違うレミだった。綺麗な茶髪が所々逆立っていて、目の下にはクマが両目の下に綺麗に配置されていた。

「大丈夫に見える?」

「いいえ」

「ちょっと部屋貸して」

「良いけど……」

「ありが……とう……ぐーぐー」

 レミはフラフラとベッドに倒れていった。

「お疲れ様」

 アカリはブランケットをレミの腹部にかけワークチェアーに腰掛ける。

 そんな時、天使の接近を知らせる警報が鳴り響く。

『総員、第一種戦闘配置。繰り返す、総員第一種戦闘配置』

「行かなきゃ」

 アカリはハンガーにかけられた上着を取り、廊下に出て格納庫に向かった。

「バイアス、出撃準備完了(オールグリーン)。いつでも行けます」

『了解。武装はARです』

「アカリ・J・ギュナス、バイアス行きます!」

 カタパルトに乗ったバイアスが勢いよく外へと放り出される。コックピットを少なからずのGが襲う。

「ぐぅ……着地完了。武装確認」

 バイアスにARが装備されたことを確認すると、アカリはバイアスを走るようにハンドルを操作する。後ろでは、遅れて発進ソルジェーが着地していた。

「タツミ、援護よろしくね!」

『分かってる。俺の射線に入るなよ?』

「善処しまーす」

 アカリは目の前に迫る天使たちに照準を定めることなく適当に弾丸を打ち込んでいく。すると、天使がまるで吸い込まれるかのように弾丸が当たり爆発していく。そして、ソルジェーの狙撃でも天使が爆散していく。

 最後の一匹も二人の攻撃に抵抗むなしく消えていく。

「状況終了。帰投します」

『了解。八十九番ゲートからの回収となります』

「了解」

 バイアスは基地へと向かって歩き出す。ソルジェーの姿は回収され、すでになかった。

 バイアスは格納庫へと向かうカタパルトへ足を乗せる。すると、カタパルトがバイアスを感知し自動的に動き出す。

 三分ほどして、バイアスは格納庫へと入り、コックピットの扉が開かれる。

「お疲れ様でした。さっ、あとは我々にお任せください」

 作業員の一人が胸を張って言った。

「あっ、お前アカリさんに色目使いやがって!」

「なっ、使ってねぇよ! バカ!」

「いつもありがとうございます!」

 アカリはヘッドギアを作業員に向かって投げ捨てる。

『あわわわわ!』

 男二人はヘッドギアが落ちないように慌てて両手を伸ばす。アカリはその隙にコックピットを出ていく。

「全く。あんたたちに興味なんてないっての。どうせ胸しか見てないんでしょ?」

 アカリはギリギリ聞こえない声で愚痴る。そして、レミが眠っているはずの自室へと足を向ける。

「レミ? あれ?」

 扉を開けるとベッドにレミの姿はなく、机には一枚の紙切れだけが残されていた。

『急にごめんね! ベッド貸してくれてありがとう!』

 と、書きなぐった文字で書かれていた。

「はは……レミらしいや」

 アカリはレミの手紙を机の引き出しの中へとしまった。その後はベッドに体を預け動こうとしなかった。

「そろそろお墓参り行かないとな」

 ここ最近忙しかったというか色々あった所為でまともに墓に行くことすら出来なかった。レミの両親が亡くなってからは墓に近づくことすら出来ず時が経った。

「ふぁぁあ」

 アカリの意識は夢の中へと消えていった、

       ◆

       ◆

「カップス、これ」

「はい」

 二人の目の前には戦車ほどの大きさの無人機が鎮座していた。

「よしっ、これで後は電源を入れてっと」

 レミは持ちこんでいた発電機と無人機を繋げ発電機のスイッチをオンにする。ブブブブッと発電機が電気の精製を始める。そして、一分もしない内に、無人機のバイザーが緑色に光る。

「成功だぁ!」

「やったぁ!」

 二人は喜びのあまりハイタッチをする。

「プロト。ピース!」

 レミが右手をピースにして差し出すと、プロトと呼ばれた無人機も右手をピースの形にする。

「よしっ!」

 今度はカップスのガッツポーズにプロトが反応する、

「いぃいいいやっほおおおお!」

「いぇえええええい!」

 ゴミ捨て場に二人の歓声が響く。

 その後、無人機の開発成功はトーマスの耳にも入り、数日後にバイアス、ソルジェーを使ったテストが行われることとなった。

「両機スタンバイ完了。プロト発信準備完了」

「二人とも、プロトには二人の動きがインプットされている。先にペイント弾を当てた方の勝ちだ。良いな」

『バイアス、了解』

『ソルジェー、了解』

「よし、始めてくれ」

「はい、プロト発進します」

「プロト着地確認。武装パーツ展開します」

「プロト戦闘準備完了。司令。許可を」

「戦闘はじめ!」

 トーマスの声で、プロト、バイアスが動き始めた。ソルジェーはプロトの胴体部分を狙う。

「さすがレミ。試験段階でめっちゃ強そう」

『油断するなよ?』

「分かってる!」

 バイアスは近くの瓦礫に身を隠し、プロトを待ち受ける。レーダーの反応から予測される会敵時間は百二十秒。そして、予想通り、プロトがアカリの潜む

ポイントに到達する。

『今だ!』

 と、心の中で思い、瓦礫から身を出す。

「えっ!?」

 プロトはバイアスを踏み台にし、飛び上がる。

「まさか私のマネをするなんて……やるじゃない!」

 アカリは着地したプロトを狙い撃つがプロトは俊敏な動きで弾を避けていく。

「当たらない!? もしかして、タツミを狙ってるの!?」

『ヤベッ、速すぎて弾が当たんねぇ』

「今すぐポイント変更! 離脱して!」

『問題ない!』

「タツミ!」

 バイアスはずっと走り続けていたのだが、一向に追い付ける気配がない。

「ムカつくわね……私たちの行動が読める奴なんて……!」

 バイアスは障害物を踏み台にして跳躍して一気に距離を詰めようとする。

「これで終わりよ!」

 プロトの直上でARを乱射する。しかし、途中で弾が切れてしまう。

「ちっ!」

 急いでマガジンを交換しようとするが、プロトの冷酷なバイザーの光がバイアスとアカリを睨む。そして、迷うことなく引き金を引き、弾を発射する。弾丸は見事着弾し黄色の塗料がバイアスを汚していく。

『バイアス脱落! 整備班、回収用意』

「ごめんやらかした!」

『…………』

 しかし、タツミからの応答はない。

「ちっ、アカリやられたらこっちがなにも出来ないじゃないか!」

 ソルジェーは高台から飛び降りてプロトから逃げていた。

「ていうか速すぎるだろ!? どうなってやがる!?」

 レーダーには徐々に近づいてくるプロトの影が映っていた。

「こうなったら一か八か…………」

 ソルジェーは移動をやめて武器を構える。

 十秒としない間にプロトはソルジェーの目の前に現れる。プロトは弾丸を発射する。ソルジェーは重い機体を捻らせ弾丸を避け、それと同時に引き金を引く。結果、プロトもそれを予期して弾丸をソルジェーに当てる。しかし、ソルジェーも弾丸を当て、互いにペイント弾の塗料に汚れる。

『訓練終了!』

「プロトとソルジェーの回収を」

「いやぁ、まさか二人に勝っちゃうなんて……」

「司令、整備班から報告です」

「なんだ」

「プロトですが、部品の破損が大量に見られ、修復は不可能とのことです…………」

「えっ!? 私の傑作がぁ…………」

 レミはオペレーターの声を聞いて膝から崩れていく。

「まぁ、あれだけ動けば壊れもしますよ。なんせ廃材しか使ってないんですから…………」

「レミ君、あの出力の半分程でもう一度作ってくれるか? 毎回壊れていては埒が明かない」

「は、はい!」

 地面に崩れたレミは急いで立ち上が敬礼する。

「行くよ! カップス!」

「えっ、俺もですか!?」

「当たり前でしょ! ほら!」

「ちょ、ちょっと~!」

 二人は司令室から消えていく。それを見てトーマスが、

「すまない、パイロットをここへ呼んでくれ」

 と、言った。

 数分後、アカリ・タツミの両パイロットが司令室にやってくる。

「プロトを見てどう思った」

「速すぎかなとは…………」

「あれがいたら俺たちの存在価値がなくなりますよ。動力源である天使のコアも要らない。パイロットも要らない。これじゃあ今まで死んで行った者たちの敵は誰が討つんですか」

「…………まぁ、このままの出力で量産されれば君たちの存在価値は皆無になる。だから、あくまでサポートになるようあれの出力の半分ほどに抑えるよう命じた」

「ですが……」

「レミ君は君たちの負担を減らしたいと考えている。その気持ちを汲んでやってくれないか」

「……分かりました」

「大丈夫。君たちの存在価値をなくすようなことは私の名にかけて断じてさせない」

 トーマスは力強く言った。

       ◆

       ◆

「もう休みましょうよぉ」

「あとちょっと」

「そう言ってもう五時間ぐらいずっと弄ってるじゃないですか」

「別に私は大丈夫……」

「大丈夫だとしても、休まなきゃいけないときは休まないとダメなんです!」

 カップスはレミを羽交い絞めにしてゴミ捨て場を出る。

「ちょ、ちょっと! まだ作業が……」

「良いから! あなたも人間。生きてなきゃいけないんです!」

「離してよ!」

「離しません!」

「……えっと、何してるの?」

 と、アカリがカップスの後ろから声を掛ける。

「あっ、アカリさん! どうしてここに?」

「いや、レミのことが気になって……」

「そうだ! アカリさん、レミさんを休ませてあげてください」

「えぇ?」

「お願いします!」

「アカリ、気にしないで!」

「先輩は黙っててください! あなたは休まないといけないんです!」

 と、レミとカップスが言い争いをやめない。

「あぁ、分かったよ。私がレミのこと連れていくから離してあげて?」

 そう言うと、カップスはレミを解放する。解放されたレミは怒りの形相でカップスを見つめる。

「分かったわよ! あんたがそれだけ言うなら休んであげる」

「あはははは……」

 アカリは愛想笑いしか出来なかった。

「アカリ、行くわよ!」

 そう言うと、レミは力強い足取りでアカリの部屋へと向かっていく。

「じゃ、お休み」

「お休みなさい。先輩のことお願いします」

「了解」

 アカリは会釈をすると、レミを追いかける。すると、扉の前でレミは立ち尽くしていた。

「早くドア開けてよ」

「分かってるって」

 アカリがドアを開けると、レミは部屋主よりも先に部屋の中へ入っていく。そして、レミはベッドに潜り込む。

「一緒に寝よ!」

 レミがマットレス叩いてくる。それにアカリは応じるようにベッドへと入っていく。

「アカリとこうやって寝るの初めてだね」

「……確かに」

「えへへ……ぎゅー!」

「ちょっと……何?」

 レミがいきなり抱き着いてくるのでアカリは戸惑う。

「アカリ温かい」

「……ありがと」

「どういたしましてぇ」

 アカリは少し顔を赤くする。だが、しばらくすると、抱きしめていたレミの力がゆるまっていく。アカリの耳にはスースーとレミの寝息が入ってくる。

「おやすみ」

 アカリも目を閉じて意識を睡眠へと移行していく。

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