粗雑

 君は、思ったよりも粗雑がさつだった。付き合い始めた当初は、ただ子供らしい人だと思っていた。ちょっとしたことですごくうれしそうに笑うから、こっちもすごくうれしくなった。素直に謝れないし、物をすぐ無くす。でもそんなところすら愛しいのだ。乱暴に靴のかかとをつぶして履こうと苦戦する君を見ながらそんなことを思っていた。

 やっと靴を履いた君が行くよ、と催促した。あたしもあわてて靴を履く。ドアを開けて外に出るとむあっとした熱気に包まれる。九月の夜はまだまだ暑い。だが火照った身体に吹く風は少し秋を感じさせた。アパートの階段を下りて自動販売機に向かう。どうやらほかの住民は眠っているようだ。スマホを見ると、午前三時十二分。当たり前だ、と思いながら、どんどん先を進んでしまう君を追いかけた。徒歩一分圏内のその赤い自動販売機には、もっぱらお世話になっている。すぐそこにコンビニがあっていいね、と決めた激安アパートに住み始めて一か月ほどたった時、そのコンビニがつぶれた。近くにほかのコンビニもないので、それからここの常連になっていた。

 先についた君が先ほど手に入れた二百円をコイン入口に慣れた手つきで入れる。そして緑のランプが光るより先に左上のボタンを連打する。ごとん、と商品が落ちた音が鳴り、続いてからんちゃりんちゃりんちゃりん、とおつりが落ちた。君は左手で商品を、右手でおつりを取り出そうとしている。粗雑というのか横着というのか、別でやればいいものを同時にやろうとするから余計に時間がかかっている。あ、おつりが落ちた。十円玉が意志を持ったかのようにすぅっと自動販売機の下へ走っていく。あぁっ、と声を上げ、君が地面に寝そべる形で覗き込む。あたしも一緒になってしゃがんで軽く覗く。そこには塵や空き缶、埃が暗闇に潜んでいて、十円玉はどこにも見当たらない。深いため息をついて君が立ち上がった。

「損したわー」

先ほどから一転、君はあからさまに不機嫌になっている。

「横着するからでしょ」

小銭を入れながら後ろにいる君に言う。聞いたのか聞いてないのか、ぷしゅっ、という音を立てて君が飲み始めたのが分かった。小さめな缶の炭酸を取り出し振り向くと、さっきまでの不機嫌は通り雨のように跡形もなく、うめぇ、と言わんばかりのまるで金曜日の夜に生ビールを流し込む中年サラリーマンのような顔をしていた。飲みながら家路につく。隣を歩く中年サラリーマンは、少年のような瞳でラベル裏の原材料名をじっと見ている。君が何かを飲食するときの癖だ。だけど、それを飲むのはいったい何回目なんだ、と思いながら、ラベルを見つめる君をあたしは見つめていた。

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