第拾肆話 予期せぬ客人
ふぅ、とため息を吐いて、九郎丸は眠る辻の背に手を置いた。寝息と共に微かに上下する背中は幼子のもので、九郎丸の手よりも随分温くかった。
辻が膝の上で眠っているせいで動くに動けず、九郎丸は困ったような表情を浮かべたが、それはどこか安堵を含んでいた。
一人にならなくて良かった、と。
その安堵を、九郎丸自身は明確に自覚している訳ではなかった。
生まれ持っての性か、若しくは生い立ち故か、九郎丸はまだ幼い内から知らず知らず、心の平静を何時如何なる時も守る術を身に着けていた。殊更に、九郎丸は負の感情というものを表に出すことのない少年で、顔を赤くして怒ったことなど一度もなかった。怒り、泣き、生意気を言うような面倒な子どもを許してくれる親を持たぬ故であろう。周りから見れば妙に大人びた少年はそのまま青年となり、そして家族同然の一座を追われた時でさえ、強い感情を見せることなく唯々諾々と受け入れた。
九郎丸を慕う者らからは思慮深いと称賛されもしたが、薊丸を始めとする一部の者たちからは善人ぶりで、気味が悪いと称される、その己の持つ性質を、実のところ九郎丸が最も理解していなかった。
己の心が存外に脆く、壊れやすいということに、彼自身が気付いていない。
思えば、辻と出会ってからは偽りのない笑顔を浮かべることが常となった。辻が安堵を得たように、九郎丸もまた、辻の存在に救いを得ていた。
辻の寝顔を眺めるうちこちらも眠気を誘われ、ついうとうととしていた九郎丸はふと、襖の向こうから自身を呼ぶ声に気付いた。
「九郎丸さん、九郎丸さん」
「なんでしょう」
「お客人があります。お通してもよろしいでしょうか」
「客人?」
はて、と九郎丸は首を傾げた。
てんで覚えがない。
このマガリを追われた身に、客人などあるだろうか。
無理にひねり出して見たものの、思いつくのはかつての仲間たちの顔のみ。しかし彼らには九郎丸を訪ねる理由はない。心当たりがまるでないのだ。
「一体誰が?」
「それが、お客人は若い女子でして」
ぴり、と九郎丸は眉を警戒に動かした。
「……わかった。通してくれ」
訝しみながらも、九郎丸はそう答えた。念のため杖を手元に引き寄せておく。
はい、という声の後足音が遠ざかり、暫く待つと二人分の足音が聞こえてきた。
入ってもよろしいかの問いに、九郎丸は是と応じた。
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