第玖話 兄妹



 砂綾は道を急いでいた。彼女は今、長期の遠征も終わり帰路についている。義兄の部隊から借り受けた少数の隠密と自身の任された参番隊を指揮し、遠方の依頼をこなしてきた所だった。



 きっと、あに様に褒めて貰える。



 義兄をまねた長い一本のおさげを風になびかせながら、砂綾は期待に胸を膨らませていた。



 今回の任務で彼女は一座の者たちは勿論のこと、依頼した村の者らの誰一人を犠牲にすることなく《目標》を狩り切ったのだ。

 無理を強いた甲斐があったというもの。大猿の姿をした魔物に攫われた娘たちも全員無事に救出した。


 実のところ、砂綾はそのことをそれ程誇りに思っていなかった。ただ、砂綾が兄と慕うその人は、大層な大物を狩るよりも如何に犠牲を出さず多くを救ったかを褒めてくれる。今回のように生存が絶望的、半ば敵討ちとして依頼された任務で大勢を救い出してこちらの人的損害無しとなれば手放しで喜び、褒めてくれるだろう。


 そう思うだけで、能面と称されるその整った顔立ちが年頃の少女並みに愛らしく緩んだ。



 少しくらいは我がままを言ってもいいだろうか。



 常は年若いとはいえ一座を束ねる頭領が一人。そのような甘ったれたことを言っては皆に示しがつかないと己を厳しく律している砂綾だが、今回ばかりはお許し願いたい。



 甘味処にいって、二人で餡蜜を食べて、それから色んな店を見て回りたい。可愛らしい簪を売っている店を見つけて、私がそのうちの一つに見惚れていると、それが気に入ったのか? ってあに様が訊いてくださって……。でもここで私は慎ましく首を振るんだけど、あに様は何も言わず簪を買って私の髪に手ずからさして、似合うよって。きゃっ。



 そのような、後半はもはや妄想と化していることを考えながら、砂綾は足を速める。見かけの凛とした少女像に似合わず、頭の中は割と常春な砂綾であるが、そんな彼女の緩み切った表情は幸いにも彼女の後ろに続く部下達には見えていない。



「頭領は相変わらずだな……」


「あぁ、任務が終わればすぐさま帰途につかれた。祝いの席も断ったと聞く。浮かれたことはなさらない方だ」


「流石だな」


「ご立派だが、もう少し年頃らしくされれば良いのにな。はぁ、折角豪華なもてなしをすると言われていたのに……肉……」


「お前肉が食いたいだけだろ」


「だってさぁ……」


「黙れ、無駄口を叩いていると置いて行かれるぞ。見ろ、もうあんなに遠くに。足が

自慢の隠密が置いてきぼりを食らったなどいい笑い話だ」



 このように、翁と義兄を除く一座の者たちには砂綾はこの上なく硬派な少女だと思われていた。

 そうとも知らず砂綾は更に足を速める。


 敬愛する義兄に会いたいという思いは今にもこの胸を裂いてはち切れそうだった。



 あに様、砂綾が今戻ります!



 しかし、待ち望んだ義兄との再会は果たされなかった。


 マガリの屋敷にて、砂綾は義兄、九郎丸が一座を追放されたことを初めて耳にしたのだった。



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