第陸話 みたらし団子
九郎丸が選んだのは、何か特徴もある訳でもない、ありふれた一件の茶屋だった。店の前に長椅子を並べ、峠茶屋のような趣がある。
ここまでくれば、何か食わせてもらえるというのも信じがたい話ではないと、子どもの目には次第に期待の色が滲みだした。ここでお預けを食らわせるような鬼畜では九郎丸は勿論ない。店の者に一声かけてから、表の椅子に腰を下ろし、子どもを手招いた。
「お前も座りなさい。立ち食いは行儀が悪いから」
己はどうするべきかと戸惑っていた子どもを呼んでやれば、子は大人しく九郎丸の横にちょこんと座った。店の前に汚らしい子どもが座ることに、雇いの女はあからさまに嫌な顔をしたが、みたらし団子二皿と熱い茶の代金を少しばかり増して渡してやると、何も言わずに店の奥に引っ込んだ。
暫くして出された団子は一串に四つの団子が皿に三本のっていて、焦げ目のついたそれには琥珀色のたれがたっぷりとかかり、日の光に艶めいていた。
皿にのった団子を凝視する子どもの目はきらきらと輝き、ごくりと生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
九郎丸は団子の串を一本取って、団子を一つ齧ってみせた。甘じょっぱいたれに焦げ目が香ばしく、腹が減っていたのもあるのだろうが、適当に選らんで入った店にしてはなかなかどうして美味いものだ。
ふと子どもに目をやれば、食っていいのか⁉ とでもいうように九郎丸を見つめる鬼気迫った両の眼に少し面食らう。
「お前の分だよ。お食べ」
切実な表情で団子と九郎丸の顔を交互に見つめていた子どもに頷いてやれば、流石は掏摸をしていただけはある、と妙に感心する程素早い手さばきで皿から団子を掻っ攫っていった。
ぱくりというよりもばくりというような豪快な食いつきで一気に串から団子を二つも奪い取る。瞬間、子どもは動きを止め、その髪がぶわりと逆立った。
未だ一つ目の団子を咀嚼しながら、九郎丸は目を丸くした。一体何事かと子どもの顔を覗きこんだ時、ごくりと何かを飲み下す音がして、いつのまにか子どもの口のなかから大玉の団子二つは消えていた。と、思った時には既に串に残った二つをぱくついているところだった。それもあっという間もなく胃袋の中へ消え、次いで子どもは凄まじい勢いで皿に残った二本の串を引っ掴む。両手に一本ずつ串を持ち、手や口のまわりがべたべたになるのも厭わず、必死の形相で団子を食らう子どもに九郎丸は漸くことを理解した。
「ふ、ははっ、そうか、そうか、そんなに美味いか。ははははっ!」
堪え切れず九郎丸は笑いだした。腹を抱えて大笑いした。一座では冷静沈着で通っていて、笑うとしても淡く微笑むことが殆どだった九郎丸が、声をだしてここまで盛大に笑う様を野帯などが見れば、大層驚くに違いない。九郎丸は今までで、これほどみたらし団子を美味そうに食べる人間を見たことがなかった。
子どもは九郎丸がそうして笑っている内に、自分の分の団子を全て食いつくしてしまった。なごり惜しそうに口の周りや自分の指などを舐めていて、それを見た九郎丸は自分の皿を子どもに差し出した。
「おれの分も食いなさい、足りないのだろう?」
九郎丸はなんだか楽しくなってきていた。
子どもは一瞬遠慮するそぶりをみせたが、それも一瞬のことで、すぐさま団子に手を伸ばした。
「こら、そう慌てて食うでないよ。喉に詰まらせるぞ」
「うぐっ……!」
「ほうら、言わんこっちゃない。茶を啜りなさいな……いや、団子は盗りやしないから」
結局、子どもは九郎丸が手をつけていたものまで分捕って、合わせて五本と三つの団子を腹の中に収めた。まったくもって盗人猛々しい話である。だが、たった一つしか食えなかった九郎丸はしかし、不快な空腹ではなく、どこか明るく楽しい心地に腹を満たされていた。
流石にそれ程団子を食べれば満腹となり、満腹となれば眠くなるのが子どもというもの。すっかり安心しきったように九郎丸に寄りかかってその袖を握り、うつらうつらと船を漕ぎだした。
半身に温もりと重さをしかと感じながら、九郎丸は冷めた茶を啜った。その茶もすっかり飲み干すと、店の者の冷たい視線に追い立てられるようにして九郎丸は子どもを連れて店を出た。
眠い目を擦る子どもの手を引いて、九郎丸はあてもなくただ歩いた。子どもの歩みに、杖をつく九郎丸の歩みは丁度よかった。
「なぁ、お前さん」
不意に、九郎丸が呟いた。
「もしも、何処にも行くところが無いのなら、おれと一緒に来ないかい?」
子どもは答えなかった。聞こえているのかいないのか、その瞼はとろんと今にもとろけそうだった。
おれとて行く当てがある訳ではないのだが、そう言って九郎丸は構わず言葉を続ける。
「丁度、一人が寂しいところだったんだ」
如何だろうか、嫌か、と問いかければ、やはり子どもは何も答えなかったが、ただ、繋ぐ手を確かに、強く握り返された。九郎丸は、それを了承と受け取った。
「そうか、ありがとうな……」
今にも泣きだしそうな顔で無理やり微笑んで、九郎丸はそう言った。
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