第2話 夜だけ無双する男

日が沈んでいく。そして、俺は生まれ変わる。

腕っぷしが太くなり、骨密度が上がったのを何となく感じる。


下半身も太くなり、酒でやや太り気味だっはずのた腹回りはボディービルダーのような美しい6パックが浮かび上がっている。


「どうだっ!!」


鏡に向けてポーズを決める俺。

悲しい。誰も見てくれない現実から反射的に目を逸らす。


ジャージに着替えると、俺は自分がスーパーマンになったことを少しずつ自覚し始める。本当に分かるんだ、今の俺は無敵だって。


俺にこの力が備わったのは、小学生の時。

夜に突然尿意を催し、俺はトイレに向かった。


異変に気付いたのはその時だった。

ポロンと俺はズボンを降ろすと小学生の身分相応なポークピッツを使って、膀胱に溜まった尿を排出しようとした。そしてその時に気付いたんだ。


俺のポークピッツが、まるでアナコンダの頭の様なブツになっていた。

鍛えてもない体が古代ギリシャ時代の彫刻の様な化物級の肉体に化け、布の繊維の絡み目まで見えるくらいの視力を持っている超人になっていたんだ。


当時はそれが信じられなかった。

でもすぐに思い知らされることになる。俺の体は異常なことに。


鉛筆は触った傍からポッキーのように折れる。ベッドは何故か寝転んだ瞬間に真っ二つに割れる。軽くジャンプしただけで頭が家の屋根を突き抜ける。そしていつの間にかそれ以降、俺が夜に睡眠を取ることは無くなった。


それは身体能力だけじゃない。脳も大幅に能力が向上していた。

教科書に書いてあることは流し読みするだけで暗唱できるくらいの記憶力。瞬間的な判断能力など、全ての能力が超次元レベルに向上していた。


「行くか」


俺は夜の街に足を伸ばす。

最強になった俺に怖い物はない。車に轢かれようが、飛行機が頭上に落ちてこようが、夜の俺を止める者はいない。


「飲酒運転だ! 誰か止めてくれ!」


早速トラブルの声を聞きつける俺。

見ると通りを異常な猛スピードで走る車がいた。


何で俺がここに居るのか。理由は簡単だ。

俺は顔を隠すマスクを被ると、暴走する車の前に立つ。


この街は治安が悪い、だから俺の出番が多い。それだけだ。


「おっさん。人を巻き込む前に捕まれ」


片手で俺は車を止めた。

ボンネットがペチャンコになるが知ったこっちゃない。


「じゃな」


扉をぶっ壊し、運転席で寝ているオヤジを引きずり降ろして俺は去る。

俺は跳躍する。垂直跳び最高5000メートル、しかも手加減してその結果を叩きだした俺にとって、高層ビルの屋上まで飛び上がるのは相応の『手加減』がいるんだ。


「さて、トラブルはどこかな…」


夜でも、俺の目は最高にさえわたっている。

まるで最高画質のタブレットを通して見るように、10キロ先のマンションでカップルが痴話喧嘩をしている様子すらはっきりと俺には見えている。


「チェッ、リア充爆発しろ。アイツらは助けてやるもんか」


助ける相手はまちまちだ。

俺は正義のヒーローを名乗る気は毛頭ない。気が向いたら人を助けるし、心底機嫌が悪ければ天使のように可愛い幼女がチンピラに絡まれていてもスルーする。


つくづく思うよ。何で俺みたいなクズにこんな力を神は与えたのだろう、と。


「やめて! 乱暴しないで!」


「グヘへ⋯⋯俺と楽しいことしようぜ」


すると、塾帰りか何かだろうか。

女子高生が歓楽街のやんちゃそうな男に絡まれているのが見えた。


「おい、やめてやれよ」


「ああ? 何だテメエ、コイツの男か?」


俺はさっそく声を掛ける。

女子高生はかなり可愛い子だった。紺の制服にミニスカート、こんな治安の悪い場所でこんなに可愛い子が歩いてたらそれは襲われるだろうな、と内心思う。


「お前みたいなブスに寝取られるのはこの子も可哀そうだと思ってな。見かけだけならまだしも、中身も俺みたいに腐ってたら救いようがねえだろ?」


「ああン? テメエ、死にたいみてエだな⋯⋯!!」


ナイフを取り出す男。

こういう短絡的なトラブルメーカーが多いから、俺も退屈せずに済むんだよな。


「死ねや!!」


そして男は、俺の脇腹にナイフを突き刺した。

女子高生がキャーッ!と叫ぶ。まあ、俺の事情を知らなければ俺が殺されたと思っただろう。


「ジャージに穴開けんじゃねえよ。ったく⋯⋯」


「あ、は、は? お、俺はマジで刺したんだぞ⋯⋯!?」


ナイフはグニャリと曲がっていた。

それはそうだ。百均で買ったようなナイフでチタン合金を斬れるわけないだろ?


「三秒以内に消えろ。次はお前がこのナイフみたいになるぞ」


「ひ、ヒエエエエッッ!!」


もし消えなければ、顔を潰すつもりだった。

でもそうする必要はなかった。拳を振り上げる前に、男はゴキブリの如く猛スピードで繁華街の彼方に消えていった。


「あ、ありがとうございます!」


「こんな時間にこんなとこ来るんじゃねえ。次は俺も助けないぞ」


ペコっと頭を下げるJKにそう言う俺。

チクショー、マジで可愛いな。そんな本音を押し殺して黙って見送る。


「オイ兄ちゃん。ウチの若いのに恥かかないでくれよ」


すると背後から声が聞こえて来た。


「ウチのシマで、あんまり派手なことすんじゃねえ。カタギだろうが、俺らは容赦しねえぞ!?」


そこにいたのは、刺青がびっしり入った気合いに満ちた方々。

どうやら先程撃退したチンピラが恥をかかされたことが気に入らないみたいだ。


「女の子襲って夜道でプレイしようとする方が、よっぽど恥ずかしいだろ」


「ほう、肝が据わった野郎じゃねえか。てめえ、何処の組だ?」


「組? 笑わせんなよ、俺が群れた雑魚の集まりに興味があるわけねえだろ」


プツン、と目の前の男たちがキレた音がした気がする。

手に持つバットやらメリケンサックやらが、俺に向けられているのを目線から感じる俺。見るとヤバい喧嘩が始まるのを予見してか、周りの人々が一斉に逃げ出す。


「それは、俺達が雑魚だって言いたいのかオイ!!」


「ああそうだよ。イモムシが恐竜に逆らうんじゃねえって話だ」


おっと、もう俺を生きて返す気は無いみたいだ。

後ろの何人かは日本刀を抜き放つ。


「このふざけた兄ちゃんに礼儀を教えてやれ!」


振り上げられる刀。俺は避けることもしなかった。

ガキーーン!!という音が響き、俺の頭上で火花が散る。


「⋯⋯あれ?」


「せめて髪の毛くらいは斬ってくれよ。でなきゃ張り合いねえだろうが」


俺はパンチを繰り出す。同時に目の前の男が二人、同時に吹っ飛ぶ。

俺に振り下ろされた刀は衝撃で微妙に刃こぼれしている。勿論、俺は無傷だ。


「あ、な、な、何だテメエはああアアアアアッッ!!」


「何だもクソもあるか。ただの性根の腐った超人だよ」


そこからは、一方的だった。

俺は警察がサイレンを鳴らしてやってくるまでの間、男たちを徹底的に殲滅し続けた。幸い相手は余罪がある指名手配犯みたいだ。容赦をする必要もないようで安心したよ。


そして人が集まり始めたところで、俺はカードをその場に置く。


『超人、ナイトメア参上』


我ながらダサいと思う。でも、これをしないとチンピラの喧嘩で終わってしまうからしっかりと俺がやったことをアピールしないといけない。


「じゃあな、次は悪さするなよ」


地面に伸びる瀕死の男たちにそれだけ言って、俺は夜の夜空に飛び立った。

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