ナイトメアの騎行
名無しの男
第1話 性根の腐った営業マン
「
ガミガミと上から怒鳴りつける上司の机の上に開いてある灰皿を見つめながら、心を無にして批判を受け流す俺。心頭滅却すれば火もまた涼しと心で呟く。
「君の営業成績は下から何番目か、分からないわけではあるまい!」
そりゃあ、覚えやすい順位だから忘れようがない。
下から一位。つまり最下位だ。
「君の存在で、ウチの部署がどれほど評判を落としているのか分かっているのかね!? あまり仕事が雑なようなら、クビを切ってやっても良いのだぞ!」
「いやあ⋯⋯それは勘弁してください。僕には養っていかなきゃいけない家族がいるんです」
「嘘をつくな! お前は独身だろうが!!」
チッ、バレたか。
とはいえ俺の営業成績は、ブッチギリの最下位。しかも社運を左右するような商談を過去に三つも御破算にしている。正直会社に置いておいてもらえているだけでもラッキーなレベルだ。
すると説教の中、一人の女性社員が部屋に入ってきた。
「課長。明日の会議の資料が出来ました」
「おお、すまないな。相変わらず仕事が早くて助かるぞ」
ニコッと笑って部屋を出て行く彼女。
軽く俺の方にも会釈して彼女は部屋を出て行った。
「君も少しは彼女を見習ったらどうだ!」
「相沢さんは別格ですよ。俺に真似しろって言ったって出来るものじゃないですって」
「バカモン! やろうとしないから出来ないのだ!!」
我が社のエース、相沢智子。
抜群の営業成績で、年間成績でも不動の一位。おまけに容姿端麗で、IT会社の社長の彼氏がいるとかいないとか。社内にもファンが多いだけに、彼氏の存在が明るみになった時はオフィスが阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「将来安泰でいいですよねえ。俺なんていつクビにされるかも分からないのに」
「貴様ア…全部自業自得だろうが!!」
結局、今日もそんな形で部屋を追い出される俺。
マジで自分でも何でこの会社に残れるのか分からない。気が付けば窓際族の仲間入りを果たし社内でも干されかけている。それでも一人前の給料だけはもらえているのだから、まだマシなのかもしれないが。
「今日はもう家に帰れ!! お前など居ても邪魔なだけだ!!」
課長の罵声をバックに俺は家に帰る。
まあ、家に帰っても特にすることなんてないんだけど。
いつもこうだ。俺は会社では間違いなく不要物だろう。
内心ゴミ箱に捨ててやりたいと思ってるのかもしれないが、そんな俺にも必要最低限の人権はある。言い換えればその最低限の人権が無ければ生きていけないレベルの存在だってことだ。ようはクズ認定されてるんだな。まあ、多分クズだけど。
とはいえ、あのクソ課長の顔面をぶっ飛ばしてやりたいと思ったことは数知れず。
もういっそクビ覚悟で殴ってやろうか。そんな考えが脳裏をよぎる。
昼の街通りを、バックを振って帰る俺。
家に帰っても彼女は居ない、俺という名のたんぱく質が部屋に増えるだけだ。
「キャアーッ! 誰かっ、強盗よ!!」
すると近くのコンビニから声が聞こえて来た。
見るとレジの前に包丁を持った強盗犯がバイトの大学生を脅している様子が見える。
この街は、警察が本当に仕事をしているのか疑いたくなるくらい犯罪が多い。
もはやこんな光景も、俺にとってはごく見慣れたものだ。
「大人しくしろ! 警察は呼ぶなよ!」
そんなこと言ったって、警察はいずれ来るだろうに。
と言っている間に警察が来た。やれやれ、一件落着だな。
「クソッ! てめえら、ここに来たらこの女を殺すぞ!」
すると強盗は、近くにいたコンビニ客の一人をホールドすると包丁を突き付けた。
可哀そうに、人質か。まあ運が悪かったと諦めるんだな⋯⋯
「助けて!! 誰か!!」
ん? 待てよ?
聞き覚えがある声だ。ついさっきも聞いたような…
「夜内君!! 助けて!!」
「相沢さん?」
そこにいたのは、相沢さんだった。
人質として包丁を突き付けられている彼女は、今にも泣きそうな顔をしている。
「助けて! 夜内くん!」
「黙れ! 静かにしないと殺すぞ!」
いやあ、これ以上口は開かない方がいいって。強盗を興奮させちゃうから。
この状況で冷静にそう思う俺は、いろいろな意味でどうかしているのだろうか。
「夜内くん⋯⋯⋯」
彼女の目は潤んでいる。そして俺に明確な助けを求めていた。
周りの警察は、人質を取られている状態では何もできない。銃で牽制をしてはいるけど、そんなんで降参するほど強盗もヤワじゃないだろう。
ここで俺は考えた。
彼女を助けてヒーローになる。そしてゆくゆくは彼女を恋人として射止めるための布石にするとか良い案かもしれない。
いや、でもダメだな。彼女の彼氏は、今をときめくベンチャー企業の社長。冷静に考えて、彼女が安泰の人生ルートを捨てて、ウ〇コの具現化みたいなしがない営業職野郎の所にやって来るとは思えない。
しかも、強盗は包丁を持っている。
むしろルートとしては、俺がここで凶刃に倒れて相沢さんに看取られながら天に召される可能性の方が遥かに高いんじゃないのか。
それであの世に行った俺を思いながら結婚式で『夜内君、君の分までしっかり生きて見せるからね』とか言ってキスする未来が見える。完全に噛ませ犬じゃねえか。
つまり、彼女を助けることに何のメリットもない。
寧ろ彼女がここで万が一のことがあって会社を辞めることになれば、その分相対的に俺の存在意義は上がる。会社の稼ぎ頭が居なくなるからな。
つまり俺がこの状況で起こす行動は一つだ。
「ゴメン、君を助けるメリットないわ」
信じられないとでもいうような彼女の視線に背を向けて、俺は踵を返した。
主人公だからヒロイン候補を助けるのは当たり前だとか、そんなことは言わないでくれよ。だって冷静に考えてみろよ、マジで助けるメリットゼロなんだって。
絶対相沢さんに軽蔑されただろうなあと思いながら、俺はその場を去る。
そして同時に内心、こう思った。
(せめて強盗するなら夜にしろよ。それならリスクゼロだからさ)
日中はただのしがない営業職サラリーマンだが、夜になったら話が変わる。
ということで俺は、夜になるまで大人しくしておくことにした。
もし俺を正義の味方か悪の味方かで分類するなら、間違いなく『悪』だろう。
それなら何で、神は俺にあんな超人的な能力を授けたんだろうか。
「まっ、神も間違えることはあるよな」
取り敢えず俺はそう思いながら、家へと帰った。
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