第3話 超人ナイトメア

『ナイトメアが今夜も現れました。強盗、殺人の容疑で指名手配されていた暴力団関係者を、まとめて一掃したようで⋯⋯⋯』


今日は休日。そして俺は、昇る朝日を恨めしく見つめる。

俺の体から超人としての力は失われた。今の俺は中年手前のさえない男だ。


「コンビニ行くか⋯⋯」


夜が明けると俺は、コンビニに向かう。

朝はやっぱり肉まんに限るな⋯⋯


と、ここで俺は思い出した。


「あっ、相沢さんのこと忘れてた!!」


完全に忘れていた。会社の同僚の相沢さんが強盗に人質にされていた件は果たしてどうなったんだろう。そう思い、俺は強盗が籠城していたコンビニに向かう。


「あれ? 特に何にも⋯⋯」


しかし、コンビニについて俺は困惑する。

そこには普通と何も変わらない、ただのコンビニの日常風景があった。


「ちょっと、お姉ちゃん。このコンビニって昨日ヤバいことあったんだよね」

「え? あ、はい。でもすぐに解決したみたいです」


バイトの女子大生と思われる女の子に声を掛ける俺。

すると彼女は、そんなことを俺に教えてくれた。


「通りがかりの女子高生が、強盗をワンパンしたらしいです」


世紀末かよ。そんなことを思いながら俺はコンビニで肉まんを買う。

全く、世も末期だな。最近のJKは強盗退治もできるのか、と自分のことは棚に上げて肉まんを頬張る。いつの時代も肉まんの美味しさだけは変わらない。


『今日のニュースです。都内のコンビニで発生したコンビニ籠城事件が、16歳の女子高生によって解決されました』


都心のビルに設置された特大テレビに、デカデカと映るニュース画面。

するとそこには、つい先ほどいたコンビニの様子が映っていた。


『犯人は武器を所持していましたが、無事確保に成功した模様です。なお逮捕に尽力した女子高生には後日、感謝状が贈られるとのことです』


胃袋に肉まんを収め終わると、思わず口からゲップが出る。

感謝状か。俺には無縁の話だ。


『なお、昨夜現れた超人ナイトメアについては警察本部が総力を挙げて調査を続けておりますが、未だに正体を掴めていないとのことです』


当たり前だ。正体を掴まれたら大変なことになる。

ありとあらゆる歓迎できないお客様が、古今東西の方向から俺の住むオンボロアパートを爆撃せんとやって来るだろう。俺の人助けも、あくまで素性がバレないように気を払いながらやっているおかげで成立しているようなものだ。


そして俺は、自分の家であるアパートに戻る。


「夜内さん。家賃は?」


だが、そこには先客がいた。

俺の部屋の前で、箒を片手に俺のことを睨みつけている女子大生。


「悪い、あと二週間待ってくれ」

「同じセリフを、二週間前にも聞きましたよ」

「俺には絶対に守らなきゃいけない病気の母親がいるんだよ。その治療費を工面するのが難しくて⋯⋯⋯」

「一か月前は『母親が死んだら遺産が入る。それで工面するからあと三十年くらい待て』って言ってたの覚えてますよ」

「いや、アレは嘘だったんだよ。ほら、俺って万年金欠じゃん? だからもう少し猶予が欲しいななんて⋯⋯」

「人としては下の下の更に下ですね。ということで、家賃払ってください!」


ダメだ、俺を逃がす気がない。

目の前の彼女は、大家の娘の御殿場ごてんばシノン。剣道有段者の実力者で、実家が古道剣術の大本家、『御殿場式剣術』の道場。しかも彼女はその免許皆伝らしい。


「お母さんから言われてるんです。次にお金を持ってこなかったら、夜内さんをボコボコにして来いって」


箒をクルクルと回すと、柄の先を俺に向けるシノン。


「私の御殿場式剣術の奥義、見てみたいですか?」

「待て! それ喰らったらシャレにならないやつだろ!?」

「貴方の保険金で家賃を払えますから、半年くらい病院でゆっくりすればいいと思いますよ。いざ、覚悟!!」


そこからは大変だった。

完全に剣士モードになったシノンは箒一本でクズスレイヤーと化す。

超人化していない俺が立ち向かえるような相手ではないことを理解している俺は、殺人的な剣技を繰り出してくるシノンから逃げること半日以上。やっと逃げ切った。


「ハア、ハア⋯⋯やっと逃げ切った」


気付けば、日が沈みかけている。

あともう少しすれば、俺は超人モードになる。


「あれ、昨日のおじさん?」


するとここで、道端で息を切らしている俺に誰かが話しかけてきた。


「あっ、昨日のおじさんだ!」


顔を上げる俺。するとそこにいたのは昨夜俺が男から助けた女子高生だった。

しかし待てよ、何でマスクをしていたはずの俺がバレてるんだ?


「昨日はありがとね、おじさん。私、夜は弱いから⋯⋯」

「ちょっと待て嬢ちゃん。何で俺が、昨日君を助けた奴だって分かるんだ?」

「あっ、そーか知らないのか。私ね、実は『超人』なの」


ホワッツ? この子は何を言っているんだろう?

というか超人って、俺もある意味超人なんだよな。夜限定で。


「私、日が昇っている間だけ音波超人になれるの。でもあの日は日が沈んでたから力を失ってて⋯⋯」


すると舐めるようにその女子高生は俺の体を見る。


「おじさんもきっと超人なんだよね? でもどんな能力なんだろう?」

「ちょ、ちょっと待て! 超人とか聞いたことないし、そもそも何で俺が特殊能力を持っていることを知ってるんだよ!」

「だから言ったじゃん。私は音波超人になれるって。だから日が昇っている間は音を分析できる。声を脳内で分析して、個人を割り出すことだって出来るんだよ?」


それ、夜の間は俺も出来るやつじゃん。

ということはもしや、この子は俺と同じ同種なのか!?


「もしかしておじさん、『超人』を知らない?」

「全く知らない。てか、何で君は知ってるんだ?」

「だって超人組織に入ってるから。でもそうかあ、おじさんみたいな人は今まで見たことなかったし、私達が把握していない超人がまだまだ居たってことだね」


すると、突然その子はその場でパチンと指を鳴らした。


「新しい超人さんだよ。しかも、かなり強そうな人」

「おー、新入りか。それに中々強い能力の波動を感じるな」

「でもこの匂いはあまり良い人じゃなさそうね⋯⋯」


突然、背後に三人の人影が現れた。

慌てて逃げようとしたが、あっという間に俺はホールドされる。


「怯える必要はないぞ新入り。それに最近話題の『ナイトメア』というのはお前だろう? その活躍は度々耳にするぞ」


俺をガッチリとホールドするのは、巨大な岩の様な存在感のある大男だ。

更にその横に立つのは、妖艶な雰囲気のある謎の美女。


「どんな能力の持ち主なのかしら。気になるわ」


そして彼女の後ろに立つのは、妙なマスクを被って顔を隠す人間。

性別は分からないが、かなり身長は小さい。


「ソラ。貴方の能力で、この人の能力を分析できない?」

「⋯⋯⋯⋯」

「ソラが黙っている時は『無理』ということだ。ソラの『アナライズ』が通用しない能力とは、実に興味深いな」


勝手に意味の分からないことをしゃべりやがって。

俺は一人だ。組織に組するなんてまっぴらごめんだし、一人で活動してやる。


「人違いだ。それにお前らに興味もない、だから俺は放っておけ」


しかしそう言ったその瞬間だった。


「麻痺超人である私が、貴方を逃がすとでも?」


突然、俺の体が痺れだした。

ウッと声が漏れる。そして俺は地面に横倒しにされた。


「コイツは我々の本部に連れていく。超人結社である、オメガの秘密基地にな」

「意味⋯⋯分かんねえよ!」


良く分からないが一つ分かることがある。こいつらはムカつくってことだ。

人の意見も聞かないで好き放題しやがって。


何とか体を動かそうとする俺。

だが体は、ビリビリに痺れて動けない。


「体が⋯⋯動かない!」

「当然よ。私と目を合わせた人間は、体がマヒして動けなくなる」


すると俺のことを、巨大な大男が抱える。


「どんな能力かは知らないが、プラザ、トーン、ソラ、そしてこの俺を相手にして逃げ切れると思うなよ。超人を野放しにするのは俺達にとっても良いことではないんでな」


どうやらこいつらには、そんな名前があるらしい。

でもそんなのどうでもいい。あるのはただ『こいつらをぶちのめしたい』その一心だけだ。


「なあオッサン。あまり俺を舐めるなよ」

「お、オッサンだと!? 俺はこれでも42歳だぞ!?」


十分オッサンだよバカ。

それよりも、『時間』が来たんだ。覚悟しろ。


「いいか、俺は自由だ。誰の命令も聞かねえし、俺は俺がやりたいことだけをやる。それに勘違いするんじゃねえ、お前らは俺には勝てねえよ!!」


時計を見る。

今日の日没時間は午後6時半。そして、今は6時29分。


「超人ナイトメアは正義の味方だとでも思ったか? バカ言うんじゃねえ、ブチのめしたい奴がいるから倒す、それだけのクズだよ。そして今俺が一番ブッ倒したいと思ってる奴は誰か分かるか?」


力が増してくる。筋肉量も骨格も、骨密度も視野も脳も全てがパワーアップしていく。俺はもうただの人間じゃない、超人ナイトメアだ。


そして、時計は時刻午後6時半を示した。


「お前らだよ!! クソが!!」


体の麻痺は完全に癒えていた。俺は宙返りしながら立ち上がる。


「そんなバカな!? 私の麻痺能力を跳ね除けるなんて!!」

「下がれプラザ!! コイツは俺が止める!!」


大男のオッサンが目の前に立ちふさがる。

ちょうどいい、一番ぶっ飛ばしたかったのはお前だからな。


それに、女を殴るのは気が引ける。だから纏めてお前がパンチを受けろや。


「金属超人である俺はどんな攻撃でも跳ね除ける!!」

「そうかよ、なら俺のパンチを喰らっても問題ないよなあ!!」


拳を握り、力を込める俺。

見ると大男の体は銀色に光る金属と化していた。


「死ねやあああアアアアッッ!!」

「ヌオオオオオッッ!?」


だが、俺には関係ない。突き刺さった拳は男を宙高く吹き飛ばした。

しかも男の体は胸を中心に激しく抉れている。


「お、お、俺の自慢のボディーが!!」

「このおじさん⋯⋯強い!!」


すると俺の前に立ちふさがるのは、俺が昨日助けたJK。

だが俺の今の冴えわたっている頭は、この娘が脅威ではないと言っていた。


「嬢ちゃんは夜はもう能力を使えないんだろ? 確か「音波超人」だったか?」

「そ、そうよ。それに嬢ちゃんじゃない、私の名前はトーン」

「トーン? コードネームか何かか?」


きっと本名は別なんだろう。それは他の奴らも同じだろうな。

しかし、音波超人って強いのか? 少なくとも俺よりは弱いと思うが。


「おじさんだってナイトメアって名乗ってるじゃん」

「おじさんじゃねえ、俺は今年で29歳だ」

「十分おじさんだよ。それに、私が能力をもう使えないって決めつけないで!!まだ完全に日が沈み切ってない今なら、まだ能力は使えるの!」


すると、キーンという甲高い超音波が聞こえて来た。

同時にトーンは、自分の右手に握りこぶしを作る。


「ねえ、おじさん。音波の振動をパンチに乗せたらどうなると思う?」


カタカタと異常な振動をしているトーンの拳。

恐らくあれは振動破壊だ。あれに触れたら、振動で物体は破壊される。


「昨日に強盗を女子高生が倒したニュースを聞いた? あれをやったのは誰か分かる?」

「もしかして、嬢ちゃんがやったパターンか?」


返答はなかった。そして俺にトーンの拳が振り下ろされる。


衝撃破壊拳ショックブレイク!!」


文字通り唸りを上げるトーンの一撃。

確かに、並の人間がこれを受ければ病院送りだろうな。

拳に込められた振動が肉、骨を問わず破壊しつくして最悪死に至る。しかも岩や木などの物体に対しても有効な一撃だろう。


パシッ。


「う⋯⋯そ⋯⋯!!」

「悪いな。俺、そういう攻撃にも特に問題無いんだわ」


俺は片手で受け止めた。そして力で振動を無理矢理抑え込んでいく。


「グーで殴るのは止めといてやる。その代わり、気絶くらいはしてもらうぜ」


そして俺はトーンの首筋にチョップを叩きこんだ。

同時に麻痺超人の女と、ソラとかいう小人にもチョップを叩きこんだ。


「もう一度言う。俺は、お前らについていくつもりは無い」


返答はなかった。三人とも同時に気を失っている。

だが遠くでは、グニャグニャに変形した金属超人とかいう男が俺に手を伸ばしている。


「待て⋯⋯ナイトメア!!」

「うるせえよ。同じことを言わせんじゃねえ」


パンチ一閃。今度は顔面目掛けて叩き込む。

弾ける男の顔面。金属が抉られるようにして吹き飛んでいく。

そして同時に頭を失った男は大の字になって倒れた。


「じゃあな。もう二度と、俺に近寄るんじゃねえぞ」


世間的には、アイツらは正義の味方なんだろうか。

じゃあそんな奴らを倒した俺は悪なのかもしれないな。


そんなことを思いながら、俺はその場を去った。

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