「セガーレ。お前に、俺の商売のやり方を一から全部叩き込む。選択権はない」

 

 帰り道の野営時。

 サンドラの方を気にしながら一人前にしょぼくれているセガーレに、アルゴは問いかけた。


「そう言えばお前、あんなところにいたんだ?」

「あの……父上にその、勘当され、て……」


 パチパチと爆ぜる焚き火の音にかき消されそうな小さな声で、彼はボソボソと答えた。


「勘当されたwww オレとお仲間www」


 イーサが手を叩きながら笑うと、セガーレはまた泣きそうな顔になって鼻をすすり上げる。

 まぁ彼とボンボンでは全く状況が違うわけだが、それは突っ込まない。


「勘当されたのは、金を使わされたからか?」

「いやあの、王都のトレメンス公爵家を、ボクちんがなんか怒らせたって……そ、そのせいで、王家も動いて、その……家が取り潰しになるかも、みたいな……」


 その言葉にアルゴが周りを見回すと、エルフィリアは笑いを堪えており、オデッセイは悟ったような顔でうなずいていた。

 どうやら、何が起こったのか感づいたらしい。


「貴族連盟は守ってくれなかったのか?」


 アルゴが白々しく問いかけると、セガーレはますます目線を下に落とす。


「筆頭だった前宰相が失脚してから、力が弱くなってるらしくて……ぼ、ボクちんに、お付きだった魔導士と一緒に、Sランクダンジョン攻略してこいって……そ、その成果で、許してもらうって……」


 絶対に無理だ、と思うようなことを命じられて追い出されたら、それは確かに勘当だろう。

 『死んでこい』と言われたのと同義である。


 アルゴは、セガーレがただのバカではなさそうなことに気づいた。

 自分がどういう状況に置かれているのか、は把握しているらしいからだ。


「魔導士はどうした?」

「逃げました……あのスライムのところに着く前に、渡された路銀がなくなって……雇った傭兵たちも、皆……」


 野営地で、寝て起きたら誰もいなかったのだという。


 ーーーーそういう方面に関して疎いところは買えない部分だな。


 アルゴは、冷徹にセガーレの素質を観察していた。


 他人の心情に、配慮は出来ないまでも、察して立ち振る舞えないのは、貴族としては致命的だ。

 自分勝手でワガママで、典型的なボンボン……それも、虎の威をかる狐タイプであることは、間違いない。


「www人望のカケラもねぇwww」

「……我々をハメたような奴に、そんなモノがあるわけないだろうが」


 イーサが笑いすぎて、地面を転げそうになっている横で、初めてサンドラが口を挟んできた。

 助けたとはいえ、その口調には明確な憎悪が滲んでいる。


「そういきり立つなよ、サンドラ。恨みは頭を鈍らせるぞ。……命をもって報復するのを望まなかったのが己の矜持なんだろう? ならば、チクチクとなぶるような真似はやめることだ」

「……そうだな」

「さすが、金貨百万枚の借金を恨まなかった男は言うことが違うスねwww」


 イーサが煽っているのは、単に面白がっているだけである。

 彼自身は実際、内心で思っていることをカケラも外に出していない。


 状況を知った今なら分かるが、イーサは芯の部分に、おそらくはトレメンス公爵家によって『貴族の在り方』を叩き込まれている。


 義務を果たさずに権利だけを享受していた貴族子息に対して、思うところがないはずがなかった。


「過去より今、そして今からどうなるかが重要だからな。起こったことは、誰かを責めたところで変わらん。……セガーレ」

「はい!」

「なぜ、あんな遊びをした?」


 アルゴが声を低くして問いかけると、雰囲気が変わったのを察したのか、セガーレはゴクリと喉を鳴らした。


 実際、この質問の答えで、彼の扱いをどうするかを決めようと思っていた。

 少し沈黙した後、セガーレは答える。



「……それが、悪いことだと、思ってなかった、から……」

 

 

 その答えに、仲間たちがどう感じたかはわからないが……アルゴは満足した。


「そうか。もう一つ訊くが、魔導士たちが逃げた後、なぜお前も逃げようと思わなかった? 迷ったか?」


 スライムのいるところは、街から反対方向だ。

 迂回路を取るにしても方角が違い、そちらにはSランクダンジョンか隣国しかないのである。

 

「ぼ、ボクちんは、一人になって、どうしたらいいか、分からなくなって……父上の、言う通りにしておけば、その、何をしていても怒られなかったから……それで……」

「死ぬかもしれない、とは思わなかったか?」

「そ、それでも、言う通りにしないと、その……」


 上手く言葉に出来ないのだろう。

 だが、そうして生きてきたことだけは伝わった。


 アルゴには、彼の立場や気持ちなどは分からない。

 物事の分別がついていなかったことを『仕方ない』などと、思うつもりもない。


 だが、持って生まれたモノ以上に、環境が、そして出会いが人を作ることを、アルゴは知っている。


 もし自分がスラムの生まれでなく、母が死なず、あの獣人に出会わなければ、こうはなっていなかっただろう。


 ーーーセガーレは物知らずで、甘ったれている。


 しかし決して、何もない相手、というわけではなさそうだと思えた。


「イーサ」

「うスw」

「セガーレから感じた魔力の質はどうだった?」

「んー、まぁデカくはなかったけど、それなりに練れてたんじゃないスかね?w まぁ、あの距離で、他人の使い魔を介してとはいえ、サンドラたちを視認してたなら、魔法の扱いもそこそこ出来るスw」

「素質だけか?」

「素質だけで魔法使えりゃ誰も苦労はしないスねwww」


 つまりセガーレは、何かあれば努力が出来、かつ、自分の状況を把握出来るだけの能力はあるのだ。


 自省をする、ことは今はないかもしれないが、そうした思考は、失敗を繰り返すごとに考えさせられれば身につけられる。


「セガーレ。お前に、俺の商売のやり方を一から全部叩き込む。選択権はない」

「……!」

「死ぬ気で覚えろ。一人前になることが、解放の条件だ。今のお前はクズだが、クズのまま終わるなら、それも好きにすればいい」


 どうせセガーレは、もう実家に帰ったところで貴族には戻れない。

 下手すれば除籍されて、いなかったことになっている可能性すらあった。


 自らの手で生きることを覚えるのは、彼にとっても必須のことだ。


「だが、この俺が一人前だと認めた時」


 アルゴは、片頬を上げて笑みを浮かべる。


「ーーーお前は多分、クズではなくなっているだろうがな」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る