「相手は、誰よりもイカレてるーーー〝狂精神〟のアルゴっスからwww」

 帰り道、森に入ったところで、アルゴは何か声が聞こえた気がして足を止めた。


「たた、助けてくれー!」

「ん?」


 例のシミュレート・スライムがいる辺りである。

 仲間たちと顔を見合わせると、再び悲鳴が聞こえてきた。


「男だな」

「行ってみるスか? 誰かピンチっぽいすよ」

「スライムに呑まれたなら、確かにマズいな」

「行きましょー! ゴーゴー!」

「いやテメェ、歩くの俺サマだぞ!?」


 ビシッとスライムのいた方角を指差すウルズに、おんぶしているオデッセイが突っ込むが、向かうのに異論はなさどうだ。


 声が上げられるのなら、まだ間に合うだろう。

 そう思って向かった先にいたのは。


「ボンボンじゃねースか? あれwww」


 そこに居たのは、先日サンドラ達に拘束の首輪を嵌めて狩りの的にしていた、貴族のボンボン……セガーレだった。


「何をしてるんだ? こんなところで」


 セガーレは、腰までスライムに呑まれていた。

 運のいいことに、荷物は手に持っていなかったようで、スライムの中に沈んでいるのは体だけだ。


 もし杖や剣でも手にしていたら、沈んだそれが炸裂して死んでいただろう。

 悪運の強い奴だ。


「助けて、助けてくれぇ!!」


 キノコ頭の小太りは、半泣きで鼻水を垂らしていた。

 スライム自身が人を呑む速度はだいぶ遅いようで、底なし沼に沈むようにゆっくりと沈んでいっている。


 アルゴは、彼の言葉を聞いてオールバックの髪に軽く片手の指を通しながらアゴを上げ、軽く首を傾げた。



「ーーー何でだ?」


 

「え……?」


 セガーレの顔が、引きつって固まる。


「お前、サンドラとシシリィを罠にはめて、自分の楽しみのために狩ろうとしていたじゃないか。二人がそうして命乞いしたら、助けたのか?」


 それは純粋に疑問だった。


 自分がやったことを忘れて恥知らずにも助けを求めているが、因果応報という言葉がこれほど似合う状況もそうそうない。


「ああ、ちなみに、そいつは、お前が完全に沈んだら爆発するスライムだ。窒息よりは苦しくないと思うぞ?」

「……!!?」

「良かったな」

「う……ぁ……! やだ、死にたくない……助け、て……」

「だから、サンドラたちがそう言ったら、お前は助けたのか?」

「い、イィい、良いから助けろよぉ!! 助けろよオォオッッ!!」


 アルゴの表情に何を思ったのか、より必死さを増した顔でセガーレが吠える。

 その様子に、思わずため息が漏れた。


「話にならんな。それがお前の本性だ。……少し離れたところで、コイツが吹き飛ばされるのを見届けてやるか?」


 片頬に笑みを浮かべながら、アルゴは仲間たちの顔を見回す。


 イーサはニヤニヤしており、ウルズとエルフィリア、サンドラは完全な無表情だった。

 オデッセイだけが少し戸惑ったように、こちらとセガーレの方へ交互に目を向ける。


「ほ、本当に見捨てるのか?」

「助けて、俺たちにどんな得があるんだ?」

「いや、そりゃそうだけどよ……」


 ーーー本当にコイツはお人好しだな。


 嘘がつけないのは美点かもしれないが、少しは懲らしめてやろうという気はないのだろうか。


「さ、行くぞ」

「ハッハァ!w いいザマだなぁ!www そのまま死ね、ザァアアコッ!www」


 天性の煽りスキルを発揮して中指を立てるイーサに、セガーレの顔色は白を通り越して土気色になる。


「まっでぇええええ!! 見ずでないでぇェエエエエッッ!! 何でもじまずがらっ!! じまずがらぁァアアア!!」

「ほぉ?」


 アルゴはその言葉に振り向き、【カバン玉】に手を伸ばした。


「何でもするのか?」

「するぅ! するから、おねがいだがらっ!! 助げでぐだざいッ!!」


 もう肩の辺りまで沈んでいるセガーレに、アルゴは軽く笑みを見せる。


「だ、そうだが。どうする? サンドラ」

「……アイツはクズだが、ここで見捨てたら今度はこっちがアイツと一緒になる。それは、最悪だな」

「まぁ、同感だ」


 別にアルゴも、最初から見捨てるつもりはなかった。


 どうせ助けたところで、喉元過ぎれば熱さ忘れるだろうが……どんなクズにも、チャンスは与えてやらなければならない。


 そういう場所を、自分は作ろうとしているのだから。

 だが、それはどんな奴の自由でも許容する、という意味ではない。


 ーーー命を助ける対価は、きっちりと払ってもらう。


「本当に何でもするんだな?」

「する! する!! じまずッ!!」

「よし」


 ヒモの先に赤い輪と木の枝を結えて問いかけると、セガーレがズビビ、と鼻をすすりながら答える。

 アルゴはうなずき、木の枝がついた側を大きく振り回して放った。


 それは狙い違わず、セガーレのすぐ側に落ちる。


「なら、そいつを掴め。引っ張り出してやる」

「……!!」


 だが、肩まで沈みかけているセガーレは、なかなか手が上がらないようだった。

 ジリジリとした動きに、アルゴは舌打ちする。


「早く手を伸ばせ。本当に死にたいのか?」

「さっさとしろよーwww ヒモ回収しちまうぞーwww」

「おら、根性見せろよボケ! 頑張って腕上げろ!! 伸ばせ!!」


 男衆の煽りに、なんとかスライムの上に手を出したセガーレは、ガシッとヒモの結び目ごと、枝を掴んだ。

 その手首に、しゅるりと赤い輪が巻きつく。


「引っ張るぞ。手伝え」

「うースw」

「気が乗らないなー。サンドラも、自分が殺されそうになった相手なんだから、本当に見捨てちゃえばいいのにさー」

「別に死んだところでスッキリするわけでもないからな」


 イーサとサンドラ、エルフィリアも、アルゴの後ろでヒモを掴んで引く。


 ズル、ズル、と体が少しずつ浮き上がりながら、セガーレの体がこちらに引き寄せられるが……肝心の本人が手をブルブル震わせていた。


「も、もうちょっと、ゅっくり、腕が、抜けそ……!」

「もう片方の手も伸ばせ。お前も少しは努力をしろ。生きたいならな」


 セガーレは、汗までかいて顔中汁まみれになりながらも、必死にもう一本腕を引き抜いて、枝を掴んだ。


 そこで、ウルズを背中から下ろしたオデッセイも参加して、五人で引く。

 息を合わせて、腰上まで引き抜くと、後は一気にいけた。


 セガーレもスライムを蹴り、こちらに引き寄せるスピードが上がる。

 やがて、ようやく彼が地面に片足をついた……ところで。



 

「「「「「「「あ」」」」」」」




 セガーレが肥満体に力を込めたせいで、ぶちんと千切れたカフスボタンが、スライムの上に落ちた。


「爆発する。逃げるぞ!!」


 流石に、つい先日あの爆発を間近で受けて死にかけた経験があるので、楽観出来ない。


 アルゴの掛け声に、全員が縄を放り出して一斉に森の方に駆け出すと、ゼェゼェと肩で息をしているセガーレが、手首に輪をつけたままヒモを引きずりながら、慌てて追ってくる。


「ま、まっで! おいでかないで!!」


 アルゴが森に飛び込んで振り向くと、ブルブルとスライムが震え出した。


「遅いんだよアホウ!!」


 オデッセイが体を突き出して、セガーレを木立の影に引き摺り込んだ瞬間……スライムが炸裂した。


 天まで吹き上がる火柱が、まばゆい光を放つ。


「間一髪だったな……」

「ヒヤヒヤしたスねーwww」

「うぅ……背中の傷が痛いですぅ……」


 全員で一息ついていると、四つん這いになって疲労困憊している様子のセガーレが、アゴから汗を滴らせながら顔を上げる。


「あ、ありがとう……! ボクちん、この礼は、住んでた街に帰ったら必ず……!!」

「街に帰る? 何言ってるんだお前?」

「え?」


 アルゴは顔を硬らせるセガーレに、腕を指差して見せた。


「そいつはお前がサンドラに・・・・・・・・嵌めていた・・・・・拘束の腕輪・・・・・】だ。何でも言うことを聞くと言う約束をしただろう?」


 ニィ、と片頬を上げる笑みを浮かべて見せると、セガーレは自分の腕を見下ろして、固まった。


「お前はこのまま、俺たちと一緒に王都に帰るんだよ」

「うぇ……うぇえ!?」

「あれだけのことをしておいて、ただで済むと思っているのが大間違いだ」


 これから忙しくなる。

 大して役には立たないだろうが、小間使いとして、せいぜいこき使わせてもらうつもりだった。


「そ、そんなぁ……!!」

「働きを認めれば解放してやる。せいぜい、真面目にやることだな」


 セガーレの情けない顔を見て、イーサとエルフィリアが爆笑し、ウルズとサンドラも笑いを堪え、オデッセイは引いていた。


「マジでえげつねぇ……!! あの状況で、なんでそんな事思いつくんだ……?」

「まぁ、ほらwww」


 彼の言葉に、イーサが笑いすぎて浮かんだ涙を拭いながら、その肩をぽん、と叩く。

 

「相手は、誰よりもイカレてるーーー〝狂精神アイゼン〟のアルゴっスからwww」

 

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