「……?」  


 

 ーーーさすがに強ぇなぁ。


 どれだけ剣を振るっても、傷はつけども勢いの衰えないゴーレムの攻勢に、イーサはうんざりしていた。

 鍛錬をサボっていたツケもあって、思った以上に疲労するのが早い。


 だが、呪玉を持っていることもあってか、アルゴやウルズらに意識が向くことはないようで、そこだけは安心できる。


 代わりに、気も抜けないが。


 ーーースオーチェラ伯母様の言うことは、いつだって正しいよなぁ。


 怖いし、堅苦しいし、煩わしいと思うことも多かったが。

 尊敬に値する彼女は『大切なものを守りたいのなら、常に頭を使い、鍛錬を欠かさぬことです』と、何度も口にしていた。


 彼女に、イーサは剣で、生涯一度たりとも勝ったことがない。

 そんなスオーチェラの言葉の意味を理解するのは、いつもその局面になってから、だ。


 ーーーオレはやっぱ、バカだなぁ。


 イーサがゴーレムの太ももにあたる部分を切り裂いたところで、避けきれない横薙ぎの平手が放たれた。


 ヤベ、と思いつつ脇を固めつつ体を丸めると、そこにエルフィリアが飛び込んでくる。

 研ぎ澄ました彼女の一撃が、ゴーレムの肘辺りで右腕を断ち落としたことで、イーサは難を逃れた。


「助かったっス!」

「次来るよー。もうちょっとだから」


 彼女は目の前で壁になっているこちらのサポートに徹しており、即座にその場を離れる。


 高位の冒険者というのは凄いものだ。

 エルフィリアの援護がなければ、イーサはとっくにやられている。


 もうちょっと、と言うのは、アルゴが穴の前に着くという話だろう。


 ーーー根性入れて、もうちょっと舞わねぇとなぁ!


 叩き下ろす攻撃を、あえて後ろに下がって避ける。

 股下をくぐるほうが時間は稼げるが、扉に近づいているアルゴらに目が向くかもしれない。


 目を向けている余裕はなかった。


 そして、再生しながら床を蹴ったゴーレムの突進を、イーサが横に転がって避けたところで……相手の動きが止まった。


※※※


 ーーー私が、動ければ。


 サンドラの膝の上でうつ伏せに寝ながら、ウルズは歯噛みしていた。


 話は、全部聞こえていた。

 自分が怪我などしなければ、アルゴに役目を負わせることなんかなかったのに。


 彼が、死んでしまうかもしれない。


 ウルズなら……獣人の強靭さがあれば、すぐに処置さえすれば、腕がなくなるくらいで命を落とす危険は少なくなるのに。


 ーーーご主人様……。


 イーサとエルフィリアが、踏ん張っている向こうに、オデッセイに支えられたアルゴが見えた。


 ボロボロの服装で、オールバックも乱れている。

 吹き飛ばされて汚れているその横顔は、真剣だった。


 色気のある退廃的な整った顔立ちの商人は、それでもいつも通りに落ち着いた表情で、強い瞳で、未来を見据えている。

 

 弱いのに。

 あの人は、全然強くなんかないのに。


 どこまでも揺るがない。


 ウルズは、その背中を見て、悔しさに涙がこぼれた。


「なぜ泣く?」


 固唾を呑んでイーサたちの戦闘を見守っていたサンドラが、肩を震わせるウルズに、驚いたように問いかけた。


「……大事なところで……私はいつも、役に立てません……!」


 『|煉竜傭兵団(ヴィルカニック・ドライヴ)』の団長が、苦心している時もそうだった。

 そして、今も。


「戦うことしか……体を張ることしか、出来ないのに……!」

「……ウルズは、十分役に立った。あのゴーレムを、今のイーサのように押さえ、スライムの爆風や吹き飛んだ破片からアルゴを守らなければ、彼は命を張ることすら出来なかったのだ」


 サンドラの声音は優しかった。

 そして、そのまま頭を撫でられる。


「何も、自分を責めることなどない。……アルゴは死なん。たとえ腕を失おうとも、我らが死なせず、連れ帰るんだ」


 ーーー連れ帰る。


「そうだろう?」

「……はい」

「そのために、今は体を休め、見届けよう。彼の決断を」


 言われて、ウルズはこくりとうなずくと、涙を拭ってもう一度アルゴに目を向ける。


 彼は、穴の前にたどり着いていた。


※※※


 アルゴは、突っ込んだ勢いのまま、奥に浮くように彫られた文字に拳を叩きつける。


 どうせ燃える、と手加減抜きで叩きつけた拳によって「א」を破壊する、つもりだったが。

 思いの外なめらかに、石板に文字が|沈み(・・)、消えた。


 背後で響いていた激しい戦闘音が、止まる。


 そして、沈黙が降りた。


「……?」


 何も起こらない。


 沈黙の後、アルゴはゆっくりと腕を引き抜いた。


「……なぜ燃えん?」


 右腕は、無事だった。

 穴の奥を見ると、文字は石板から消えており、「מת」の文字の前は、真っ平らな一枚の板になったように見える。


 ーーーどういう原理だ?


 押し込んだような感覚はあったので、おそらくは押せるようになっていたのだろう。

 アルゴは、もう一度手を突っ込む。


「いやオイ!?」

「ふむ。どういうことだ? 隙間が一切出来ないくらい、ピッタリと嵌りこんでいるのか?」


 手で触れても、やはりもう一枚板にしか思えないくらい滑らかだ。

 

 ーーー古代の技術というのは、意味が分からんな。


 再び腕を引き抜いて振り向くと、ゴーレムが震えていた。

 そのまま、少しずつカラクリが剥がれ落ちていき、ゴロゴロと転がって、最後には動きを止めた人形の山になる。


 すると、両脇の開きっぱなしの扉からゴーレムを形成していた透明な管が伸びてきた。


「今度はなんだよ!?」

「さあな」


 管はカラクリが収まっていた場所から伸びてきているようで、管が刺さったカラクリたちが一体ずつ操り人形のような不自然な動きで引き立てられ、戻っていく。


 山になっていたカラクリたちが全て扉の奥に戻ると、バタンと扉が閉まり。

 後に残されたのは、自分たちと、戦闘の痕跡だけだった。


「まぁとりあえず、狙い通りにゴーレムは止まったな」


 腕もなくさず、誰一人命を落としていない。

 その破格の結果を受けて、アルゴはニヤリと片頬を上げると、宣言した。



「ーーー俺たちの、勝ちだ」

 

 

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