「だから、オレが……」 「いや。俺がやる。お前は、エルフィリアと一緒に……死なないように立ち回れ」   


 ーーー解けねぇ。


 イーサは、脂汗あぶらあせを流しながら、目の前の扉におののいていた。


 呪玉による結界が解け、その奥にあった扉。

 その堅牢な扉には、ドアノブと、その下の鍵穴があり、またそれとは別にノブの上に魔法陣の描かれた四角い板が張り付いている。


 その扉は、おそらくいくつかの鍵が必要なものだった。


 鍵穴に入れる『鍵』がないことも問題だが、最悪、スライムで吹き飛ばすことは可能だろう。

 問題は、魔法陣……おそらくは魔法鍵のほうだ。


 書かれている魔法陣の内容は、非常に簡単なものだ。

 因子のオンオフの組み合わせによって解除する類いのものであり、魔力をどういう形で流し込むか、という問題だと思われる。


 生体認証そのものは、呪玉による結界解除と違ってついていないように見えた。


 だが、その魔法陣自体が、この世のものとは思えないほど精密だった。


 小指の爪の先ほどの、因子でオンオフする極小魔法陣が。

 最低でも300・・・・・・・は下らない・・・・・数が組み合って、手のひらサイズの魔法陣として構成されていたのである。


 ーーー無理だ、これ。


 正規の方法で、ゴーレムをウルズたちが押さえている間に、どころか、数年がかりで解除しなければならない遺産だ。


 イーサは、こんなモノを目にしたのが初めてで混乱していた。


 現代魔法など足元にも及ばない、正直どうやって作ったかすら分からない古代文明の遺産魔法。

 一体どれだけの叡智と繁栄を極めていたのか想像もつかない。


 扉自体にも魔導結界による保護が施されており、壁よりはおそらく突破が容易いだろうが、それでもスライムによって吹き飛ばすくらいしか手がないように思える。


 この因子魔法陣を解除出来れば、結界が消える可能性はあり、そうなればイフリートで溶かせるかもしれない。

 しかし、その因子魔法陣が解除出来ないのだ。


 ーーー何か、他に方法はないのか。


 魔法に限らず、あらゆる解決策はトライ&エラーによって導き出される。

 だが今、解除不可能なものにこだわり続ける時間はない。


 ふと横に目を向けると、例の穴があった。

 

 『緊急、侵入者、暴走。触るべからず。腕を焼かれる。』と書かれた、奥に魔導文字の見える穴。


 ーーーこれは、一体何の穴なんだ……?


 じっと注視するが、後半は間近で見ても読めないほどに字が薄れている。


 しかし前半は、また幾つかの文字が拾えた。

 イーサは古代文字の解読方法を思い出しながら、また別の部分を必死で読解する。


「緊急停止……侵入者排除装置、『オートマタ暴走』……触るべからず。אמת、の 「א」……「מת」……稼働が停止……」


 排除装置、稼働が停止。

 その文字列と続く文字を読んだ時、イーサはハッと気づいた。


 ーーーあの奥にあるのは、ゴーレムを稼働させる魔導文字……!?


 考えてみれば、ありえる話だった。

 あのカラクリが合体したゴーレムは、このダンジョンを守るためのもの。


 であれば、ダンジョン全体が、地下から吸い上げた魔力の流れがゴーレムと……カラクリと連動しており、弱点に当たる魔導文字が『ここ』にあるのだ。


 そこまで、イーサが察したところで、ウルズの鋭い声が響く。

 振り向くと、アルゴを抱いた彼女が飛びのいており……。


「ッイフリート!!」


 とっさに伏せて炎の精霊に自分を庇わせた瞬間、強烈な爆発が巻き起こった。


 近くにあったアルゴの【カバン玉】が吹き飛ばされそうになるのを、とっさに手で掴む。


 ゴーレムに目を戻すと、指向性の爆発が向かった先は、運悪くアルゴたちのいる方向……の斜め上の天井。

 余波でバラバラに吹き飛んだゴーレムの上半身が辺りに飛び散り、壁にめり込む。


 その一つが、運悪くウルズの背中を直撃して、彼女とアルゴを吹き飛ばした。


「ッウソだろ!?」


 倒れたまま動かない2人に、イーサはゴーレムの横をすり抜けて、慌てて駆け寄る。

 

「アルゴさん! ウルズ!!」


 声をかけると、ウルズがピクリと反応した。


「い、きてますぅ……」


 なんとか声が聞こえたものの、獣化が解除された彼女の背中には大きな傷が出来ており、血が流れていた。


「応急処置! サンドラ、手伝って!」


 同じように駆け寄って来たエルフィリアが止血に入り、もう片方の手で自分の【カバン玉】からポーションを取り出す。


「ウルズに飲ませて! イーサとオデッセイはアルゴのほう!」

「う、うス!」

「分かった!!」


 呼びかけても目覚めないアルゴを、オデッセイが慎重に抱えて、イーサは全身を観察した。


 後頭部にコブが出来ていて、体のあちこちには打ち身があり、服が破れている。

 しかし骨折などはなく、ウルズが庇ったおかげかほぼ無事だ。


 だが、頭はまずい。


「アルゴさん!!」


 目覚めなければ、最悪そのまま死ぬ可能性がある。


 口に手を当てると、息はあった。

 革鎧の留め金を外して、隙間から差し込んで胸を探ると、心臓も動いている。


 気休め程度にしかならないだろうが、とポーションを口から流し込むと、ゴホッ、と咳き込んでからアルゴがゆっくり目を開けた。


「ぐっ……!」

「アルゴさん! 良かった! 大丈夫スか!?」

「……ゴーレムは、どうなった……?」

「ぶっ壊れたっす! ほら、あ……」


 と振り向いて言いかけたイーサは、言葉を途切れさせた。


 壁にめり込んだり、床に飛び散ったゴーレムの破片。

 そこから、カラクリの腕や足が伸びて、透明な管を出してうねらせながら、残った下半身に這いずり寄って行く。


「まだ再生すんのかよ!?」

「イーサ……鍵は、解けたか……?」

「まだ起きあがっちゃダメスよ!」


 イーサは、奥歯を噛み締めながら周りの状況を見る。


 ウルズはアルゴよりも重傷で、エルフィリアは応急処置を終えて立ち上がっているが、サンドラは動けない。

 こちらも、イーサかオデッセイは動けない。


 エルフィリアとオデッセイのペアでは、再生したゴーレムは抑えきれない。


 なら、自分がやるしかない。


「アルゴさん、すいません……鍵は解けなかったス。でもーーーアレを止める方法は、分かったス」


 立ち上がったイーサは、アルゴに笑みを向ける。

 ゴーレムの再生は、予想以上に早く、ほぼ完全に元に戻っていた。


 スライムで吹き飛ばしたせいで、腕も頭も、やじりが抜けて完全な形で再生している。

 

「どうにか、アイツの相手をしながら、試してみるス」


 イーサは、アルゴの【カバン玉】……呪玉入りのそれを握り締めた。

 ゴーレムは、これを持っている相手を狙うのは、先ほど見ている。


 なんとかエルフィリアと連携を取って、引きつけながら……と考えていると。


「どんな方法だ……?」


 アルゴは、気絶していたとは思えないほど、力のこもった口調で問いかけて来た。


「多分、奴の弱点は、あの扉の横にある穴の向こうにあるんス」

「……どういうことだ?」

「ま、詳しい説明は省くスけど……思い出したんスよ。ゴーレムを稼働する時の魔導文字を」


 人間が作るゴーレムやオートマタは、体に刻まれた『emeth真理』の頭文字を消すことで『meth』にして稼働を止めることが出来る。


「その古代魔術文字の形が、『אמת』。……あの穴の向こうにあったのは、多分、その頭文字なんス」


 止めようとするものは、腕を焼かれる。

 その犠牲を払って止める以外に、もう方法はないだろう。


「だから、オレが……」

「いや。俺がやる。お前は、エルフィリアと一緒に……死なないように立ち回れ」


 アルゴは、オデッセイの抑える腕をどけて、体を起こした。


「でも、腕無くすかもしんないんスよ?」

「誰がやっても同じなら、俺がやる。ここまでお前らを付き合わせたのは、俺だ」


 アルゴは、ぐしゃりと髪を掻き上げた。


「腕一本で全員の命が買えるなら、安い買い物だろう」

「……腕を再生させるような魔法、それこそ勇者か神の奇跡くらいしかないスけど。最悪それが元で死ぬっす」

「俺は死なん。そして、命をかけているのはこの場の全員が同じだ。そして、俺の目的は、俺に一番意味のある目的だ」


 ニヤリを片頬を上げる笑みを浮かべながら、言葉を重ねる。




「だから、賭けるのは仲間の命ではなくーーー俺の命なんだよ」




 ーーーやっぱ、アルゴさんはカッケェなぁ。


 イーサは、その言葉に心が震えた。

 本当に、出会った時からまるで変わらない。


 それは悪い意味ではなく、自分の『芯』というものを持っていることへの憧憬。

 イーサにとって、初めて『この人みたいになりたい』と、憧れた相手だった。


「だが、押さえられるのか?」


 イーサは、そう問われて親指を立てる。


「当然スよw オレ、これでも武勇で鳴らしたトレメンス公爵家の次男坊スよ?w」


 一歩前に出たイーサは、脇に浮かぶイフリートを見上げる。


 ーーー久々だなぁ。まだ、オレとやってくれるか? イフリート。


 心の中で獣の顔をした炎の精霊に呼びかけると、肯定を示す波動が返ってくる。

 イーサは腰に手を伸ばすと、ローブの下から古ぼけた剣の柄と、赤い仮面を取り出した。


 刀身のないその剣は、イフリートとの契約に使った宝具だった。

 手首に嵌めた腕輪に釣った赤い呪玉を外して、その鍔の意匠に嵌め込む。


 すると、イフリートとの意思疎通がより明瞭になった。


 ーーー『再び剣を取るつもりになったか、我が契約者よ』。


「なったよ。この場面でらねぇなら、トレメンスの名を捨てなきゃいけなくなる。……ここは、そういう局面だ」


 赤い仮面で目元を覆いながら、イーサは答えた。


 トレメンス家、というよりは、自分たちが暮らすペンタメローネ王国に伝わる、貴族の剣技。


 精霊を己の身に宿して戦うその剣技は『舞闘』と呼ばれている。


 そして、剣技を収め、精霊との契約を交わしたイーサは、その使い手……『仮面舞闘士マスカブレード』の資格を得ていた。


 元々、魔導士を目指したのは、家を継ぐ兄と違う自分が生きるため、手に職をつけるのが理由だった。


 それもしばらく遊ぶための言い訳に過ぎなかったが、実際、剣の腕だけで生きては行けないし、舞闘士としての力は、門外不出。


 『守るための力』と言われ、国や家族、あるいは仕える相手の守護以外の理由で、宗主の許可なく振るうことは本来許されない。


 ーーーでも、アルゴさんはオレの支える主人スからね。


 一言足りとも、本人には言わないし、他の誰にも言わないが。

 イーサの忠義は、ただ1人、彼にだけ捧げている。


 チャキリ、と剣の柄を顔の前に右手で立てて、イーサは口を開いた。


「見てて下さいよ、アルゴさん。…… 《精霊憑依ポゼッション》!」


 その瞬間、ゴッ、と吹き上がる炎がイーサの体を覆う。


「ーーー我が身に宿れ、イフリィイイイイイイイトォオッッ!!」


※※※


 アルゴは、目を見張った。


 イフリートが炎の柱になったイーサに吸い込まれるように消え、その瞬間に炎がギュル、と凝縮してイーサの体に絡みつく。


 ローブの上に赤い鎧として現出し、美麗な金の意匠が施された手甲や足甲、胸当てに変化する。

 最後に角の生えたカブトが頭を覆い、剣の柄から炎が刃のように吹き出した。


 身に纏ったローブの裾が、腰に巻いたマントのようにはためく。


「どうスか? これでも、結構剣士としてもイケてる才能あるんスよ、オレw」


 カブトの奥からくぐもって響くイーサの声に、アルゴは軽く首を横に振った。


「お前には、いつも驚かされるな」

「奥の手は味方にも明かすな……ってのが、うちの家訓スからw」


 トレメンスの血筋である以上、アナスタシアやスオーチェラ同様にその力を持っていても、決しておかしくはない。

 だが、予測すらしていなかった。


「そうか。……だがやはり、お前は才能の使い方を間違えている気がするがな」

「オレにとって、これ以上有意義な使い方はねースよw じゃ、行ってくるス!」


 なぜかイーサに狙いを定めたゴーレムに対して、彼は前のめりに足を踏み込んだ。


「さすがにこの剣なら、傷くらいつくっしょ?」


 打ち付けられた拳を避け、イーサは炎刃をその手首に対して、華麗な動きで振り下ろす。


 刃は腕の金属を溶かして切り裂いたが……それまでより明らかに鈍いものの、それでもゴーレムは再生する。


 ーーー時間を稼いでくれている間に、やることをやらなければな。


 アルゴは、力が入らず崩れそうになる膝に手をつき、気合とともに立ち上がる。


 扉があるのは反対側だ。

 急がなければならない。


 大きく息を吐いて膝からアルゴが手を離すと、その腕をオデッセイが掴んだ。


「どうした?」

「強がるんじゃねーよ! フラついてんだろ? ……俺サマが連れて行く。武器もねーし、全員が出来ることやるもんだ! 仲間なんだったらな!」


 ヒゲモジャの顔でニッと笑みを浮かべる彼に、アルゴは驚いた。

 だが、すぐに納得してうなずく。


「そうだな。……なら、肩を貸してくれ」

「おうよ!!」

 


 

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