「大一番だ。死ぬなよ」

 

 オデッセイは、二人の超人と一人のエルフが、ゴーレムに一歩も引かない様子を見て、呑まれていた。


 ーーースゲェ。


 何であんな風に動けるのか。


 ウルズは獣人で、サンドラはエルフ。

 だから、自分とは違う……という言い訳は、出来ないこともない。


 だがエルフィリアは、同じ人間のはずだ。

 なのに、自分が彼女のようになれるビジョンは、全く見えなかった。


 ーーー俺サマは、凡人だ……。


 両手でウォーハンマーを握りしめ、オデッセイは顔を歪める。

 彼らに比べて、自分には何もないことを痛感していた。


 素質も、技量も、そして、おそらくは努力の総量も。

 何もかもが足りていないのだ。


 デカイ図体があっても、力だってウルズに決して及ばない。

 だからって頭の出来が良いかと言われりゃ、イーサやアルゴに比べりゃ無きに等しい程度。


 頭がおかしいんじゃねーか、と思うことは多かった。

 なんで奴らはあんな風に振る舞えるのか、まるで分からなかった。


 ーーーただの、街のチンピラ。


 本当なら、Sランクダンジョンに挑むような人間じゃないのだ。

 一人で来てたら、ダンジョンに辿り着くまでにくたばっている、その程度の、チンピラだ。


 ただ、アルゴに憧れて。

 努力らしきものを少ししただけで、強くなった気になって。


 身の程知らずにも、噛みつきに行って、たまたま運よく、それを認められただけ。


 ーーー俺サマは、何も出来ねぇ。


 一体、何のためについてきた。

 少しでも役に立てると、驕って……一体、何のために、自分は。


「オデッセイ」


 そこで、声が響いた。


 ハッと目を向けると、そこにはいつも通り落ち着いた様子のアルゴが、いた。


 片手に、ポーション瓶に入ったスライムを持って、もう片方の手に、ちぎり取った小さな干し肉の肉片を摘んでいる。


 自分よりもさらに、戦力的な面で言えば劣っている男。


 だが、紛れもない超人の資質をーーー揺らがぬ強靭なメンタルを持つ男が、真っ直ぐこっちを見ていた。


「やるぞ」


 彼の目には、いつも通りに迷いはなかった。

 はっきりと自分の為すべきことを、理解している目をしていた。


 そして、オデッセイの考えを読んだように、軽く片頬を上げて皮肉そうな笑みを浮かべる。


「どうした? ビビってるのか?」

「……当たり前だろうが」


 強がろうとすら、思わなかった。


「俺サマは、テメェらと違う。……ただのクソ雑魚だ」


 そんなオデッセイに、アルゴは表情を変えなかった。


「そうだな。だがまぁ、俺よりは頑丈だ。それに、その自覚があるところが、お前の良いところでもある」

「あ?」

「ビビるってのは、自分が出来ることを把握してるってことだろう?」


 アルゴはぐるりと首を回すと、ゴーレムに目を向ける。


「大胆さだけで、商売はやってられん。慎重さがなければ、ただの無謀で、大一番の勝負に負ける。……俺にもそいつは、欠けてたもんだ」


 だからハメられ、今ここにいる。と、アルゴは淡々と告げる。


「誰だって最初は雑魚だ。だから成り上がるんだろ? ……一緒にやろうぜ」


 一緒に。

 彼の口にした言葉を聞いて、オデッセイは、自分の体に力が戻るのを感じた。


 アルゴは、まだ、出来ることがある、と言っているのだ。

 こんな自分でも、まだ。


 彼から告げられるその言葉は、オデッセイにとって、何よりも応える価値のある言葉だった。


 この男に追いつくために、そして役に立つために、ここまでついてきたのだから。


「……俺サマは、何をすりゃいい!?」

「決まってるだろうが。コイツを、あのデカブツに突っ込むんだよ」


 そう言って、アルゴは手にしたポーション瓶を振った。


「俺を守れ。ブチ込んだら、俺たちの勝ちだ」


 オデッセイは、その言葉にニヤッと笑った。


「乗ったァ!」

「よし、なら行くぞ」

「おおよ!」


 オデッセイは、ウォーハンマーを握り直して、ゴーレムを見た。


 怖さは消えない。

 気勢を上げたところで、アレに一発貰ったらぶっ飛ばされる程度の実力しかないことに変わりはない。


 それでも、出来ることを最大限、やるのだ。


 幸い図体はデカい。

 体も生まれつき頑丈なほうだ。


 もしアルゴが狙われたら、一回くらいは、死なないように盾になることくらいは、出来る。


 その頭を、ウルズが叩き落とし、エルフィリアが切り裂き、サンドラが矢を打ち込む。


「大一番だ。死ぬなよ」


 一瞬、ゴーレムの動きが止まった瞬間、アルゴが走り出した。


※※※


 アルゴは、ただ一点だけを見つめていた。


 エルフィリアが切り裂き、中身が見えたゴーレムの首の隙間。


 その首は完全には落ち切っておらず、ぶらん、と垂れた頭にある無機質な目が、こちらに向いた気がした。


「ッ」


 前線に立つ連中に比べれば、あまりにも遅い自分の動きに舌打ちしながら、アルゴはポーション瓶の口を塞ぐコルクの頭を、軽く指で押さえる。


「〝解〟」


 イーサが書いた『密封』の魔導文字が効力を失ったところで、増強剤の効果で力が増している指で挟んで、コルクを引き抜いた。


「ウルズさん! 腕!」


 そこでゴーレムが再び動きを見せると、サンドラが声を上げる。


「邪魔を、するんじゃねーですよ!!」


 彼女の声に答えて、着地したウルズが即座に跳ね、ゴーレムが振り回そうとした右腕に体当たりをかました。


 残心を終え、振り向いたエルフィリアが、続け様に姿を消す。


「痛みがない、ってのは、厄介だよね……!」


 言いながら、彼女が再び姿を見せると、体を支える片方の足が半分ほど断たれ、ゴーレムがグラリとかしいだ。


 それでも、本能なのか何らかの理由があるのか、突っ込むアルゴに向かって矢が挟まって動きがぎこちなくなった左腕をこちらに伸ばして来るのを。


「往生際が、悪いんだよ!!」


 アルゴの前に飛び出して、オデッセイがウォーハンマーをその手のひらに叩きつけると、そのまま押し込もうとする。

 しかしウルズに比べて力が足りず、グッとゴーレムの指が曲がり、その体を握り潰そうとした。


「オデッセイ!」

「ぐ、ぉ!!」

 

 本当にギリギリのところで、オデッセイがウォーハンマーから手を離して床に転げるように身を低くして難を逃れる。


 ウォーハンマーが握り潰されたが、腕の動きも止まった。


 アルゴを遮るものは、もう、何もない。


「ーーー!」


 息を詰め、ポーションの口に干し肉を放り込む。

 そして再び指先で、押し潰すようにコルクを締めると……目の前の傷口に、瓶を叩き込んだ。


「全員、離れろ!!」


 アルゴは、ゴーレムの体にぶち当たって自分の動きを止めると、両手で思い切り押して後ろに向かって勢いよく下がる。


 降り向こう、とした瞬間、巨大な獣の姿になっているウルズに、横なぎに拐われた。


「伏せるです!!」


 急速に離れるゴーレムの足元から、慌ててオデッセイがアルゴたちとは反対側に向かって駆け抜けて行き、エルフィリアが近づいて、その体を床に押さえつける。


 サンドラも壁際ギリギリの位置で、大きく身を伏せた。


 ーーーイーサ。


 最後の一人に目を向けると、鍵の解除を狙っていた彼も、イフリートを盾にして床にべったりと伏せている。


 ゴーレムが、首と足の傷を再生させながら、直立した瞬間ーーー。




 ーーー凄まじい爆光が、その首元から溢れ出した。



 

 アルゴの視界は、自分を抱きしめて覆い被さるウルズによって塞がれる。


 轟音。


 床に伏せたはずの体が、ウルズごと宙を舞って壁際に向けて吹き飛ばされ……後頭部に凄まじい衝撃を感じたアルゴは、そのまま意識を失った。

 

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