「『雷迅の戦団』が一刀、エルフィリア・マ。……推して参る」

 

「へぇ、やるねー」


 エルフィリアは、ゴーレムを吹き飛ばして吼えたウルズを見て、舌なめずりをする。


 ーーーああ、ダメだなぁ。仲間と戦いたくなるのは良くないよー。


 手合わせならともかく、死合いをするわけにはいかない。

 それが自分の望みに近づく手段だとしても、強き者は生きていてもらって、お互いに高めあわなければ。


 ーーーウルズが気合を見せたんだから、ボクも、一つくらい見せ場を作らないとねー。


 エルフィリアは、大太刀を鞘に納めた。

 そして深く腰を落とし、半身に構える。


 今日の目的は、ウルズと戦りあうことではなく、目の前の、ゴーレムだ。


 アルゴらには言っていないが。

 このダンジョンを最初にここまで攻略したのは、エルフィリアの所属する魔物狩りパーティーだった。


 まだ、大した実績はないが、強いと称えられて調子に乗っていた頃のことだ。


 だから、実は全部知っていた。

 アルゴたちと違って、エルフィリアのパーティーは呪玉を砕く選択をしたのだが、それ以外の流れは全て同じ。


 その前に『ぱすわーど』を解こうとして、弾かれた経験もーーーここの、話なのだ。


 ーーー今度こそ、負けない。


 このゴーレムになす術もなくやぶれた時から、エルフィリアの心の底には、トゲが刺さっていた。


 後にも先にも、魔物を逃したことはあっても、負けたのはここでの一回だけだ。


 パーティーとしてのおごりを折られ。

 仲間を失いかける経験をしてから、エルフィリアたちは変わった。


 その後、分を越えないように努めたがゆえに、今がある。


 なので、ある意味では成長したと言えるが……負けた相手をそのままにしていた、という事実は、心の中から消えていなかったのだ。



 ーーーボクはね、もう一度挑みたいと思ってたんだ。



 他のパーティーメンバーがどう考えているかは知らない。

 これは、エルフィリア個人のこだわりだった。


 負けたままで終わるわけにはいかない、と、ずっと思っていた。


 だから、鍛錬は欠かさなかった。

 そもそもエルフィリアが冒険者になったのは、強さを極めるためだった。


 志の在り様とは、己を定めるものだ。


 エルフィリアには、この世で一番強いと思った相手がいる。

 負け越さず、というのは、その、東方のサムライである女師匠の流派……『羅刹斬魔流』が、掲げる理念でもある。


 ーーーヴィラン御師おんし。流派に塗った汚名、ここに返上致します。


 『流派を継ぐならば〝我ニ、断テヌモノナシ〟と心得よ』


 かつて大魔王の島を訪れ、そこで夫と共に異国であるこの地に根付き。

 温泉村という村を作った女傑は、そう言った。


 唯一、自身が断てなかった目の前のゴーレムに、ただ一太刀。

 そのために、再びこの場を訪れたのだから。


「『雷迅の戦団ライトニング・アサルト』が一刀、エルフィリア・マ。……推して参る」


 アルゴの狙いと赴く場所を聞いた時、エルフィリアは。

 己の雪辱を晴らす機会を得たと思うと同時に、天命を感じた。


 彼の持つ強靭な精神と信念は、おそらくはこの世で最強の『盾』となるだろう。


 人を包む大きな器を持つ、天性の守護者の気質を備えたアルゴは、やがては巨大な力とそれを扱う流れを作り出し、多くの者に多大な恩恵をもたらすようになるに違いない。


 エルフィリアは、それを肌で感じた。


 しかし同時にその盾は『強大な力』に相対するには、今は、あまりにも脆弱だった。

 

 ーーーだから、ボクが矛になる。


 最強を継ぐことを志した自分が、未だ未完成の〝最強の盾〟の為に、道を切り開くのだ。


 〝最強の矛〟として。

 お互いいずれ、最強に至る矛盾が相対するのではなく、手を組んでいれば。

 

 ーーーこの世に、敵はいなくなるよね。


 居合の構えのまま、エルフィリアは『斬』に特化した魔力を、鞘内の刃に込める。


 かつては一切、が立たず。

 尻尾を巻いて逃げ帰るしかなかった相手に……今度こそ、勝つ。


「羅刹斬魔流・斬威の系……」


 音もなく、エルフィリアはすり足に似た足運びで、地をはしる。

 ゴーレムを吹き飛ばしたウルズの脇をすり抜け、その腕を狙う。

 

 鞘走りの、その軌跡すらも目に捉えられぬほどの速さをイメージする。

 己を、斬の一意そのものとして、エルフィリアは。




「ーーー〝朧一閃オボロイッセン〟」



 

 大太刀を振るい、ゴーレムの背後に至り、残心する。


 ウルズを動とするのなら。

 エルフィリアが目指しているのは、静の極み。


 音も。

 衝撃も。

 斬られたという、相手の意識すら置き去りにし。


 気付けば死んでいる、そんな極地を目指して、鍛えた己の手に……大きく右に広げた大太刀に、手応えはなかった。


 しかし、今までで最も鋭く、研ぎ澄まされた一撃を放った自覚があった。


「……我ニ、断テヌモノナシ」


 呟くと同時に、キン、と背後で音が立つ。

 剣を鞘に収めながら振り向くと、ウルズとお互いに弾きあって脇を開いていたゴーレムの腕が、斜めにずるりとズレる。


 細かい金属が擦り合わされる耳障りな甲高い音と、重いものが落ちる重低音を同時に立てて、その腕が床に落ちた。


 意志なく成長しないカラクリ人形如きに、いつまでも遅れを取りはしない。

 エルフィリアは己の刀が生み出した結果に満足し、薄く笑みを浮かべた。


「前の借りは、これで返したよ?」

 

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