「ーーー『煉竜傭兵団』切込隊長の名は、安くないんですよォッ!!」

 

 ウルズは、全身に力を込めた。


 受け止めたゴーレムの拳は重く、どうにか受け止めたものの、二発三発と受ければジリ貧になる。


 バチバチと、キノコの効果で得た電撃が相手の表面を這って弾ける。

 あまり効いてはいない様だが、ゴーレムは一度、腕を引いた。


 体勢を立て直して、次撃を叩きつけてくるつもりだろう。


 しかし。


 ーーーご主人様のためにも、ここで負けるわけにはいきませんっ!!


 アルゴはこんなところで死んでいい人どころか、たかだかSランクダンジョン|程度(・・)の難易度で止まってもらっては困る人だ。


 ウルズは、本気でそう思っていた。


 最初出会った時は、正直アルゴを、危険な雰囲気を備えた、色気のある顔を持つ『ただの食事を提供してくれる人』としか思っていなかった。


 道で迷子になっていたのは本当だが、今は、彼に従う理由がある。


 別にウルズは、元いた傭兵団が嫌いなわけでもなければ、所属を外れているわけでもない。

 むしろ逆に、皆と一緒に居られるのならいつまでも一緒にいたいと思っていた。


 今、ウルズは長期の休暇中だ。

 ただしそれは、終わるあてのない休暇でもあった。


 全ては、この国と隣国の戦争が終わったことに端を発していた。

 ウルズを含む所属員の半数に、団長が休みを取らせた理由は、薄々気づいている。


 金が、なくなるからだ。


 全員を一ヶ所に集めていると、傭兵団を維持することすら出来なくなる。


 戦争で名を馳せた傭兵団の今は、そういう状況だった。


 終結してすぐに傭兵団を解雇したこの国を、責めるつもりはない。

 疲弊した国力では、戦力として巨大ではあるが、同時に維持費のかかる傭兵団を雇い続ける余裕がないのだろう、というのは容易に想像がつくからだ。


 勝ったわけでもなく、戦争は引き分け。

 つまり敵から奪い取れるものもない中で、それでも報酬を支払ってくれたからこそ、ウルズが所属している傭兵団はまだ存続している。


 だが、このままでは次の戦争が……それも大規模な戦争がどこかで起こらなければ、解散するしかなくなるだろう。


 魔物狩りをする手もあったが、傭兵ギルドに所属している者が依頼を受けたり野良の魔物を狩っても、正当な報酬が支払われることは少なかった。


 団長としても、苦渋の決断だったのだと、ウルズは思う。


 竜やそれを世話する竜騎士、一人で放り出してどうにか生きていけるだけの力がない者を、外に出すわけにはいかない。


 だから、団長は。

 ウルズたちを、算段が立つまで外に出すしかなかったのだ。


 あの人が休暇を言い渡した時の顔は、ウルズを彼に預けた時の、両親の悲しそうなものと同じだった。


 専門の傭兵は。

 元々農民であっても貴族であっても、あるいは実家がどのような職を持っていようとも、次男坊や三男坊が多い。


 もしくは、食い扶持を減らすためにと家を出された、兄弟姉妹の末に近い女たちだ。


 ウルズも、その類いだった。

 

 獣人を取り巻く状況は、ただの人間よりもさらに厳しい。

 強い力を持ってはいても数で人間たちに敵わず、住処を追われたり、狩場を失ったり……あるいは『服従』を強いる装備で奴隷とされたり。


 そうした状況の中で、団長に預けられて鍛えられたウルズは、それでも幸運だった。

 相当高位の傭兵や魔物狩りでなければ相手にもならないくらい、強くしてもらえたのだから。

 

 ーーーどうにかしてあげたい、とは、思っていたのです。


 しかしウルズには、自分が食い繋ぐことは出来ても、多くの金を稼ぐ手段を考える頭はなかった。


 そんな中で、出会ったのがアルゴだったのだ。


 冒険者ギルド構想、というのが、どういうものか分からなかったけど。

 

 不遇をかこつ者に、平等にチャンスを得られる場所を作る、と彼は言った。


 そして、その言葉通りに……彼は優しかった。


 ウルズのことを何も、素性も性格も、どれだけ強いかも知らないのに。

 そんな暮らしをするな、と守ろうとしてくれて、働く手段を与えてくれた。


 たくさんのご飯も、食べさせてくれると約束してくれた。



 『ーーー俺の望みには、俺にとって、俺の命を賭けるだけの価値があるんだ』、と。



 皮肉そうに笑いながら、その根底に他者への想いを抱え、スオーチェラ夫人の様な権力者にも、臆することなく堂々と応えた。


 それに、ウルズは感動したのだ。


 アルゴは本気だと、思った。

 そして彼の本気が、現実になれば。


 傭兵ギルドの搾取もない、商会ギルドにボられることもない、魔物狩りギルドに倒した魔物を買い叩かれることもない……〝冒険者〟という存在を、作り出してくれれば。



 ーーー傭兵団の皆も、戦争みたいな不毛なものを、求めなくても、生きられるんです!!



 だからウルズは、アルゴに協力しようと決めたのだ。

 

 そこに、希望の光を見たから。

 だから、彼が望むなら、全力で応えるのだ。



「アォオオオオオォーーーーッ!!!」



 再びゴーレムがその拳を振り下ろす前に、ウルズは遠吠えを上げた。


 全身から練気を放つと、周りの空気が震え、全身を走る電撃がビリビリと勢いを増す。

 メキメキと全身が音を立てて、膨れ上がる。


 〝狂躁獣化(きょうそうじゅうか)〟と呼ばれる、獣人が持つ固有の能力である。

 

 ウルズの形態は、人狼。


 肥大する体によって服が引きちぎれ、軽装鎧が弾け飛ぶ。

 両手両足の先だけではなく、肩や腿も発達し、ざわざわと全身を純白で硬質な毛皮が覆い、メキメキと犬歯が発達する。


 髪が顔の周りを覆い始めた毛皮と同質化し、鬣(たてがみ)となって大きく伸びた尾まで流れる。

 

 〝暴食の銀狼〟ウルズ・ヴェルダンディは。


 その本性を表して、再び振り下ろされた拳に合わせて、真正面から撃ち放った自分の拳を叩きつけた。


 拮抗した力とともに、衝撃波と電撃が、辺りに舞い散る。


『ーーー』

「アァアアアアアアアッッ!!」


 拳を押し戻したウルズは、ゴーレムとお互いに反発するように後退し……どうにか、踏み止まった。


「たかが、カラクリ如きに負けてやれるほど……!!」


 反った上体を、無理やり前に引き戻して、前傾姿勢になる。

 易々と吹き飛ばされて、他に目を向けさせる訳にはいかないのだ。


「ーーー『|煉竜傭兵団(ヴォルカニック・ドライヴ)』切込隊長の名は、安くないんですよォッ!!」

 

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