「イーサ。ウルズとエルフィリアが抑えている間に、その扉の鍵を解けるか!?」 「やってみるっス!」


 顔をチリチリと焼く熱気を、前に腕をかざしてやり過ごしたアルゴは。


 天井を黒く焼く、炎の中にいる敵をジッと注視した。

 

 ーーー動いているな。


「やれてないっスね」


 アルゴの思考に呼応するように、こちらから見てゴーレムの左手側にいるイーサが、珍しく厳しい表情を浮かべて髪を掻き上げる。


 動き始めたゴーレムが、再顕現したイフリートに腕を伸ばすのに、指先を動かして引かせた。


 ゴーレムは、元になったカラクリと違い、炎にまで耐性を持ったようだ。

 赤く熱を持った全身から煙は上げているものの、特に壊れた様子もなく滑らかに動いている。


 アルゴ、軽く崩したオールバックに両手の指を通した。


 ーーー考えろ。


 あのゴーレムには、ざらりとした危険の気配がする。

 そう……荷運びの馬車が行方知れずになったと聞いた時に感じた、ヤバい気配が。


 任せっきりの勢いだけで、どうにかなる相手ではない。


 ーーー慎重になれ、アルゴ。いつも以上に大胆に、今まで以上に研ぎ澄まして思考しろ。


 今掛かっているのは、自分の命だけではない。

 ここまで付き合ってくれた連中が、下手を踏めば死ぬ。


 あり得ん。


 ーーーー突破口を、嗅ぎつけろ。


 戦闘に関しては、アルゴに出来ることはない。

 自分に出来るのは、思考し、解答を見つけ、そして実践することだ。


 ハッタリと度胸、そして、少しだけ小賢しく回るこの頭以外に、自分に備わったものなどないのだから。


 そこで、ゴーレムが動いた。


 ウルズが真正面に、エルフィリアが遊撃として補助に回っている。

 イーサは後ろに下がりながら、おそらくはイフリートで再度仕掛ける機会を伺っていた。


 オデッセイはアルゴに追従しており、緊張した顔で槌を構えている。

 サンドラは、こちらに慎重に回り込みながら近づいて来ていた。


「イーサ。ウルズとエルフィリアが抑えている間に、その扉の鍵を解けるか!?」

「やってみるっス!」

「十分に警戒しろ! 解けなくてもいい、襲われそうになったら逃げろ!」


 イーサは薄く笑みを浮かべると、パチリと片目を閉じはしたが返事をしなかった。


 しかし、そちらばかりを気にしている余裕はない。


 実際に目の前に立っているのはウルズであり、次に危険なのはエルフィリアである。


 二人は元々戦士……それも、最上級の戦士ゆえに、戦い方などに口を出すのは愚策だ。


「ウルズ、エルフィリア。出来る限り、死なないように立ち回れ。有効打がなくてもいい。無茶をするな」

「はい!」

「アルゴが『無茶するな』っていうの、凄くおかしいね!」


 ーーー分かっている。


 しかし、言わないわけにはいかなかった。


 突破口を得るには、現状ではどうしたところで情報が足りないのだ。

 だが今回、危険を冒すのは自分ではなく、仲間たち。


 ーーーせめて奴の中に、スライム入りの瓶を放り込める隙間さえあれば。


 アルゴは、ギリ、と奥歯を噛み締めた。


 それがおそらくは、最大の解決法だ。

 敵も有効ではなかったが、装甲が灼熱したように、一切のダメージがない訳ではない。


 ならば、スライムの爆発力は確実に効果があるはずなのだ。


 だが中に放り込もうにも、相手は絡み合って隙間なくギチギチの体である。

 コレは外で炸裂させ、方向を間違って誰かに命中すれば確実に殺してしまう、諸刃の剣だ。


 アルゴは、側に来たサンドラに声を掛ける。


「サンドラ。あれの弱点はどこか、分かるか?」


 ゴーレムの知識があるのなら、と期待したが、彼女は難しそうな顔で答えた。


「本来なら、ゴーレムには、体のどこかに動かすための魔法の文字が刻まれているはずだ」

「それが弱点か」

「通常のゴーレムであればな。だが、見る限り外からは見えん。もし内側に秘めているのなら……」

「……外から何かを仕掛けるのは難しい、ということか」


 やはり、スライムで内側から破壊する方法を探るしかないようだ。

 その文字とやらを吹き飛ばせれば、勝てる。


「……文字があるかどうかすら、分からんぞ。あれはカラクリの集合体だろう? 別の原理で動いている可能性も高い」

「だが、そこは賭けてみるしかない部分だろう」

「確かにな……」


 サンドラは、疑わしそうな表情を晴らさなかった。

 これ以上は討論しても、実際にやってみることでしか答えは分からない。


「アレの装甲の隙間に、無駄でもいいから矢を射てくれ。カラクリならば、もしかしたら動きを鈍らせることが出来る可能性は0ではない」

「分かった」


 サンドラが弓に矢を番えて、またこちらから離れていく。


「……俺サマは?」

「まだ待て。……正直、俺たちはこの局面で、先頭の役には立たん」

「……だよな」


 歯痒そうな顔でオデッセイが、槌を持って前に出る。


「ならせいぜい、テメェに害が及ばねぇように勤めさせてもらうさ。……考えつけよ、アレの突破方法を」

「ああ」


 ゴーレムは、獲物をどれにするか品定めしているかのように、頭を巡らせる。


 意識を向けられないよう、ジリジリとイーサが奥の扉に近づいていく間に、ゴーレムは頭を止めて、正面のウルズを捉えた。


「ウルズ。……本当に、やれるか?」

「ご主人様。あんまり、私をナメたらダメですよー! 甘くないので!」


 ゴン! と拳を打ち合わせたウルズは、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。


 その瞬間、ゴーレムがゴッ! と床を蹴って、彼女に対して仕掛けた。

 ウルズの小さな体躯の、半分ほどもある巨大な拳を振り下ろされ……ウルズがそれを、〝獣化〟した両腕を交差して受ける。


 踏ん張った足が、ズズ、と滑り、押し込まれそうになっていた。


「ウルズ!」

「倒す、のは難しそうですし、ちょっと……姿と、服が、残念なことになりますけど……ご主人様、許して下さいね!!」


 ウルズは、大きく牙を剥いて、グルルルル……と喉を鳴らした。

 

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