「いや、まさか雲を吹き飛ばすほどの威力だとは……」 「直撃しなければ、どうということもないだろう」
それから、アルゴは幾らかスライムの生態を把握する作業を始めた。
まずは肉をなるべく遠くに投げ込んで、実際に泥のような捕食形態に移行したシミュレイト・スライムの爆発がどの程度なのか見てみることにする。
「オデッセイ。とりあえず、|体力増強薬(バッカス・ドープ)を飲んで肉を投げろ」
「何でオレ様が協力しなきゃいけねーんだよ!?」
「ここを通るためには、ある程度性質を把握する必要があるだろうが」
採取を行うためだけに、それを見極めようとしている訳ではない。
そう告げると、オデッセイは目をまたたいた。
「……通る!?」
「最初の目的だろうが」
「いやそりゃ分かるがーーーどうやって通るってんだ!?」
「予測通りなら、一つ手がある。良いからやれ」
どこか納得いかなそうな顔をしつつも、全員が少し離れた草の陰に隠れたところで、オデッセイが言われた通りに全力で肉を放る。
かなり遠く、スライムの体らしき地面の真ん中辺りに肉が落ちると、少しして、ぞぞぞ、と地面が波打った。
やがて汚泥に濁った沼に似た姿へと、ブヨブヨと姿を変えていく。
「なるほど。確かに沼だな」
「どんだけ呑気なんだよ……! 動き出してこっちまで来たらどうする気だ……!!」
「逃げればいいだろう」
似合いもしない小さな声で、しつこく文句を言ってくるオデッセイにそう答えながらも、アルゴはスライムを観察する。
肉を呑み込む速度は、さほど早くない。
うみょうみょと、徐々に沈んでいく肉が、完全に飲み込まれたところで。
ーーー凄まじい轟音が響き渡り、天に向かって光の柱が吹き上がった。
「……ふむ」
キィィン……と生まれた不愉快な耳鳴りを、トントン、と耳を叩いていなしつつ、アルゴは吹き荒れた爆風に目を細めて耐える。
「爆発の威力そのものは、横には広がらんようだな」
それに、全てを呑み込むまでは爆発しないようだ。
耳鳴りが収まっても、スライムはそのままの姿で蠢いている。
自分の爆発では硬化しないらしい。
「呑気なこと言ってる場合か!? 雲が爆発に貫かれて消えてるじゃねーか!? どんな威力だよ!?」
空を見ると、確かに薄くかかっていた雲に丸い穴が空いており、爆音と爆風に驚いたらしい、鳥だか飛行型の魔物だかが、ギャァギャァと騒がしく空に飛び立っていた。
「……ボク思うんだけど、あんな威力で吹き飛ばしたら、肉自体が消えるんじゃ?」
「勿体ないですねー。お腹空いてきました!!」
「飛び散らせないために、完全に呑み込んでから爆裂してんじゃないスかw んで、そこまで粉々に砕いたモノしか、溶かせないとかwww」
「瓶が溶かせない程度の消化能力しかないのは、あり得るな」
それは朗報だ、とアルゴがイーサらの言葉に頷くと、オデッセイとサンドラが顔を見合わせる。
「……あれを見て、そんな感想がこいつらの頭の中はどうなっているんだ?」
「テメェも『対処法が気になる』とか言って煽っただろうが!?」
「いや、まさか雲を吹き飛ばすほどの威力だとは……」
「直撃しなければ、どうということもないだろう」
爆風は多少厄介だが、爆発前に採取すればいい。
「それに、思ったよりは巨大な音じゃなかった。なぁ、イーサ」
アルゴが声をかけると、イーサがヘラヘラと頷いた。
「そっスねw 昔、祭りの花火の実験した時ほどヤバくねースw あん時は、鼓膜破れるかと思ったんでwww」
あの時は、教会のステンドグラスが衝撃で割れたせいで、危うく戦級異端審問官を差し向けられるところだったのだ。
莫大なお布施、という名の金で解決したが、それを思えば大した音ではない。
「祭りの花火の実験……あの『爆発音事件』ってテメェらの仕業だったのか!?」
「花火と言っても、別に爆発そのものは大したことのない、派手な音を立てるだけのものだったがな」
実際、音で割れるようなもの以外の被害はなかったのだ。
「盛り上がるかと思ったんだが、大きくし過ぎた。あれは失敗だったな」
言いながらアルゴは、先ほどオデッセイが飲んで空になった|体力増強薬(バッカス・ドープ)の瓶とヘラを手にして、スライムに近づいていく。
「おいおいおい!!」
オデッセイの制止を無視して、スライムの間近まで行ったアルゴは、遠目には沼にしか見えないが、茶色いだけでスライムらしく体が透き通っているのを確認した。
そして、なるべく土などの不純物が混じらない辺りにヘラを差し込み、持ち上げる。
思ったよりも楽に、どろりと持ち上がって本体から離れたそれを、瓶の口から慎重に流し込んだ。
瓶の周りに付着したものをヘラで払い、さらに同じ作業を繰り返す。
スライムは、全く爆発する気配も見せず、地面に振り落とした飛沫はウゾウゾと本体の方に戻っていく。
それ以外には、全く何の反応もない。
瓶詰めが一個完成すると、布で周りを丁寧に拭き取り、さらにアルゴは別の空瓶を取り出して作業を進めた。
作業中に一度硬化したので、一度足で踏んでどの程度の長さで液体化するかを計る。
その後、また肉を放り込んで爆発させて元の粘体に戻し、今度はイーサも連れて、ひたすら作業を続けること一時間。
「見てる方の心臓に悪すぎます……!!」
「あ、あいつら、何でミスらねーんだ……!?」
「凄い集中力と度胸だよね……命あっての物種なんじゃなかったっけ?」
「奴らは本当に人間か?」
そんな言葉を聞きながら、【カバン玉】にありったけの瓶詰めスライムを作り出したアルゴは、満足して立ち上がる。
「なんか、さっきからめちゃくちゃ失礼なこと言われてるスよwww」
「いつもの事だろう」
聞き慣れた言葉ばかりである。
「よし、後はお前とオデッセイの出番だな」
「オレ様が何だって!?」
「その馬鹿でかい声で、コイツを硬化させて、その間に上を駆け抜ける。状況から見て、硬直が解除されるタイミングさえ見計らえば、上を通っても何の問題もなさそうだ」
多分、獲物を真ん中までおびき寄せるためのなのだろうが、踏んですぐに粘体化する訳ではない。
さらに、硬化状態から一気に粘体化する訳でもなく、速度自体はゆっくりしたものだ。
「オデッセイの大声を、イーサが花火の音を上げるために作り出した
こちらの耳を守るのは、音を遮断する
「行くぞ」
アルゴの狙い通り。
オデッセイの馬鹿デカい声で増幅された音で、シミュレイト・スライムが硬化状態になったので、その上をあっさり通り抜けることが出来た。
「思った以上に簡単だったな。そして素晴らしい収穫があった」
「なんか、全然納得いかねぇ……!!!」
オデッセイは、最後の最後までそう文句を垂れていたが、アルゴはそれを鼻で笑う。
「その感覚を持ち続けられるのが、お前の良いところでもあり、頭の固いところでもある」
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