「あ、なるほど。ふふん、オレ、分かったスよwww」 「何がだ?」

  

 死霊の森を抜けた後。


 改めて先頭に立ったサンドラが、太陽が中天に上がった頃合いにピタリと足を止めた。


「む? これは……」


 汗を拭いながらそう告げる彼女の言葉に、アルゴは前に目を向ける。


 すると、進む先は少し視界がひらけていた。


 そちらの地面は泥が固まったような粘土質の地面で、下生えの草がその周りにまばらに点在している。

 周りの木々は、木が生えていない中心に向かって少し傾いているようだが……。


 アルゴは、一見して特に不自然さは感じなかった。


「巨大な魔物が、この辺りの木々を薙ぎ倒した……とかか?」

「可能性はあるが、違和感を感じているのはそれが理由ではない」

「では何が気になる?」

「地形と地質がおかしいことだ」


 違和感に対して警戒心を覚えるのは、決して悪いことではない。


 アルゴは、軽く崩したオールバックの髪に、軽く両手の指を通した。

 森を歩くうちに髪についていたらしい枯葉がパキリと音を立てて割れ、指の隙間から落ちる。


 景色の違和感は、見た目からは感じ取れないが……鼻につく魔物の臭いが、微かに漂っているような気はした。


「ん〜……何だろ。凄くボクのカンも変な感じだって言ってるねー。サンドラの言う通り、土の質が、今まで歩いて来たところと違いすぎるかなー?」


 エルフィリアが、腕を組んでアゴに指を添えつつ首を傾げた。


「でもダンジョン近くって、結構、こういうことあるんじゃない? 高位の魔物が放つ瘴気の影響で、奇妙な場所が生まれるっていうか。死霊の森にしても似たようなものでしょ?」


 するとサンドラは首を横に振り、彼女の問いかけを否定した。


「たしかにそうした事は多いですが、この辺りは沼が出来るほどの雨は降りません。それに……おそらくあれらの下生えは、地面から生えているわけではない、と思います」

「地面から生えてない……?」


 すると膝に両手をついて地面を観察していたオデッセイも、何かに気づいたように声を上げた。


「周りの草が、地面に埋まってるように見えるな!!」

「……埋まってる、だと?」


 アルゴは、彼が指さした辺りの草を詳細に観察する。


 知っている種類のものを記憶と比べてみると、確かに根元の色が違ったり、丈が、葉の大きさに対して足りていないように見えた。


「ん〜……私も、なんか嫌な臭いを感じますね!!」


 クンクン、と鼻を鳴らすウルズが、むむむ、と眉根を寄せる。

 彼女はアルゴよりさらに鼻が利くので、どこからその臭いが漂ってくるのか、も理解したようだった。


「地面から、魔物の臭いがする、ような?」

「……!? なるほど、そういうことか!」

「サンドラ。何か心当たりがあるのか?」


 アルゴは、彼女の口調と緊張し始めた様子から、そう問いかけると、先にイーサがポン、と手を打った。


「あ、なるほど。ふふん、オレ、分かったスよwww」

「言ってみろ」


 アルゴが促すと、イーサはピッと指を立てながら、片目を閉じた。


「ふふん、これ、オレめっちゃ自信あるんスけどーーーサンドラさん。違和感の正体は〝シミュレイト・スライム〟じゃないスか?www」

「……多分、正解だ」

「ビンゴォオ!!w」


 サンドラの言葉に、ウェーイ! とイーサが指を鳴らすが、彼女の表情は晴れない。

 それどころか、名前を聞いてエルフィリアとウルズの強戦士ズも顔色を変えた。


「シミュレイト・スライム!?!?」

「へぇ……ボクも、実物を見るのは初めてだね」


 二人の反応からすると、どうやらそのスライムとやらは、そこそこ高位の魔物らしい。

 だが、アルゴは聞いたことがなかった。


「イーサ。その魔物は何だ? 魔物素材としても、名前を聞いたことがないが」


 スライム系の素材は、大きく魔術薬系の媒介、接着剤、もしくは衝撃吸収材に使用されるはずだが、その中に『シミュレイト・スライム』の名を冠した魔物の素材は、記憶にある限りなかったはずだ。


「ん〜……まぁ、多分コレをそのままの名前で、素材として聞いたことはないと思うスけど。別名は知ってるんじゃないスかねwww」

「別名?」


 アルゴの問いかけに、イーサはアッサリと応えた。


「この魔物は、中々お取り扱いもしねーどころか、そもそもランク分けされるほど目撃情報のある魔物でもねースね。……〝征服されざるアーティファクト〟とか〝討ち滅ぼす光〟とかの異名、聞いたことねースか?w」


 彼の言葉に、アルゴはカッと目を見開いた。


 それは確かに、あまりにも有名で、かつ聞いたことがあった。

 いわゆる伝説級の、魔法や攻撃をほぼ完全に防ぐ防具を作り出す際の素材だったり、あまりの威力に使用場所を制限されている類の魔導具の異名だ。


 凄まじく、高価な魔物素材である。


抗衝断魔重硬石アダマンタイトと、硝酸脱水縮合爆液ディナマイトの原材料なのか……!? そのスライムが……!?」

「結構、上の方に位置する秘密スすけど……まぁそんなに隠されてるってわけでもねース。取り扱いにキチンと精通してる人なら、まずそもそもコイツに近寄らないんスよねwww」

「しかし、姿が見えないが。そもそもどこにいるんだ?」


 アルゴの問いかけに、イーサは。


「目の前にいますよwww ここにいるのは、地面に擬態して、上を歩く生き物をゆっくり体内に取り込んだ後、爆殺して喰う魔物ーーー」


 目の前の泥が固まったような地面そのものを指差して、改めてその名を告げた。


「ーーー世界最強クラスの硬化能力と攻撃力を持つ〝擬態呑爆超綱粘液生物シミュレイト・スライム〟ス」

 

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