「貴様、まさか本当に一切の恐怖を感じていないのか!?」 「何もしてこない相手に、何を恐れる必要があるんだ?」
「……ここが『死霊の巣』とかいうところか?」
「そうだ」
たどり着いた先でアルゴが問いかけると、サンドラはうなずいた。
「ここに漂う死霊は、最低でもBランク以上。人の恐怖を吸い込み、魂を奪い去るモノたちで溢れている」
大森林の中でも、そこは
木の形が普通とは違って異様に捻れて背が低く、見上げた先にうっすらと山の姿が見える。
目指す『Sランクダンジョン』は、あの山の
さらに靄と闇に覆われた捩じくれた森林の奥から、オォオオオオオォォ……という呻きにも似た不気味な何かの音が絶え間なく聞こえてくる。
真っ青になったウルズが、涙目でアルゴの服の裾を引っ張ってきた。
「ごご、ご主人様!? こここ、ここを通るんですかぁ!?」
「通らなければ先に進めんだろうが」
何を当たり前のことを言っているのか、とアルゴが少女を見下ろすと、最強の傭兵らしい狼少女は、尻尾をくるんと丸めて股に挟み、耳を伏せている。
「むむむ、無理ですー!!」
「ここまで来ておいて、引き返す選択肢はない」
「それなら他の道をー!! 物理攻撃が効く相手なら私がなんとかしますからぁ!!」
どうしても通りたくなさそうなウルズに、アルゴは目を細めた。
「これ以上遠回りして時間をかけさす気か。いいか? 世の中、時間は全員に平等かつ有限だ。金は違うが、それを稼ぐにも時間は重要なんだ」
他のルートは、サンドラ
「ダンジョンに着く前に、時間と体力を消耗してどうする」
「精神力が砕け散りますぅ!! 一匹二匹ならともかく、この先うじゃうじゃいるんですよぉ!? 恐怖で精神力吸われ始めたら一瞬でお仲間入りになりますー!! イモい私が溶ける前に透明な私になりますー!!」
だいぶ余裕がありそうだが。
そんな風に思いながら、アルゴは彼女を無視してサンドラとエルフィリアに問いかけた。
「対処法は?」
「聖水を被ってゆっくりと進む感じだな」
「後は、魔力を込めた剣で近づいてきた死霊を斬り捨てながら進む感じだねー」
すると、オデッセイも少し頬を引き攣らせながら、頬を掻く。
「魔力か……俺は役に立てそうもねーな!!」
「それはいいスけど、ガチビビりしてるじゃないスかwww」
イーサが彼を煽ると、ヒゲモジャは怒鳴る。
「だ、誰がビビってるだと!?」
「いつもより声がデケェスよwww バレバレスねwww」
ケタケタと笑うイーサは、全くそうした様子を見せていない。
「死霊なんざ、ビビらなきゃ何も出来ねーんスよ?www」
「イーサの言う通りだ。……しかし、どれだけ距離があるか分からんが、金が掛かりそうだな」
さすがにSランクダンジョン手前に挑むので、本物の聖水を大量に用意したが、それが枯渇しそうなほどに瘴気が濃い。
「俺とイーサの分は節約するか」
「ご主人様ァア!? 何言ってるんですかァア!? 一瞬で死にますよォ!!」
「ビビってなければ問題ないんだろうが」
アルゴは、【カバン玉】から取り出した聖水を全員に手渡し、自分の分は少量だけ手に振りかけながら応える。
すると、見過ごせなかったのか、珍しくエルフィリアが真剣な顔で口出ししてきた。
「ねぇアルゴ。さすがにそれは無謀じゃない?」
「彼女の言う通りだ。少しでも恐怖を感じていれば、襲われ、魂が奪われる。そうなれば待つのは死だ」
「恐怖か」
アルゴは、戦士として、あるいは森の民として事実を告げているのだろうサンドラたちに、片頬を上げて笑みを浮かべる。
「ちなみに聞くが、死霊どもに物理的に俺に干渉する方法はあるのか?」
「死霊に肉体を傷つける力はないね」
「ああ、先ほど言ったように、あくまでも精神や魂の部分だけだ。しかし……」
「なら話は簡単だな」
アルゴはサンドラの言葉を遮り、さっさと死霊の巣に踏み込む。
「っおい!」
アルゴが足を踏み入れた途端、かかっている靄がさざめき、一斉に『ナニカ』がこちらに注目したのを感じる。
すると、目の前の靄が人の顔の形を取り、こちらを襲うように、大きく口を開いてオォオ……! と迫り来るのをーーー。
ーーーアルゴは、聖水を振った右手で、真正面から殴りつけた。
すると、ジュ、と何かが焼けるような音とともに、手応えもなく貫かれた靄の顔が霧散する。
と同時に、まるでその波動に驚いたように、靄がアルゴを中心にブワッと晴れた。
「「「はぁ!?!?」」」
サンドラ、オデッセイ、そしてウルズが声をハモらせる。
振り向くと、エルフィリアも声こそあげなかったものの、驚いたように目を見張っていた。
ピッと手を振ったアルゴは、軽く首を傾げた。
「ビビらなきゃ良いんだろう。金と機会を奪おうと、虎視眈々と狙ってくる連中に比べれば、何をするわけでもない」
「そ、そんな簡単な話ではない……!」
サンドラは、声を震わせる。
「貴様、まさか本当に一切の恐怖を感じていないのか!?」
「何もしてこない相手に、何を恐れる必要があるんだ? 行くぞ、イーサ」
「うスwww」
唯一、自分と同じようにビビっていないイーサが、魔力を溜め込んで召喚魔法を発動した。
「ウェエエエエエイッ!! 火炙りの時間だァ、イフリィイイイイイイイト!!」
呼び出した精霊が、辺りに炎の魔力を振り撒く咆哮を上げると、アルゴの時よりも劇的に靄が散る。
「このくらい晴れたら聖水も必要なさそうだが、一応お前たちは体に振りかけておけ」
「ヤッハー!! 他に魔物がいねー分、逆に楽そうスねぇ!www」
言いながら、イーサと共に視界良好になった先にさらに歩を進めると、後ろから声が聞こえてきた。
「あの二人、マジでとんでもねぇ……!」
「驚いたねー」
「空いた口が塞がらないです……!!」
「来ないなら置いていくぞ」
アルゴが振り向いて声をかけると、4人は急いで聖水を振りかけ、靄が徐々に戻り始めている中を駆け出して追いついてきた。
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