『お前、金で苦労したことあるか?』 『ないスねw』

 

「いやー、アルゴさんはめちゃくちゃスゲーからっスよwww」


 夜の宿。


 エルフの国に着いたら、珍しい品に目の色変えて街を巡ったアルゴは、夕飯を食べたら先に就寝していた。

 そこで、サンドラになぜアルゴについて来ているのかを問われたイーサは、そう答えたのだ。


 イーサにとって、それは自明のことだったのだが。


「でも、その……イーサさんて貴族だったじゃないですか? あ、こっち見ないでください、溶けます!」


 久々に風呂に入って火照った顔をしており、いつもより可愛いウルズの問いかけに目を向けると、彼女は慌てて前髪を下ろしてしまう。


 エルフィリアやサンドラも鎧を脱いで、魅力的な肉体を薄着で包んでいるだけなので、非常に眼福だ。

 シシリィは流石にそんな目で見るほど発育していないのが残念極まる。


 オデッセイとかいうヒゲモジャだけが邪魔なのだが、先ほどからエールを何杯も空けているのに寝る気配がない。


 ウルズの問いかけに、ソーセージにフォークを立てながら、イーサはヘラヘラと笑った。


「地位とか、マジでどうでもいいスよw」


 それらは自分の力で得たものではないし、そもそも家督を継ぐのはイーサではなく兄だ。


 イーサは、貴族家の次男坊として生まれたし、別に家族が嫌いというわけでもない。


 父も兄も優秀だが、別に虐げられて生きて来たわけでもなく、家督に興味もなかったので仲は良好。

 親戚のスオーチェラ夫人も、怖いが実力と信念のある人で、あそこの三姉妹も可愛い。


 だが、イーサは、面白くなかったのだ。


「魔導士学校も辞めたんだよね?」

「地位がいらねーってのも、勿体ねぇ話だな!!」


 エルフィリアが髪を拭きながら口を挟み、酔っ払っていつもより声の大きいオデッセイが、ガハハと笑う。


「言ったって、別に他の連中相手にならなかったスしねー」


 家族以外の誰かで、凄いと思ったのは王と王子くらいのものだ。


 アルゴと出会う前のイーサは、級友や知り合いの誰も彼も大した能力はないと思っていたし、実際に学校では自分の方が優れていた。

 

 教師にしたって、頭が固い連中も多かったし、そもそも召喚魔法を使える奴自体が、彼らの中でもほんの一握りだったのだ。


 イーサの力を、彼らはもてはやした。

 苦労して手に入れたわけでもない力や才能でも、褒められれば気分がいいが、別に面白くはない。


 だが、それはイーサが彼らを見下していた、という意味ではなかった。


「オレ、羨ましかったんスよねー。皆、家を継いだり貴族として暮らすことに何の疑問も抱いてなくて、魔導士目指してる平民らも将来に何の疑問も抱いてなくて、毎日、ただ楽しそうだったんスよねーw」


 イーサには大して面白くないことでも、彼らには最大の関心ごとで面白いことだ、というのが常だった。

 そんな彼らに比べて、自分は何も楽しめることがないのに、気づいたのだ。


「だから最初は、なんか楽しいことねーかなって、外に出たんスよ」


 夢中になれること。

 楽しく感じられること。


 そういうことを、イーサは見つけたかったのだ。


 悪いことをしてみる、というのも、その頃のイーサはやったことがなかった。

 顔は良いからモテたので、級友の女の子とイイ仲になったりはしていたが、せいぜいその程度だ。


「んで、出かけてみた先にアルゴさんが居たんスよねー」


 一目見て、なんかスゲェ奴がいる、と思った。

 纏っている雰囲気が明らかに他の連中と違って、目立っていた。


 何を考えているか、全く分からなくて。

 何か、どデカイことをやらかしそうに見えて。


「それに何より、あの人、スゲェ楽しそうだったんスよねwww」


 他の連中みたいにバカ騒ぎをするわけでもなく、静かに一人で飲んでいただけだったが。

 時折、いつもの片頬を上げるあの笑みを浮かべ、マスターと言葉を交わすのがとても様になっていた。


「だから声かけたんすよ。何でそんなに楽しそうなんスかwww って」


 するとアルゴは、いきなり話しかけたイーサを特に嫌がりもせずに、こう答えた。


『どいつもこいつも酔っ払って、儲け話をぽろっとこぼしてくれるからな。そういうのを聞くと、飯のタネになる。それで金を稼ぐことを考えるのが、楽しいんだよ』


 イーサには、まるっきり理解できない話だった。

 いくら稼げるくらいなのか、と聞いて、アルゴが答えた金額は大したものじゃなかった。


『じゃ、今から俺がその稼げるのと同じだけの金を出すからそれやらないで下さい、って言ったら、どーします?www』


 金を稼ぐのが楽しい、というのなら。

 金をやったらその過程は楽しく無くなるのか、とイーサはアルゴを試してみたのだが。


 ゆっくりと、少し崩したオールバックの髪を掻き上げる仕草を見せたアルゴは。

 特に気分を害した様子もなく、問いかけてきた。


『お前、金で苦労したことあるか?』

『ないスねw』

『卓上遊戯で、賭け事をするのは、好きか?』

『嫌いじゃないスねw』

『じゃあ、勝った時の賞金と同じだけの金をやるから遊ぶな、と言われて……お前なら、楽しいか?』


 言われて、イーサはヘラヘラと答えた。


『それは多分、楽しくないスねw』

『なら、そういうことだ』


 その時のやり取りは、それだけだった。


 イーサは、その後足しげくアルゴがいそうなところを探して、見つけては話かけ。

 商売を手伝い、小額の報酬をもらったりしていた、ある日。


「アルゴさんに『お前、面白いな』って言われたんスよね。そん時、あ、オレ、この人について行こうって思ったんスwww」

「話が飛躍しすぎてオレサマにゃついて行けねーな!! 何でそれで、ついて行こうと思うんだ!?」

「同意見だ」


 ガハハハ! と笑う酔っ払いオデッセイに、サンドラは同意し、他の二人は別の反応を見せた。


「うぅ……イモい私も、似たような感じでご主人様についてきたので、人のこと言えないですね……」

「ボクは少し分かるなー」

「あ、分かってくれるスか?www」


 イーサがエルフィリアの言葉に嬉しくなっていると、彼女は茶目っ気のある笑みを見せて指を立てる。


「アルゴと一緒にいて、彼を見てることそのものが、君にとって面白くて、楽しいことだったんだよね?」


 彼女の問いかけに、イーサは満面の笑みで頷いた。


「それっスね!!www」

 

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