「その顔でジッと見つめられたら溶けますぅ!」「そういう態度をこの状況で取れることがおかしいと言っているわけだが」

 

「なな、何も隠してないですよぅ!!」

「そうか。なら、俺の疑問点を一つずつお前に伝えてやろう」


 慌てた様子のウルズに、アルゴは焚き火から鍋を上げるために手にしていた枝を、ピッ、と向ける。


「まず第一に、出会った時の状況だ」


 あの時は、ずいぶん騙されやすそうな小娘だと思っていたが。


「旅に出てからの行動を見ていると、お前は都の住人ではなさそうだと思った」


 手慣れた様子で野営の手伝いはするし、いくら獣人とはいえ、初旅で疲れた様子も見えないのはおかしい。


 飯にホイホイ釣られる点に関しては、チンピラ相手に奢らせてから、獣人生来の力で下心を叩き潰していたのだろう、とアルゴは考えていたが。


「第二に、もし、お前が旅人だったとするのなら、薬草集めの際の有能さも納得がいく」


 魔物狩りだろうと傭兵だろうと商人だろうと、そして獣人だろうと。


 人間である以上、旅に出て病にもかかったり怪我をすれば自力でどうにかしなければいけないし、飯が食えなければ腹も減る。


 そうしたことに対処し生き抜くために、野草に関する知識はあって当然なのだ。


 白いキノコを口にする際に積極的だったことに関しても『もしアタった所で命が失われるほどではない』と知っていたからだとも考えられる。


「第三に、スオーチェラ夫人のような権力者に対してある程度礼儀を弁えつつも、そこまで物怖じしていなかったこと。第四、オデッセイが俺に対して怒鳴り込んできた際の態度。極め付けは、今回の魔物への対応だ」


 彼女は、何か火急の事態が起こった時に、ほとんど動じないのである。


 やかましく騒ぎはするが、それよりも人の顔の造形などを気にしたりする余裕があり。

 まして、初見の、それも凶悪な魔物に臆することなく突撃し、あまつさえ従えるなど、普通なら考えられない。


「おかしい、と思わない方がどうかしていると思わないか?」

「た、たまたまですよっ! ほら、火事場の馬鹿力というか、そういうのです、ご主人様! 後、その顔でジッと見つめられたら溶けますぅ!!」

「そういう態度をこの状況で取れることが、おかしいと言ってるわけだが」


 きゃー! と顔を覆うウルズに、アルゴは片頬を上げる。

 


「ウルズーーーお前、実は高位の魔物狩りかなんかじゃ、ないのか?」



 そんな奴が、なぜ大人しく自分と【契約の腕輪】での契約を交わしたのか、という部分までは分からないが。


「それはボクも、気になってたなー。ちょっと戦ってみたくなっちゃう感じだったよねー」

「オレサマもだ!! あの気配は、常人に出せるモンじゃねぇからな!!」

「オレは全然気にならなかったスwww」

「いえ、その……だから……」


 (最後のイーサは別として)仲間たちも口々に言い、ウルズは追い詰められたように冷や汗を流しながら、ジリジリと後ろに下がっていく。


 さらにそこで、黙って話を聞いていたサンドラが、ふと思い至ったように訝しげな顔で呟く。


「ウルズ……? 銀の耳を持つ、女の狼獣人……」

「何か心当たりがあるのか?」

「いや……それともう一つ、気になっていることがあるのだが」


 アルゴが彼女に話を振ると、彼女は今度、エルフィリアに目を向ける。


「もしかしてそちらのカタナを下げた武人は、『雷迅の戦団ライトニング・アサルト』の……?」

「あ、うん。そうだよー。よく分かったねー」

「やはり……! あなた方は、この辺りでは有名ですから……ですが、他の方々の特徴が一致しませんね」

「事情があって、本来の仲間とは別行動してるんだよー」

「なるほど」


 どうやら何かの確証を得たらしい彼女は、再びウルズに目を戻す。


「と、なると。そちらのお嬢さんも、少し系統違いだが……噂を聞いたことが」

「ないですよ!!」

「ウルちゃんが否定すんのかwww」

「ちょっと黙ってろ。……サンドラ、どんな噂だ?」


 彼女に問いかけると、ウルズがあわわわわ、と慌てた態度で、まるで落ち着けと言うように腕を上下に振る。

 しかしサンドラは、それを気にしつつも答えを口にした。


「先の隣国が起こした戦争で、その敵対国に加担して劣勢だった戦況を盛り返した、という最強の傭兵団『煉竜傭兵団ヴォルカニック・ドライヴ』の、切り込み役だという二人の女性……」

「……!」

「彼女らにはそれぞれ二つ名があり、一人は〝地上最強の凡人〟スクルトリシア・ボンジン。そしてもう一人が狼獣人の少女ーーー〝暴食の銀狼〟ウルズ・ヴェルダンディ」


 だったと、記憶している。


 というサンドラの言葉に、全員がポカンとした。


「傭兵スか……」

「確かに名前は聞いたことあるけど……ウルズが?」

「ご大層な二つ名が全然似合わねーが」


 全員の視線を一斉に浴びたウルズが、ボン! と頬を紅潮させてフードを目深に被り、その場にうずくまる。


「み、見ないで下さいー!! イモい私が麗しのご来光を浴びて溶けますぅ〜!!」


 あああああ! とまるで陽の光を浴びた吸血鬼のような反応をする彼女に、アルゴは息を吐いた。


「なるほどな。この性格でも生き抜けるわけだ。……で、その傭兵団からはぐれて、なんでこんなところにいるんだ?」

「ううう……」

「視線を外して欲しければ答えろ」


 ウルズは、うずくまったまま観念したように自白した。


「戦争が終わって休暇だったんですが、毎日色々ご飯食べさせてくれる人について来たら、帰り方が分からなくなったんですぅ!!」

「……俺との契約を受け入れた理由は?」

「……ご尊顔が好みだったからですぅ……それに優しかったしいいかなって……」


 耳がフードの下でピクピク動き、街を出てポーチから出している尻尾がブンブンと振れている。

 

 秘密を知ってはみたものの、特に裏があるわけではなさそうだ。

 そう判断したアルゴは、ウルズから視線を外してくしゃりと髪を掻き上げた。


「ーーー思った以上に、理由がしょーもなかったな」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る