「……ずいぶん手こずったようだな」 「いやー、強かったよ、彼」
エルフィリアは、音を立てないように身を隠して高台にたどり着くと、そこに三人の男が立っているのを茂みの中から見つけた。
真ん中にいるのは小太りの貴族服を身につけた若そうな男。
右に立つ二人目はフードを被っていて顔は見えないが、見た目から魔導士らしき男で、三人目は軽装の戦士だ。
全員が崖下の方に目を向けており、こちらに気づいた様子はなく、どうも慌てているようだ。
ーーー大して強くもなさそうだね。
高位ランクの魔物狩り……前衛の戦士であるエルフィリアからしてみれば、厄介なのは魔法攻撃だが、ここまでバレずに近づけたのなら発動前に対処出来るだろう。
「せっ!」
軽く地面を蹴ると、両手で握った大太刀を脇構えにして突撃した。
カタナは峰を返して殺さないように努める。
ひどくても骨折程度で済むだろう。
最初にこちらに気づいたのは、戦士だった。
「なっ……!?」
目を見開き、剣を抜こうとした段階で、エルフィリアは魔導士の元にたどり着いていた。
無言で彼の脇下に大太刀を叩きつけると、返す刃で剣を抜きかけた戦士の籠手を打つ。
「……!?」
「ガッ……!!」
魔導士が声もなく昏倒し、戦士はその一撃で腕が痺れたのか剣がすっぽ抜けた。
「はい、おしまい」
最後に、一歩遅れてこちらに反応しかけた貴族のボンボンらしき奴の後頭部を、スコン! と柄尻で殴りつけた後。
崩れ落ちたボンボンの首の脇にある地面に向けて、エルフィリアは剣先を突き立てる。
「これ以上抵抗したら、コイツ殺すよ?」
貴族に雇われているのだろう戦士は、転がってきた剣を蹴り飛ばしたエルフィリアの殺意を込めた声を聞いて、ピタリと動きを止める。
「何してたのか知らないけど、アルゴに目をつけられたのが運の尽きだったねー」
あのアブない雰囲気を持つ割に情に厚い男は、多分この手の連中が大嫌いだろうと、エルフィリアは読んでいた。
何をしていたのか知らないが、悲鳴の主と合わせて考えると多分ロクなことはしていない。
戦士に命じて、意識を失った魔導士を縛り上げさせると、【風の宝珠】を取り出した。
特定の相手と連絡を取れる魔導具で、通信者のどちらかが魔力を操る素質がないと使えないものだ。
エルフィリアは魔導士になれるほどの素質はないが、多少の魔力操作の素質があった。
特に風魔法の適性だけ飛び抜けて高いので、《風の魔法剣》という魔導体術を扱えるように訓練を重ねたのである。
「アルゴ? 終わったよー」
『敵は?』
「貴族っぽいね。どうする?」
貴族のボンボンの背中を踏みつけて、戦士から視線を逸らさないまま応じると、彼は言った。
『今からそちらに向かう。種明かしをしてもらわなければな』
「何があったの?」
『エルフの魔物狩りが二人、【拘束の腕輪】をつけて魔物の殺戮ショーの餌にされていた』
「へぇ……」
その言葉を受けて、エルフィリアは酷薄な笑みを浮かべる。
ビクリ、と戦士が体を震わせるのを見て、軽く湧いた殺意と共に聞こえよがしの返事をしてやった。
「思わず殺したくなっちゃうね、それ」
『事情を吐かせてからな。命まで奪うとマズい相手なら、脅して金に変える」
「抜かりないね。りょーかい!」
通信を終えたエルフィリアは、ペロリと唇を舐めた。
「ボク、さぁ。卑怯な奴がすっごく嫌いなんだよねー」
「ヒッ……」
「そんで、ストレス溜めたままでいるのも嫌いなんだ。あのカークとかいうのも、殺す前に夫人に取られちゃったし……」
ゆっくりと大太刀を地面から引き抜いたエルフィリアは、少しだけ貴族のボンボンから離れて戦士にアゴをしゃくった。
「コイツの手足も縛りなよ。……その後アルゴが来るまで、殺さない程度に
戦士が震え出したのを見て、さらにニッコリと笑みを浮かべてつけ加える。
「あ、分かってると思うけど、逃げたら殺すからねー」
※※※
「……ずいぶん手こずったようだな」
「いやー、強かったよ、彼」
アルゴたちが高台に着くと、縛り上げられて猿ぐつわを噛まされた魔術師と貴族のボンボンらしき男が怯えた目をエルフィリアに向けていた。
当の本人は血まみれのカタナを拭いながら、どことなくスッキリした顔をしている。
足元には、傷だらけで倒れ込み、血を飛び散らせた戦士が転がっていた。
剣の刀身が斬り飛ばされているところを見ると、正面から打ち合ったようだった。
「殺したのか?」
「んーん、どうにか生かして倒したよー」
全くの無傷で返り血すら浴びていないが、エルフィリアはとぼけ切るつもりのようだ。
ーーーまぁ、殺していないなら文句はない。
そもそも、サンドラとシシリィの二人を死地に追いやった連中にかけてやる慈悲などない。
「イーサ、そこの戦士も縛り上げてポーションを飲ませろ。失血で死ぬ可能性はないこともない」
「うスwww」
そうして貴族の猿ぐつわを外したアルゴは、ウォーハンマーを担ぐオデッセイを後ろに立たせた。
「お前も魔法が使えるようだが、もし余計なことをすればどうなるか分かるな?」
「ぼぼ、ボクちんにこんなコトをして、いいと思ってるのかい!?」
小太りのボンボンの言葉に、アルゴは片眉を上げる。
「残念ながら、俺はお前が誰なのか知らん。とりあえず金は持っていそうだから、率直に述べよう」
軽く崩したオールバックの髪に両手の指を通してから、バカでも分かるように告げてやる。
「【拘束の腕輪】を人族に、同意なく嵌めるのは、この国では違法行為だ。お前を国に突き出したらどうなるだろうな?」
「やや、やってみろ! ボクちんのお父様の力があれば、罰されることなんかないぞ!」
「ほう、そうなのか」
あまりにも予想通りの立場と物言いに、アルゴは幾度かうなずく。
「では、トレメンス家から王家に報告してもらおう。国王がお前の行いをどう判断するか、楽しみだな?」
「トレメンス……!?」
「ちょwww アルゴさん?www」
イーサが口を挟んでくるが、無視する。
「お前みたいなヤツが、トレメンス家の関係者のわけ……」
「そう思うなら、別にもう喋らなくていいぞ。結果は突き出した後に出る」
アルゴが肩をすくめると、視線を泳がせたボンボンは、彼を睨みつけるサンドラと、その後ろにいるシシリィに目を向けて、ハッと何かに気づいたような顔をした。
「奴隷ども! この連中を殺……」
「無駄だ」
アルゴはボンボンの言葉を遮って、胸元からチャラリと二本の腕輪を取り出して鼻先にぶら下げてやった。
「な、なんで!?」
「【拘束の腕輪】は、拘束された本人には無理だが、契約時の魔力より強い魔力で別の人間が負荷を掛ければ外せるんだよ。そんなことも知らないのか?」
間違って腕輪を嵌めてしまった場合の救済措置として、魔導具法で規定されているのだ。
「いやー、楽に外れたスよwww 掛けたヤツがよっぽどザコだったみたいでwww」
「……それでは、ザコに負けた我らがもっとザコみたいではないか」
イーサがウェーイ! と指を上に向けるのに、サンドラが不満そうに呟く。
が、腕輪を外す条件として黒幕に手は出さないよう言い含めてあったので、今は大人しくしているのである。
パクパクしているボンボンに、エルフィリアが大太刀を担ぎながらつまらなそうに口にした。
「ねぇ、そいつ殺してもいいんじゃない? ボク、こんなクズ久々に見たよ」
「俺は目が腐るほど見ている。殺しても金にならん」
別に今すぐにでなくとも、スオーチェラ夫人にこうした連中のことを報告するのは規定事項であるため、早晩没落する。
わざわざ本人に言ってやるほど、アルゴは親切ではないが。
「さぁ、どうする? 今ならその、釈放のために払う金を俺たちに支払えば開放してやろう。もし応じないつもりなら、牢の中かこの場で死ぬかくらいは選ばせてやるが……」
軽く脅すと、貴族のボンボンは目まぐるしく周りを見る。
戦士と魔導士は自分と同じように縛られており。
自分に殺気を向けているエルフィリアとオデッセイ、それにサンドラがこの場にいた。
元々根性のない相手である。
ボンボンはあっさりと折れて、金を払う約束をした。
父親であるという貴族との交渉は【風の宝珠】を通して行い……直接顔を合わせない方法で受け渡しを終えたアルゴは、約束通りボンボンたちを解放し、サンドラとシシリィを連れてとっとと街を後にした。
「せっかくあったかいご飯を食べれると思ったのにぃ……! ご主人様、あんまりですぅ……!」
夜、野宿の最中。
街での食事がなくなったこと対して滂沱の涙を流すウルズに、アルゴは焚き火を見つめながら、淡々と応じた。
「我慢しろ。そんなことより、俺はお前に気になっていることがある」
「何ですか?」
「お前は先の戦闘で魔物たちを服従させていたが」
そう口にすると、ウルズがピン、と背筋を伸ばす。
オデッセイも気になっていたのか、アルゴの言葉を聞いてこちらに目を向けた。
「な、何の話でしょう? 私は、ただのイモですが……」
「お前、俺に何かを隠しているんじゃないのか?」
アルゴが誤魔化しを無視して問いかけると、ウルズが口をつぐんだ。
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