「黒幕を捕まえてその腕輪を外すまで、もう少し努力しろ」 「なぜだ? そこまでして、貴様になんの得がある?」
「あなた達、は……!?」
「ただの通りすがりだが」
サンドラの肩に外套をかけた男は、どこか危険な雰囲気を纏っていた。
精霊を召喚した魔導士ほど整ってはいないが、少し崩したオールバックの髪がよく似合う精悍な顔立ち。
研ぎ澄ました刃のような瞳と引き締まった表情が相まって、ある種の退廃的な色気のある男だ。
何かを成し遂げそうな底知れなさと、惹かれれば破滅が待っていそうな予感が同居する、強烈な印象を感じる。
ーーー何者なの?
サンドラが警戒心と安堵を同時に抱いていると、彼はスッとこちらから視線を外して、シシリィに目を向けた。
そうしてもう一枚、どこからか外套を取り出すと、ヒッ、と喉を鳴らす彼女にもパサリと被せる。
「俺はアルゴという。商人だ。お前たちは?」
彼の問いかけに、サンドラは小さく応じた。
「サンドラ……そっちの子は、シシリィよ」
※※※
ーーーシシリィと、サンドラ。
心の中で名前を
ほとんど裸同然の格好をした二人は、ウルズの言った通り耳が尖っている……エルフだ。
泣きすぎて目の腫れたシシリィという少女の方は、タレ目気味で小柄な、褐色肌のダークエルフ。
逆にサンドラというエルフの女性は、意思の強そうな目をした長身でメリハリの利いた体つきをしていた。
「……」
アルゴはいまいち状況がつかめず、ゆっくりと髪に両手の指をくぐらせる。
彼女らの腕に嵌っているのは、どうやら【拘束の腕輪】らしい。
本来魔法を得意とし森を住処とするエルフであれば、ベーオ・ウルフ程度の魔物に苦戦はしないだろう。
おそらくは腕輪で、そうした手段を封じられているのだ。
「奴隷か?」
「いやー高く売れそうスねーwww」
ヘラヘラとデリカシーのないことを言ったイーサを、サンドラがキッと睨みつける。
「助けてもらったことは感謝しよう。だが、我らは奴隷ではない!」
「……」
イーサの態度やこちらの雰囲気を見て、彼女は警戒心を強めたらしい。
だが、どうでも良かった。
「そんなことよりも、腕が折れているのか? 治癒魔法は誰も使えんな……」
イーサ製ポーションなら多少は効くだろうが、流石に表面的な傷くらいならまだしも、折れた腕を即座に治すほどの効能はないだろう。
それでも、飲まないよりはマシかも知れなかった。
疲労回復効果も多少はある。
「ポーションを飲め。通常のものよりもはるかに苦い可能性があるが、その怪我なら甘く感じるかも知れん」
アルゴが言いながら青い小瓶を差し出すが、サンドラは受け取らない。
「そんな意味不明なものを、わたしが飲むとでも?」
「イーサ。お前のせいで警戒されただろうが」
「いやいやいや、アルゴさんの見た目が怖ぇからスよwww」
そんなやり取りをしながら、瓶の口を開けたアルゴは、自らポーションに口をつける。
走って疲れたからか微かな甘みはあるものの、やはり咳き込みそうなほど苦い。
「毒など入っていない。その怪我で、疲れてもいるだろう。お前らを狙う奴がまだ襲ってくる可能性がある。……それに、俺たちがもしお前たちを襲うクソ集団だったところで、現状ではどちらにしろ逃げれんぞ」
顔をしかめながら口元を拭うアルゴに、サンドラは迷いを見せる。
「早くしろ」
魔物と監視は潰したが、まだエルフィリアから高台の者たちを捉えたという報告はないのだ。
サンドラが意を決したようにポーションを受け取り、飲んだ。
「お、おねーちゃん!」
「……甘い」
シシリィが慌てたように声を上げるが、ポーションを飲んだサンドラの顔から多少険が消える。
効いたようだ。
そしてやはり、怪我が酷いほど味が良くなるらしい。
「汗だくですねー!! これを使うと良いですよ!」
脂汗にまみれた彼女の顔に、近寄ってきたウルズが無遠慮に取り出した布切れを押し付ける。
「わぶっ……な、何をする!!」
「汗まみれのご尊顔もそれはそれでイイですけど、せっかくの溶けるような美貌が肌荒れしてしまうかも知れないでしょう! イモい私には耐えられません!!」
「わ、分かった、自分で拭くからやめろ!!」
抵抗するサンドラが意識をそらし、思わず折れた腕を持ち上げたところを、アルゴは軽く掴む。
「取り敢えず添え木をして縛るぞ。イーサ、手伝え」
「うスw おさわりターイム!!www」
「そういう発言ばかりするから、警戒されるんだが」
いつも通りのイーサに眉根を寄せながら、アルゴは彼が拾って腕に添えた枝を、長い布ヒモで縛り付けていく。
「ぐっ……き、貴様ら次から次へと……!!」
「無報酬でやっているというのに、言い草が酷いとは自分で思わないか?」
「酷いのは貴様らの言動の方だッ!!」
「それは、そこのべっぴんさんの言う通りだとオレサマも思うぜ!!!」
周りを警戒し続けていたオデッセイの言葉に、処置を終えたアルゴはサンドラから離れて肩をすくめる。
「最良の結果が得られれば、過程などどうでもいいだろう。オデッセイ、そこのシシリィとかいう小娘を担げ。取り敢えずここから逃げるぞ」
高台には魔導士らしき存在がいるのだ。
魔法も、高低差に影響される。
相手がいるのはイーサ側から魔法が届く位置ではないらしいが、上から魔法を降り注がせる分には射程が伸びるのである。
「わ、は、離して!! ヤダ!!」
「暴れるんじゃねぇ、クソガキ!! テメェだけ置いてくぞ!!」
「ヒッ……!」
オデッセイのバカでかい声にビビったのか、シシリィが大人しくなる。
「走れるか? サンドラ」
「……問題はないが……」
「よし、なら黒幕を捕まえてその腕輪を外すまで、もう少し努力しろ」
「なぜだ? そこまでして、貴様になんの得がある?」
サンドラの不思議そうな問いかけに、アルゴは片頬を上げた。
「奴隷ではないのだろう? もし奴隷であったとしても関係はないが……俺は、片方に不利な契約を結ぶ奴が好きじゃないんでな」
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