「出立は明日の昼。ーーー集合場所は、外門前だ」
「どうやら、隣国の手立てを一つ潰せそうでしたので」
わざわざ足を運んだスオーチェラが、そう言いながら部屋の中を見回したので、アルゴはその視線を追った。
イーサは引きつった顔のまま目を伏せており、ウルズはフードを被っただけの彼女の娘、アナスタシアの顔を見上げて『溶けるぅ……』と幸せそうに呟いている。
オデッセイは現れたスオーチェラたちに警戒の目を向けていて、エルフィリアは面白がっている顔でカークの首に小太刀の刃を添えていた。
アルゴは、ゆっくりと少し崩したオールバックの髪に右手の指をくぐらせて、問いを重ねる。
「そのために私の店に私兵を張らせていた、と?」
「貴方がたの身の安全を確保する目的もありました。都の外ならばともかく、イーサまでも街中で殺されたとなれば、一大事ですから」
言われてみれば、さもありなん、というところだった。
イーサは、どう考えても言動や性格が向いていないが、これでも侯爵令息である。
「私は囮にされた、というところですかね?」
「そのようなつもりはありません。ですが、アルゴ様の証文の動きを張っていたところ、奇妙な動きが網に掛かりましたので」
ヴェールの奥から、スオーチェラ夫人はオデッセイに目を向けた。
「兵から『証文を買い上げた人物が現れた』と聞いた時点で馬車を走らせました」
相変わらず、舌を巻くほどの慧眼と手際、そして行動力である。
そんな称賛を心の中で向けつつ、アルゴは事情を説明した。
「オデッセイは仲間に引き入れるので身柄を拘束するのはやめていただきたい。またカークは国賊ではありますが、事情も知らず利用されていただけのようです」
「事情は考慮しましょう。その上で、カークという青年はしばらく牢で過ごしてもらいます。反省と、安全確保の意味を込めて」
安全についてはどうでも良かったが、オデッセイとしては手下がみすみす殺されるような形でないことは良いことだろう。
「……カーク!」
スオーチェラの言葉に、彼女の身分と話を薄々察したらしいオデッセイが、彼に声を掛ける。
「はい……」
「テメェはマジモンのアホだ。前に立て替えた時に、これ以上借金すんなって約束しただろうが!!」
「すいませんっした……こんな、こんな大事になると思わなくて……!」
「そういうところが、アホだってんだよ!!」
オデッセイは、カークの借金も立て替えていたらしい。
本当に人の好いことだ。
クソッタレが、と吐き捨てたオデッセイに、スオーチェラが興味を持ったような気配を見せた。
「なるほど、アルゴ様の目に敵う人物のようですね。少々粗野ですが」
「貴女の甥も負けず劣らず軽薄ですよ。私は、バカで気持ちの良い人間が好きですので」
「趣味がよろしいことです。では、我々はこれで失礼いたします」
「国内の
「本来は我々の責務ですから」
その問いかけに、夫人は相変わらずの態度でさらりと口にした。
「そろそろ旅立たれるのですか?」
「一両日中には」
「ぜひ、無事にお戻りになられますよう」
カークを二人の兵が両脇から挟み込み、馬車へと連れて行く間に、さらにスオーチェラが言葉を重ねた。
「そのテーブルの証文は、貴方がたがお戻りになった後に買い上げましょう。大切にお持ち下さい。他の証文に関しても同様です」
先に買う、とは言わない辺り、やはり甘くはない。
だが無事に戻れば、傭兵ギルドのSランクダンジョン踏破報酬と合わせて『冒険者ギルド設立』に向けてかなり動きやすくなる、ありがたい提案だった。
彼女たちが去ると、オデッセイが急いた様子で問いかけてくる。
「一体、何がどうなってんだよ!? これだけの額だけじゃなく、テメェの借金全部肩代わり出来るような相手だと!? 何者だ!?」
「今から教えてやるが、後ろの二人はどうする?」
来た時から緊張し続けて空気と化しているカーク以外の手下……ウルズにナンパをしかけていた二人が、顔を見合わせた。
「話を聞けば、後戻りは出来んぞ。身の危険が降りかかる可能性も多分にある。今なら間に合うが」
「……キッシィ。クレセンド。テメェらは、出て行け」
答えに窮している二人に、オデッセイが告げた。
「そんで俺が戻ってくるまで、大人しくしとけ! 二人でも、都の周りで魔物狩りする程度なら稼げるだろ! 戻ったら連絡する!」
「「は、はい!」」
「薬草も高騰してるから、お前がいなくとも食いつなぐ程度はなんとかなるだろう。さほど長く戻らないつもりはない」
頭を下げた二人もいなくなると、アルゴはオデッセイに『冒険者ギルド構想』と、これから自分たちが何をするかを説明した。
「……とんでもねぇこと考えてやがるな。Fランク魔物狩りの身分で、商人のくせに、Sランクダンジョン踏破だと……!?」
「だが、踏破を成し遂げて街に戻り、冒険者ギルドを設立すれば、俺たちは伝説になる」
話を聞いてそう呻いたオデッセイに、アルゴは片頬に笑みを浮かべて応じた。
「ーーー誰にでもチャンスがある世界を、自分の手で作るんだ」
アルゴは、オデッセイに向けて手を差し出した。
「乗るか? それとも、怖気付いたか?」
「アァ!? 答えなんか決まってんだろうが!!」
バン! とテーブルを叩いて興奮した様子で立ち上がったオデッセイは、満面の笑みを浮かべてガシッと手を握り返す。
握り返してくる彼の力は、強かった。
「やっぱテメェはヤベェ野郎だ!! それでこそアルゴだッ!!」
「では、決まりだな。同行しろ」
魔物狩りとして生きていたのなら、ある程度の戦力にはなるだろう。
「成し遂げれば、お前も伝説の当事者だ」
「それ、いいね」
オデッセイの背後で、成り行きで話を聞いていたエルフィリアがそう口にする。
「ボクも一枚噛ませてくれない? あ、踏破報酬はいらないけど、ダンジョンで手に入るお宝とかがあったら山分けして欲しいな♪」
「良いんですか?」
高位冒険者の彼女がついてきてくれるのなら、ありがたい話だ。
しかし彼女は別のパーティーに所属しているし、つい先日ドラゴンを討伐したばかりで金にも困っていないはずなのだが。
「どうもボクとキミと仲が良いって噂が届いたのか、魔物狩りギルドからドラゴンの買取拒否されちゃってさー」
他の大きな港街などで売らなければならない、という事情があるらしい。
「一応、根回しされないように他の連中だけで行って、都に戻ってくるって言ってたから、その間ヒマなんだよね。それに、面白そうだし」
そうした事情があるのなら、アルゴに拒否権もなければ、拒否する理由もなかった。
「では、お願いします」
「うん。後、敬語はいらないよ。臨時とはいえ、ボクもパーティーメンバーだし」
よろしく、隊長さん。
そう言われて、アルゴはうなずいた。
「では、予定変更だ。ポーション類は全て持っていき、薬草は明日の朝全て売っていく。市場価格より安く売れば、俺からでも買う奴はいるだろう」
魔物狩りのオデッセイ、エルフィリア。
魔導士見習いのイーサ。
ウルズ、は、まぁマスコットといったところだが……それに、アルゴ自身。
チグハグな即席パーティーだが、面白い連中が集まった。
「出立は明日の昼。ーーー集合場所は、外門前だ」
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