「……なんか考えてるってのか?」 「当然だ」 

 

「……なんか考えてるってのか?」

「当然だ。俺を見てきたというのなら、そこまで考えを巡らせておけば無駄金を使わずに済んだだろう」


 アルゴは、手にした最初の証文をテーブルに重なった紙山の上に置いた。


「だが、お前のような奴が俺は最高に好きでな」


 オデッセイがピクリと眉を動かすと、壁際で椅子に座っているイーサの背後にある窓がカタッとかすかに鳴る。


「俺はここから全てをひっくり返す。これも縁だ、オデッセイ……その話に、一枚噛む気はあるか?」

「何を企んでる?」


 彼が問い返して来る間に、アルゴが軽く手で合図を出すと、イーサがとぼけた顔でぐるりと目を回し、椅子を斜めに傾けた。


 そして壁を、コン、コン、と椅子を揺らして背もたれで何度か叩く。


「イーサ。床が傷つくからやめろ」

「うスw」


 答えたイーサから目を離したアルゴは、こちらの言葉を待っているオデッセイに、重ねて告げた。


「お前の厚意には感謝するが、借金程度、正直に言えばどうでもいい。それは、商会ギルドにやっただけモノだからな」

「自分から望んで出したってのか!?」

「死出の旅路には、花束を添えてやるものだろう? これから連中は、冥府に船出することになる。ーーー『商会ギルド』そのものの渡し賃だと思えば、安いものだ」

「テメェは何を言ってる!? さっきから周りくどくて意味が分かんねーぞ!?」


 アルゴは片頬を上げてニヤリと笑いながら、オデッセイの後ろで青ざめているカークに目を向けた。


「お前には話してやろう。……だが、それは後ろのバカを捕まえてからだ」

「あ?」

 

 パチン、とアルゴが指を鳴らした瞬間。


 ドアが破壊されそうな勢いで開き、中に一人の女が飛び込んできた。

 黒髪のポニーテールで残像のように軌跡を描き、抜身の小太刀を手にした女性は、一足飛びにカークに迫ると抵抗の間すら与えずにその首筋にピタリと刃を添える。


「動いたら、斬るよ?」

「ヒッ……!」


 エリフィリアだった。

 普段の陽気な様子と違って表情を消しており、得物を手にしたその様は迫力が違った。


 アルゴは商会ギルドのメンツに目をつけられている上に、スオーチェラ夫人の警告もあったため、あらかじめ取り決めしてあったのだ。


 来客があった時は、その相手を見定めて入室を警戒しろと。

 早速功を奏したのは運が良いのか悪いのか。


「えーと、何が起こってるんですか?」

 

 そんな彼女の後ろから、恐る恐る顔を見せたのはウルズ。

 両手に荷物を抱えた彼女に、アルゴは淡々と訊ねた。


「モノは抜かりなく揃ったか?」

「お腹が空きましたけど、ご飯がありません!」

「我慢しろ」


 コイツはそれしか言うことがないのか。


 この状況を見ても変わらないウルズは図太いのか鈍いのかと呆れながらも、アルゴは話を戻した。


「オデッセイ。お前がこの証文を手に入れたのは、もしかしてカークが話を持って来たんじゃないのか?」

「そうだが……だったらどうした!?」


 突然のことに、オデッセイは厳しく眉根を寄せながらも、肯定を返す。


 ーーーやはりな。


「おかしいんだよ。金貸しにも、ある種の信頼が必要だ。裏社会には裏社会のルールがある……仁義にもとる真似をすれば、表よりもはるかに危険なはずだ」


 その理由を、アルゴは先ほどオデッセイが証文を手にしたことを知った時から考えていた。


 地位を失ったアルゴが相手であれば構わない、と金貸しが考えた可能性もあったが。


 信用を失う危険を犯すよりも、はるかに危険な脅しを金貸しがかけられていた可能性が存在する。


「なぜ金貸しが危険を犯したのかを考えた時に、一つ、思いついたことがある。その繋ぎになりそうなのが、ソイツだった」


 カークの性格は、見る限り典型的なチンピラだ。

 思慮が浅く、恨み深い……しかし、自分よりも強い力にはおもねるタイプに思える。


 それが、一度叩きのめされたにも関わらず、酒場で絡んできた。

 だいぶ酒が入った状態で。


「緊張もしていたのだろうな。カーク。お前は、もしかして俺と同じ金貸しに借金があったんじゃないのか?」

「……」


 アルゴの問いかけに、ゴクリと喉を鳴らしたカークは、目を泳がせる。

 如実に分かりやすい態度だ。


「利用されたんだろう。借金をチャラにする代わりに、オデッセイに話を持ちかけるようにとでも言い含められたか?」

「う……」


 進退極まったカークに、オデッセイがギロリと射殺しそうな目を向ける。


「答えろ!」

「そ、そうです!!」


 目に涙を浮かべながら、カークが震え出した。


「理由は!?」

「知りません! オレ、オレは……!」


 小さく首を横に振るカークに、エルフィリアが押し付ける刃に力を込めた。


「動くな、って言ったけど?」

「もう逃げんでしょう。少しくらいは許してやりましょう」


 しょせんは小物だ。

 

「話が読めねーぞ、アルゴ!! なんだ、テメェが思いついたことってのは!?」

「隣国の間者スパイだ。先日、パトロンの交渉に面会した相手に忠告された。借金を背負わされたのは、連中が動きづらくなりそうな行動を取る俺を目障りに思い、排除しようとしたのではないか、とな」


 オデッセイは、こちらの返答に絶句した。


 アルゴは国内の腐敗した市場を、是正しようとしていたのだ。

 癒着や脅しで妨害工作をする連中にとっては、目障りこの上ない動きだっただろう。


「隣国だと……!?」

「先日、別の国との戦争が終わった。結果は引き分けだ。金や人員を摩耗しただけで、外貨も国土も獲得出来なかった連中には今、金がないのだろうな」


 以前から工作を仕掛けていたというのなら、次は戦争をしてた大国よりもこちらを狙って来た、と考えてなんらおかしくはない。


「そこで俺が、潰したと思ったにも関わらず動きを見せたから、もう一度潰そうとしたのかも知れんな。オデッセイ、お前もしかして、酒場かどこかで俺の悪口でも言わなかったか?」

「言いまくったよ!!」

「それが原因だな。今後軽率な行動は控えることだ」

「クソッタレが!!」


 今にもカークに殴りかかりそうなオデッセイを見つつ、話が終わったと感じたのか、エルフィリアが口を開く。


「ちょうど良いから言っとくけどさ」

「何です?」

「ボクたち以外にも、店の周りで張ってた奴らがいるよ。もしかして、そのパトロンって人の関係者かな?」

「……隣国の連中という可能性は?」

「それにしては、敵意を感じなかったけど」


 すると、図ったようなタイミングで馬車の音が響き、近づいて来る。

 ウルズの両手が塞がっているため、開けっ放しのドアの向こうに、ゆらりと二人の人物が姿を見せた。


 目立たない外套にフードを被って口元しか見えない二人の魔物狩り風の男たちだ。

 腰に剣をいている。


「あれ?w」

「誰だ?」


 心当たりがありそうなイーサが首を傾げるのに問いかけると、彼は頬を引きつらせながら、答えを口にした。


「多分、伯母上の私兵ス……」


 すると、店の目の前で止まった馬車……これも身分をバラさないためか、竜車でもなく小さな古ぼけたものだったが……の、屋根のない荷台からひらりと一人の女性が降りた。


 剣の青い鞘に見覚えがある。

 その彼女が手を差し出し、優雅な所作でヴェールを被ったもう一人の女性が杖を地面について、二人の男性と一人の女性を従えて店に入ってくる。


「……誰だ!?」

「礼を正せよ、オデッセイ。……わざわざこんな所まで、足を運んでいただく用事がありましたか?」

「ええ。アルゴ様であれば、感づかれているとは思いますが」


 ピン、とその場の空気が張り詰めるような声音に、正体に気付いたウルズが、あ……声を漏らす。


 アルゴは彼女に対して、丁寧に頭を下げた。


「夫人。少し立て込んでおりますが、お伺いいたします」


 そこに立っているのは、まぎれもなく、先日契約を取り交わした相手。


 トレメンス家先代公爵夫人ーーースオーチェラ・トレメンスその人だった。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る