「いいだろう、オデッセイ。お前には話してやろう」 「アァ!?」

「……お前は、俺を知っているのか?」

「知ってるか、だと? ああ知ってるさ!! テメェは覚えちゃいねーだろうがな!!」


 テーブルを挟んで対峙しているオデッセイは、ガン! と拳を机に打ち付けた。

 衝撃で証文が跳ねると、イーサがニヤニヤと笑いながら軽く体を引く。


「怒ると後でしんどくなるスよw 後、テーブル壊れるスwww」

「あぁ!?」

「黙ってろ、イーサ」


 万一オデッセイがカッとなって暴力に訴えたら、怪我をする。

 それはさすがに、彼にとっても面白い話ではないだろう。


「俺の何が気に入らない?」

「何もかもだ!!」


 オデッセイは、立っているアルゴを睨み上げて来た。


「何で大人しく、借金こんなモン背負ってんだ!? ギルドまで除名されて、あげくに市場でちまちまポーション売るような……そんな落ちぶれ方をする為に、テメェは必死こいて這い上がったのか!? アァ!?」


 感情の昂りのまま、オデッセイは吼える。


「オレサマに対して『くれてやる』って財布ごと金を放ったテメェの、そんな姿が見たくて、このクソみてーな街に留まってた訳じゃねーんだぞ!?」


 その言葉に、アルゴはようやく彼の正体に思い至った。


「テメェは俺の憧れだった!! それが何なんだ、今のそのザマはよぉ!?」


 気付いた瞬間、突然テーブルから身を乗り出して、オデッセイがこちらの胸ぐらを掴み上げてくる。


「……おい」

「いや、いい」


 真顔になったイーサを手で制したアルゴは、片頬に笑みを浮かべたままオデッセイの太い腕を掴む。


「なるほどな……『人様の物を盗み取ろうとは、いい度胸だな?』」


※※※


『ぐっ……!』


 裏路地に倒れ込んだ青年の肩を、アルゴは足で踏みつけた。

 顔はよく覚えてはいないが、髭面でもなければ筋骨隆々でもなかった一人の青年。


 彼に対して、アルゴは笑みと共に告げた。


『こんな日にスリを働こうとするとは、よほどひもじかったか? 仕事もなさそうな身なりだ』


 チャラリ、と、腰から金の入った革袋を目の前にぶら下げてやる。

 表通りでこいつに手が触れた瞬間に、アルゴは襟首を掴んでここまで引っ張り込んだのだ。


 身長はそれなりにあるがヒョロヒョロの青年は、大した力で抵抗もしなかった。


『俺の財布を盗もうとしたことは許し難い……が、今痛い目を見たことでチャラにしてやろう。その上で、だが』


 アルゴは足で強く肩を踏みつけたまま、彼の腹の上に革袋を落とす。


 腹にそれが落ちる鈍く重い音と、金属同士が擦れる甲高い音が響くと、青年は何が起こったのか分からない戸惑った様子を見せた。


『くれてやろう。今夜は、聖夜だ。贈り物をすると『神の加護』とやらを得られるらしい。受け取れ』

『……何を言ってるんだ、テメェは……?』

『ひもじいのだろう? 金がないのは辛いもんだ。これは俺の気まぐれな慈悲だよ。金貨換算で十枚程度の額は入っているだろう』


 アルゴは青年の肩から足を退けると、代わりにその顔に指を突きつける。


『どう使うのも、お前の自由だ。しかし人間が一年暮らせる程度の額でしかない。今夜で使い切るか、生活の糧にするか、そいつを大切に取っておいて『元手』にして這い上がるか……お前の気持ち次第だがな』

『元手……』

『這い上がるつもりがあるのなら、四番通り二番辻のケーズという男の店を訪ねろ。アルゴの紹介で来た、と告げれば、荷運びの仕事を紹介してくれるだろう』


 一日銀貨一枚程度のケチな仕事だが飯くらいは食える、と言い置いて、アルゴは背を向けた。


『なんで、こんな……?』

『聖夜に盗みを働いて捕まるようなバカを、一人減らせる。俺はいくらでも稼げるから、痛くもなんともない』


 アルゴは酔っ払っていた。

 そして、少しだけ青年が、自分の過去に重なっていた。


『こうなりたきゃ、努力しろよ』


 金に困らないためには、金持ちに生まれるか、金持ちになるかだ。


『金を稼ぐには、体か頭を使う必要がある。しかし体しか使わない奴は、頭を使う奴に良いように使われるだけだ。考えて、好きにしろ』


 ーーー俺は、この街で一番稼ぐ男になる。見とけよ。


 そうしてアルゴは、振り向きもしないままその場を後にした。


※※※


 たったそれだけの出来事だったが。


「その様子だと、無事にくれてやった金を生かせたようで何よりだ。取り立て屋がいい職業とは言えないが」

「テメェ……!」


 アルゴが思い出したことが分かったのだろう、彼は目を丸くしてから、襟首を掴んでいた手を離す。


「……別に本職じゃねぇよ」


 呻くようにそう口にしたオデッセイは、数年前に出会った青年だったのだろう。


「今の本当の仕事は、なんだ?」

「魔物狩りだよ! あのクソ野郎にめちゃくちゃこき使われて、肉もついたからな!」


 ふてくされたような顔をしたまま、オデッセイはポケットに手を伸ばすと、ごそっと紙束をテーブルに置いた。


 それは全て、アルゴの証文だった。


「全部は買えやしなかったが、ありったけ金をはたいたよ!! おかげですっからかんだ! てめぇから貰った分をちゃんと生かして、装備を整えて、必死こいて貯めた金が、テメェのせいでなァ!!」


 その証文を、オデッセイは拳で叩きつける。


「何が一番稼ぐ男だ!? 濡れ衣着せられて、黙っていいようにやられて、一番借金背負っただけの男じゃねーか!! そんな男に憧れて、俺は必死こいてたのかよ!?」


 オデッセイは、ギリギリと歯を噛み締める。

 その様子に、アルゴは笑いがこみ上げて来た。


 ーーーなんだ、気まぐれを起こすのも悪くなかったな。


「恩返しのつもりか? 律儀な奴だな」


 ずいぶんと捻くれていて……そして、真っ直ぐ過ぎて気持ちの良いバカが、目の前に現れてくれたのだから。


「いいだろう、オデッセイ。お前には話してやろう」

「アァ!?」

「俺が今から何をしようとしているのか」


 アルゴは髪に指を通して、目の前の男を仲間に引き入れる算段を立て始めた。


「ーーー耳をかっぽじって、よく聞け」

 

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