「オデッセイ。お前は、誰かに雇われている訳ではないな?」「ほぉ、よく気付いたな!!」

「オデッセイ……」


 その名前に、聞き覚えはなかった。


 アルゴは腕組みを解くと頭に手をやり、ゆっくり少し崩したオールバックに指を通す。


 ーーーさて、どう対処するか。


 目の前の男は、取り立て屋だ。

 そして莫大な借金を抱えるアルゴの財産を増やすまいと、あるいはこの街から逃すまいと現れた男でもある。


 そこで、アルゴは借金の証文に目を向けた。

 そうして、ふと思い付いて問いかける。


「お前はその証文を、どこから買った?」


 証文というのは、貸し借りの契約を交わす際に記すものだ。


 今の場合であれば『アルゴが、誰から、いくら借金をしたか』を記したものである。

 その中には『何日で、いくらの利息がつく』かも書かれている。


 つまり、金を借りた証拠そのものであり、金貸しの命綱なのだ。


 『取り立て屋』というのは。

 金貸し傘下の人間、あるいは金貸し本人である場合を除き、少し特殊な『仕事』だった。


「オデッセイ。お前は、誰かに雇われている訳ではないな?」


 この証文というのは、最初にアルゴが金を借りた人間の名前が記されているが、実は『持ち主が別の人物に売る』ことが出来る。


 借りた側が借金を返さない場合。

 貸し主は、この証文を別の人物に売ることで利息分を損切りし、代わりに元本がんぽん……つまり『貸した分の金』を取り戻すことが出来る。


 その為、証文は金額を割って、売りやすい枚数にして作ることが都では多かった。


 代理人ではない『取り立て屋』は、証文を金貸しから買った荒くれ者だ。

 ヤクザ、もしくは個人であっても、元本を減らさず利息だけを取り立てて相手に寄生し続ける。

 

 アルゴはオデッセイを、そうした人間の一人だと推測した。

 案の定、彼はあっさりとその事実を認める。


「ほぉ、よく気付いたな!!」

「俺が借りた何人かの金貸しは、どれもデカい連中だ。子飼いの取り立て屋の顔くらいはある程度把握している」


 その中に、オデッセイの顔はなかったのだ。


 ーーー売りやがったのがどいつなのかを、突き止めなければな。


 取り交わした初回返済の期限はまだ来ていない。

 法では、返済を一度でも滞らせた証文でなければ売ってはいけないことになっている。


 またアルゴは、契約の際に返す代わりに売らないことを確約していた。


 つまり、相手の契約違反だ。


 それを立証すれば、そいつからの借金は売った分減額、あるいは上手くやればチャラにすることが出来る。


 ニィ、と片頬を上げたアルゴは、オデッセイに要求した。


「なぁ、オデッセイ。お前、俺から余分に金を取ろうとしたな? 証文に記された金額を見せろ」


 相手には、本来それをきっちり提示する義務がある。

 

 代行であれば証文全部の取り立てを一括で可能だが、一部を買った人間はそうではない。

 オデッセイは、証文以上の金額を奪うために、あえて自分が『買った』ことを明かさなかったのだ。

 

 途端にヒゲ面に面白くなさそうな表情を浮かべて、彼はテーブルの上で証文を滑らせる。


「やはりな」


 記されていたのは、ポーションと薬草の現在の価格を合わせれば十分に賄える金額だった。


 倉庫の木箱を見た時、アルゴの反論を受けて強行的に奪わなかった理由だ。

 重いのは事実だが、ウルズたちが帰るのを待つのなら、今の間に荷馬車でも後ろの三人に用意させて奪えば済む話である。


 だがそうして過剰に差し押さえたことがバレれば、今度はオデッセイが国に追われることになるのだ。


「支払いは、物品差し押さえの時価払いではなく、きっちり現金でさせて貰おうか」


 証文に記された名前を見て、アルゴは売主も把握した。

 

 ーーー面倒くさいことになったと思ったが、むしろ幸運だったな。


「お前に支払う分は、借金減額を手伝ってくれたことに対する報酬だと思おう。助かる話だ」


 そんなアルゴの言葉に、オデッセイは目を細めた。


「おい、調子に乗るなよ! 俺がテメェの連れが帰ってくるのを待ってやってるのは、善意だぜ!? 今すぐに荷馬車を用意して奥の薬草全部もらってやってもいいんだ!」

「それが出来ないことくらい、分かっているだろう。荷馬車の件に自分で気づいていたのならな」

「俺が知ってる薬草の値段は安い。二束三銅貨にそくさんもん程度だ! お前が用意した分と合わせても、この証文にはちと足らんぜ!?」

「詭弁だな。別に今から市場で値段を一緒に確認しに行ってもいいぞ」

「提示されてるのは売値だろうが! 買値はもっと安い!」

「バカが。お前自身が店をやってるわけじゃない以上、元手が掛かってないもんの計算は売値に決まっている」


 原価取引が認められるのは、生産元と問屋、もしくは商人自身の買い付け取引に限られる。


「その薬草、テメェの足で取りに行ったんだろうが! 知らねーとでも思ってんのか!? つまりテメェは生産元だ!」


 アルゴは再び指を髪に通しながら、即座に言葉を切り返した。


「ではポーションは? 俺がイーサに依頼して作らせたもので、報酬を支払っている。売値にはその分が上乗せされるはずだが。俺がコイツに提示したのは、利益の30%だ」

「まだ街で売ってねぇな!?」

「売値を決めるのはこちらだ。そして、決めた値段で売れた実績はある。お前の推測通りにな」


 証文に記された金額自体は、利息を抜けばほぼ現状のポーション在庫で支払える程度の額だった。


 そして証文に記された利息は、1ヶ月で0.05%。

 まだ、利息上乗せの期限は来ていない。

 

「俺はおまけで薬草分も込みで払ってやろうしているんだ、オデッセイ。今から役場に行って貸し主の契約違反を報告すれば、その証文は紙切れになる」


 アルゴは、笑みと共に最後の一押しを突きつける。


「俺の借金を減額してくれた礼として、行く前に払ってやろうとしているんだ。調子に乗ってるのはどっちか、きっちり考えろ」


 するとオデッセイは。

 しばらくジッとこちらの顔を眺めた後に、不意に目を伏せてクックック、と肩を揺らして笑い始めた。


「お、オデッセイさん……?」


 それまで優位に立っているからとニヤニヤしていた、彼の手下であるカークが、うろたえたように親分を見る。


 しかしオデッセイは、それに答えず。


「いや、変わっちゃいねーな。テメェは!!」

「何?」

「その髪に指を通すクセも、キレる頭も、何もかも変わっちゃいない!」

 

 彼は顔を上げると、訝しむこちらに笑いかけながらも、相変わらず目に凶暴な光を宿したまま、言い返してきた。



「ーーーだからこそ、気に食わねぇ!!」


 

 アルゴは、そこで自分の読み間違いに気付いた。

 オデッセイの目に宿っていたのは、敵意でも、憎しみでもない。


 それは、アルゴに対する怒りの感情だった。

  

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