「ヒゲモジャ。お前、名前は?」「オレサマは、オデッセイ……オデッセイ・グレゴリオだ!!」
「よし。よくやった
「ちょ、その呼び方マジキツイんでやめてもらっていいスかwww アルゴさんでもぶっ殺しますよwww」
スオーチェラとの面会から二日後。
増産したポーションを数え終えて仕舞ったアルゴが褒めると、イーサがヘラヘラと笑いながら割と本気の目で言い返してきた。
「一生安泰の地位と金をドブに捨てるバカに、自分の立場を分からせてやろうと思ってな」
「十分分かってるし、別に捨ててねースwww」
「そうなのか?」
彼はヘラヘラと笑みを消さないまま手にしていた本に目を落として、何となく言いたくなさそうな様子を見せながら、説明した。
「権力だけはあるんで、あのオヤジ。別にいらなかったんスけど、猶予って形にしてもらったんスよw アルゴさんと一緒に一年いて名前上げれなきゃ、家に戻って復学するって条件で。代わりに邪魔すんなってねw」
「一年か」
「アルゴさんなら余裕っしょ? 俺が頑張んなくても、ついて行きゃ勝手に名前上げるでしょうしw」
楽なモンすよ、といつもよりは少し真剣な調子で、イーサは言う。
「アルゴさんは、マジヤベェっスからwww」
あれだけのポーションを、自身で作り出した簡易的手法を使ったとはいえぶっ通しで量産しておきながら、本心で『楽だった』と思っているわけではないだろう。
しかし、そこについては突っ込まなかった。
「これから売る方もある。ウルズが買い出しから戻ってきたら、辻売りに立て」
「うスw」
ウルズは今、旅装束を整えさせるためにエルフィリアの付き添いで外に出ていた。
備蓄食の類いやアルゴらの分はもう準備してあったが、彼女だけ、遠出をするに足る装備品を持っていなかったからだ。
エルフィリアは、付き添いに快諾してくれた。
きちんと護衛の代金を支払ってはいるものの、手を煩わせているのにありがたいことだ。
『どうせ、買ってきた魔物素材の査定が終わるまでは暇だしね。お小遣い稼ぎだよ』と口では言っていたが。
するとそこで、ノックもなく店のドアが開く。
「申し訳ありません、現在、閉店中ですがーーーまたお前らか」
と、口にしながらそちらに目を向け、ぞろぞろと入ってきた連中を見て微かに眉根を寄せる。
先日辻売りを邪魔してくれたヒゲモジャと、その日の夜に叩きのめしたカーク含む三人だ。
「何の用だ?」
両腰に手を当てたアルゴが目を細めると、ヒゲモジャはニヤニヤと答える。
「よう、アルゴ! 昨日は、偽物ポーション作ってるクッセェ臭いプンプン振りまいてやがったのに、今日はしねぇってことはそこそこ量が出来たんじゃねーかと思ってな!!」
「お前に何の関係がある」
「それが、関係はあるんだよなァ!!」
相変わらずバカデカい声で言いながら、ゴソゴソとヒゲモジャがポケットから取り出した羊皮紙を見て、昨日妨害してきた彼の正体をアルゴは悟る。
ーーーコイツ、取り立て屋か。
示された紙は、借金の証書である。
百万枚の金貨を単身で用意できる金貸し屋など、そうそういない。
いくつかの金貸し屋をハシゴし、ビップには用意出来なかった現金の代わりに証書としてそれを支払ったのだ。
ビップ自身には状況を説明しており、向こう数ヶ月は待ってくれるように約束を取り付けている。
だから彼らは、何処かの金貸し屋の手先だ。
「外見に似合わず、バカではないようだな」
「テメェもな、アルゴ! 理解が早くて助かるぜ!!」
ヒゲモジャは、どうやらずっとこちらの行動を見て、取り立てのタイミングを図っていたのだろう。
「金の一部を返して貰おうか!? もし金がねぇってんなら、モノでも良いぜ! 薬草とかポーションとかなぁ!?」
ポーションや薬草高騰の噂はきっちり機能しており、昨日からすでに急激に売値が上昇し始めている。
モノを売る前に原価で取られてしまえば。
薬草を採取してくる労働量。
あるいはポーションの生成に使った経費。
そうした売値の利鞘に上乗せする分の金額の分だけ、アルゴは損をするのだ。
「どうした!? 払えねーのかァ!?」
ガハハハ、とヒゲモジャは笑い、カークがそれを、おかしくてたまらないというようにニヤニヤと見ている。
「あの腕相撲で負けた奴、ぶっ飛ばしたいくらいムカつく面してますねwww」
「あのヒゲモジャも、むしりたいくらい腹が立つがな」
しかし金を用意するまで待て、と言われて待つほど、人の好い相手ではないだろう。
ふん、と鼻から息を吐いたアルゴは奥に向かい、ポーションを並べて仕舞った革製のトランクと在庫の薬草を放り込んだ大袋を手にした。
「それだけか!?」
「倉庫に勝手に入ってくるな」
礼儀のカケラもないヒゲモジャが中を覗き込んでくるのを、アルゴは睨みつける。
「あの二つのデカい箱が怪しいぞ!?」
「そちらの中にも薬草は入っているが、持って帰れるのか?」
ヒゲモジャの体の半分程度の高さの、両手を広げたくらいの幅がある木箱だ。
四人で一つずつ抱えて運ぶにしても重いモノである。
これだけの量をアルゴが一週間で集められたのは【カバン玉】はあるからだ。
「強盗に取られりゃ、今度はお前がそれを賠償することになるが」
「まぁ、良いだろう!!」
ヒゲモジャは首を引っ込め、アルゴは店内に戻る。
「だが、テメェが持ってる財産はこれだけじゃねーな!?」
「金なら、ウルズとエルフィリアに預けてある。今買い出しに出ているからな」
「ほー、ならそいつを待とうじゃねーか!!」
ドカッと店の椅子に腰を下ろしたヒゲモジャは、アルゴがポーションと薬草を置いたテーブルに肘を置いて、ニィ、と笑みを浮かべる。
「ついでに、買ってきたモンも貰おうか! 街から逃げられて、踏み倒されちゃ困るしな!!」
ヒゲモジャの言葉に、アルゴはピクリと眉を動かした。
ーーーコイツ、どこまで分かっている?
ただの取り立て屋ではない雰囲気を、アルゴは目の前の男から感じ取る。
エルフィリアが全てのポーションを買い上げたことは、誰も知らない。
取引は宿の部屋で行ったし、周りで店を構えていた商人連中にはこちらのやり取りは聞こえていないはずだ。
しかしもし誰かが監視していれば、アルゴの動きからそうして金を作った推測自体は出来なくもない。
同様に、その金を使って何をしようとしているかも。
だが、短時間の間に情報を収集することも、そこから推測を組み立てるのも、ただのバカに可能な芸当ではなかった。
ーーー後ろに、誰か黒幕がいるのか?
と、壁にもたれて腕を組んだアルゴは、ヒゲモジャの顔をジッと見つめる。
すると、ぶっとい腕を見せつけるようにテーブルに肘を置いた相手が、粗野な外見やこちらを威圧するような態度に似合わない目をしていることに気づいた。
敵意、あるいは憎しみ。
彼の目に宿っている光はそのようなものに見えた。
まして油断など
強敵と対峙しているような緊張感を持って、この場に臨んでいたのだ。
であるのなら、アルゴの情報から今後の行動を読んだのは、他の誰かではなく、彼自身である可能性が高い。
ーーー面白い。
アルゴは、彼に興味を抱いた。
バカではないどころか、賢い。
少ない情報から、こちらを困らせる完璧なタイミングで現れたその鮮やかな手腕は……下手をすれば、アルゴが商談に臨んだ、百戦錬磨の商人に迫るかもしれない。
だから、アルゴは聞きたくなった。
自分が追い詰められている状況でなお、それをひっくり返すことよりもヒゲモジャ自身に、彼という人間に、興味が湧いたからだ。
「ヒゲモジャ。お前、名前は?」
薄く、片頬を上げる笑みを浮かべたアルゴに、ヒゲモジャは意外な反応を見せた。
ふと真顔になった後、嬉しいとでも感じているかのような様子で、自分の名を口にする。
「オレサマは、オデッセイ……オデッセイ・グレゴリオだ!!」
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