「面白そうな話をしてるじゃねーか、借金野郎。俺にも聞かせてくれや」「誰だ? お前は」

 

 エルフィリアにポーションを納入し、代金を受け取った後。


 そのまま呑みながら、大きな声で彼女やイーサらとポーション高騰の話をし始めたアルゴは、折を見て周りに目を走らせた。


 大半の者はそれぞれに自分たちの話で盛り上がっているが、何人かこちらの話に耳を傾けている者たちを確認する。


 ーーー悪くないな。


 話を聞いた者たちは明日、真っ先に買いに走るだろうが、その後仲間伝いに噂は広がるだろう。

 商人の耳に入れば、薬草を扱っている者は一斉に値を釣り上げだし、ポーションを扱っている者は懇意の魔導士に生産の依頼をするはずだ。


 ーーー明後日には売り抜けるだろう。


 今回貰ったエルフィリアからの代金で装備は整えられる。

 後はスオーチェラの図らいでSランクダンジョン踏破の許可を貰ていれば、その足で一度都を出るのだ。


 内心でアルゴがほくそ笑むと、こちらの座る円卓に酔っぱらった誰かが近寄って来て、いきなり空いている椅子にドカッと腰を下ろした。


「面白そうな話をしてるじゃねーか、借金野郎。俺にも聞かせてくれや」


 それは、昼間に大将を連れて商売の邪魔をしてくれた腰巾着……ウルズに絡んでいて、アルゴに顎を殴られた男だった。


 だいぶ酒臭いので、気が大きくなっている上に、昼間のことで自分が優位に立ったと思ったのだろう。


 猿よりも頭が悪いようだ。


 ーーーだが、丁度いいな。


 アルゴがここを訪れた目的を果たすのに、最適な相手とも言える。


「誰だ? お前は」


 わざと挑発してやると、相手はピキリと額に青筋を浮かべた。


「ご主人様! 私の晩ご飯かもしれなかった、殴られて逃げた人ですよ!」


 ウルズが先に反応して、天然で相手の神経をさらに逆撫でする。


 ーーーいいぞ。


「昼間も会いましたよ!?」

「金にならん相手のことは覚えていないな」


 すると、相手がドン! と手にした酒瓶の底を円卓に叩きつけて、その上に乗った料理とコップの中身が揺れた。


 宿の食堂がシン、と静まり返り、相手の怒鳴り声が響く。


「ナメくさりやがって!! ざけんじゃねぇぞ!?」


 イーサは何食わぬ顔で、椅子の横に置いていた酒瓶……あらかじめ腕力増強薬パワードーピングを混ぜでおいた酒を、アルゴに手渡して来た。


 椅子にふんぞり返りながらそれを受け、アルゴは他の面々に目を走らせる。


 ウルズは目の前にあった自分の皿を避難させるように持ち上げて、チラチラと相手を見ながらも食事を続け、エルフィリアは特に慌てることもなく成り行きを見守っていた。


「勝手に座って馴れ馴れしくしておいて、騒ぐな。やかましい」

「こんなところで酒呑んでる暇があると思ってんのかァア!? テメェがこしらえた借金返してからにしろやァ!!」

「ほう、拵えるなどと難しい言葉を知ってるな、猿が」


 言いながら、アルゴはこれ見よがしに渡された酒瓶に口をつけて、グビリと飲み下した。


 酒に混ぜた薬の辛味が喉を抜けて、腹が熱くなる。

 ここに来る前に少量ずつ混ぜて試したのだが、やはりイーサ製のポーション薬の類は酒に混ぜると途端に飲みやすく、かつ旨くなった。


 この情報は収穫だ。


 ガン! と相手が椅子を蹴って立ち上がると、筋骨隆々の、片目に傷のある宿の主人がジロリと彼を睨みつける。


「おい、カーク。店の中で暴れたらどうなるか分かってんだろうな」


 荒くれを相手にするだけあって、気迫が違う。

 一瞬相手が怯んだところで、アルゴも立ち上がった。


「店主よ。俺も喧嘩は外でやるものだとは思うが、絡まれた上にわざわざ外まで移動するのはシャクに触る」


 言いながら食卓のものを退けるようイーサに手振りすると、彼はさっさと皿を持って席を後ろにずらした。

 エルフィリアも同じように、酒瓶と皿を持ち、テーブルが空いたところでアルゴは礼服の上を脱ぐ。


「腕相撲なら、良いだろう? この場にいる者たちには迷惑をかけた謝罪に、一人一杯、エールを振る舞おう」


 大衆を味方のつけるには、得をさせるのが一番だ。


 迷惑そうだったり単に興味津々だった荒くれ者たちが、一斉にテンションを上げて囃し立てると、宿の主人は押し黙った。

 しかし彼も儲かるので、口元がニヤけている。


「良いだろう。負けた方を叩き出す」

「ということだ、カークとか言ったか」


 白いカッターシャツの袖を捲ったアルゴは、ドン、と円卓に肘を置いて片頬を上げた。


「腕に自信があるから吹っかけて来たんだろう? 文句はないな?」

「上等だぁ!!」


 酒瓶を床に置いて、カークも腕を食卓に置く。

 調子者の荒くれが一人ジャッジに手を上げ、お互いに手を握り合ったところに両手を被せる。


「お互いに力抜け。……ファイッ!」


 そうしてジャッジの手が離れた瞬間。

 アルゴは、一瞬でカークの腕を巻き込んでなぎ倒しーーー。




 ーーー、カークを地面に倒して叩きつけた。




 イーサ製の魔導薬は、クソマズい代わりに高位ハイクラス魔導薬並みの効果がある。


 高位のバフ効果……人間を魔物に対抗出来るように、身体能力の強化を装備品・魔法や行為を行うなどで強化することを、『能力差を緩衝するバッファー』という魔術用語を縮めたもの……は、条件次第ではBランク以上の魔物に素手で対抗できるほどのものだ。


 正直、街のチンピラなど少量口にしただけでも相手にならない。


 手をはたいたアルゴは、あまりのことに言葉を失った荒くれ者たちと、足元で呻くカークに聞こえよがしに告げた。


「まだやるか? やらないならお前の負けだ。出て行け」

「ヒ、ヒィイイイイ!!」


 酔いと痛みで足に力が入らないのか、フラフラしながら逃げるように出口に向かうカークは、我に返った周りの連中に小突かれ、嘲笑を投げられながら外に転がり出て行った。


「騒がせてすまなかったな。続けてくれ」


 片手で樫の食卓を起こして片頬に笑みを浮かべるアルゴに、称賛の声が戻ってくる。


 元の喧騒を取り戻した店の中で、再び食事を続けようと着席したアルゴに、エルフィリアが言った。


「キミ、強いね」

「本心から言ってるわけではないだろう?」


 彼女はSランク冒険者である。

 こちらの仕掛けなどお見通しのはずだ。


 するとエルフィリアがニッコリ笑い、片目を閉じて指を振った。


「だから、自然なバフからここで騒ぎを起こした意図まで含めて、〝強い〟って思ったんだよ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る