「ーーー俺の望みには、俺にとって、俺の命を賭けるだけの価値があるんだ」

「理念は素晴らしいものです。より詳細に話を聞けば、十分に支援に値する話でしょう」


 スオーチェラの追求は、至極正論だった。


「アルゴ様ご自身の実績も素晴らしい。けれどその頭にアルゴ様を据えるには、対外的に信用がありません」

「当然のお話ですね」


 おそらくは、だが。

 スオーチェラ自身は、アルゴの構想に出資をしても良いと考えている。


 だからこそ彼女は、アルゴの失敗とイーサの存在から、身贔屓みびいきと他の貴族やつながりのある富豪に取られることを考慮しているのだ。


 それだけのギルドを立てるのに、彼女一人の出資では足りないからだ。

 最終的には、国家を納得させるほどの金が必要になる。


 ーーー考えていることが同じで、嬉しい限りだ。


 最初から出資が多い方がいいのは当然だ。

 しかし実績がない以上、その為には何らかの対外的な信用を得ることが必要になる。


 その分かりやすい例としての、借金完済、もしくは合理的な返済方法の提示なのだろう。

 スオーチェラは、どの程度、長期的な展望を見据えているのかを引き出そうとしているのだ。

 

「申し訳ありませんが、貴女の思うような堅実な返済案は持ち合わせていません」

「……」

「いくつか方法はあります。稼いでいけばいずれ信用を取り戻し、借金の完済は可能でしょう。ですが私は、そこまでの時間をかけるつもりがありません」


 別に功を急いでいるわけではないが。


「ギルドの設立を誰かが真似を出来るような速度でやっていては、見盗られて真似をする者も出てくるでしょう。先行者の権益を得ることは出来ないし、構想の目的を達成することは出来ません」


 同じ組織が乱立すれば、結局現状のギルドが大量にある状態と変わらないからだ。 


「ゆえに私は、名声を得るのが手っ取り早いと考えました。そしてその達成を、夫人からの支援条件として提示します」

「具体的には?」


 彼女の問いかけに、アルゴは一息置いてから告げた。




「ーーー最奥未到達の、Sランク指定ダンジョンの踏破を、私が成します」




 アルゴの言葉に、スオーチェラは微かに不快そうな気配を見せた。


「それを成し遂げた際に、私の構想の出資者となっていただきたい」

「現実的ではない話ですね」


 彼女の望んだ答えとは、だいぶ違ったのだろう。

 だがアルゴは、笑みを深めた。


 そう、スオーチェラであってもそう感じるくらい、非現実的だからこそ、良いのだ。


「ですが、成し遂げればこれほど他者に影響力のある功績もないでしょう。魔物狩りギルドが掛けているSランクダンジョンの踏破報酬は、金貨20万枚。私の借金の5分の1です」


 成し遂げれば、魔物狩りの間にアルゴの名声は轟くだろう。

 Sランクダンジョンを踏破する者は、強大な魔物を何匹も殺す必要があり、類稀な戦闘力がなければ本来不可能な偉業なのだ。


 傭兵たちは、強い者や金のある者を認める。

 商人たちにしたところで同様だ。


 都だけでなく、国中、あるいは周辺国にまで名が轟くような話なのである。


「命がけでそれを成す、と口にするだけならば簡単でしょう。願望に命を賭けるだけなら誰でも出来る。しかし実力が伴わないなら、ただの無謀です」

「しかし価値はある。他のどんな方法よりも、リスクに見合うだけのリターンを期待出来ます」


 スオーチェラは、一度目を閉じると、ゆっくりと開いた。


 途端に彼女の体から、おそらくはそれまで隠していたのだろう、身が竦むような覇気が放たれ、後ろのウルズが『ヒッ!』と声を上げた。


 母の横に立つアナスタシアまでも、顔を引きつらせている。


「お母様……?」

「そのような夢物語で、わたくしを説得出来るとお思いですか」


 彼女の声音は、ほとんど変わっていない。

 しかし怒りの気配がはっきりと滲んでいた。


「アルゴ様。貴方ほどの人物であれば、他にいくらでも方法を思いつくはずです。貴方は戦士ではない。みすみす命を捨てるような無謀を犯す必要のない場面のはずです」

「ずいぶんと、買っていただいているようですね。私に信用がないとおっしゃったのは、夫人ですよ」

「はぐらかすのはお止めなさい。借金の額は膨大で、信用も今はないでしょう。ですがわたくしは、他者の評価を鵜呑みにするほど愚かではありません」


 これからいくらでも取り戻せるだろう、と考えているらしいスオーチェラに、アルゴは嬉しくなった。


 ーーーこれほどの女傑に、そこまで買われて悪い気はしないな。


 だが、勘違いは一つ訂正しておかねばならない。


「夫人。確かに私は商人の身の上で、強大な魔物を何匹も退治するような腕前は持ち合わせておりませんが」


 アルゴは、両手で軽く崩したオールバックの髪を搔き上げると、空気が冷えるような威圧を放つ夫人の目を、真正面から見返した。


 気当たりが、物理的な威力を伴ったかのように中空に弾け、アナスタシアが驚愕の表情を浮かべる。




「ーーー商人は、紛れもなく戦士だ。そこは訂正していただこう」


 


 表面的な礼儀の皮を脱ぎ捨て、アルゴは『敵』を見据える。


 臆す、怯む、などという単語は、自分には無縁だ。

 スオーチェラは、自分と同程度の気当たりを見せたこちらをどう思っているのか知らないが、その鉄面皮は崩れない。


「ぶつけ合うのが肉体か交渉か、殴り合うのが拳か札束かの違いに過ぎない。隣国との境にあるSランクダンジョンは、最奥に至れないだけでその手前までの情報はある」


 アルゴは前のめりになると、両膝に肘を置いて指を組んだ。


「勝機がある、と睨んだからこその提案です。ギルド構想そのものは、間違いなく価値がある」


 成立すれば、その公平さに置いて無辜むこの人々が潤い、富む可能性が秘められているのだ。


 無謀で上等なのだ。



「ーーー俺の望みには、俺にとって、俺の命を賭けるだけの価値があるんだ」

 


 

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