「誰もいらないなら、ボクがそれ全部買わせて貰うよ? ーーーアルゴ・リズムさん?」 「……貴女も、俺をご存知でしたか」
「飲む時は、なるべく舌の上に乗せないよう一気に流し込んでください。
アルゴがエルフィリアにそう告げると、彼女はうなずいて、ぐいっと一気に中身を煽った。
「うっ……!」
苦しそうに顔を歪めながらもゴクリと喉を鳴らして飲み干した後、コップをこちらに返しながら、軽く咳き込む。
「ゲホっ、強烈ね、コレ。……でも、なんか甘みもあるわね」
ーーー甘み?
前に自分が飲んだ時は、強烈に苦いだけだったのだが、何かイーサが改良したのだろうか。
思いながら軽く彼に目線を向けるが、イーサは即座に首を横に振る。
彼自身にも心当たりがないらしい。
しかし、効果はあった。
「いかがでしょう?」
言いながら、視線を戻したアルゴがエルフィリアの腕を示すと、彼女本人も驚いた顔をして、周りの連中がざわめく。
しっかりと腕に刻まれていた三本爪の傷跡が、スゥ、と消滅していたのだ。
「……驚いた。ドラゴンの傷が跡も残らないなんて、
「ええ。効果は保証いたします」
先ほどの沈痛な表情から一転、晴れやかに笑みを浮かべて見せたアルゴは、集まった人だかりを軽く見回す。
「こちらのポーションの、味を補って余りある効能を、お客様ご自身の目でご覧いただいたことと思います。再度申し上げますが、こちらのポーション、通常のものよりもさらに安価で提供……」
と、アルゴがセールストークを展開し始めたところで。
「やめとけやめとけ!!! ソイツは詐欺野郎だぞ!」
突然通りの方からそんな声が聞こえて来て、人だかりが軽く割れる。
姿を見せたのは、粗野な雰囲気を持つ連中だった。
「あ! ご、ご主人様!」
「見覚えがあるのか?」
現れた連中の顔を見て、ウルズがコソコソと裾を引っ張って来たので目線を外さないまま応じた。
「正面の大きい人は見覚えありませんけど、後ろの人たち、私が食べ損ねた晩御飯です!」
ーーーその言い方だと、まるで人を食おうとしていたように聞こえるが。
そんな風に思いながら、アルゴは彼女の言いたいことを悟る。
ウルズに会った時に、彼女に絡んでいた連中が従っているのだ。
顎を殴った男がニヤニヤしており、残り二人は怯え半分、ニヤケ半分のような表情を見せている。
先頭に立つ、ヒゲモジャでデカい男は、ズカズカと近づいて来てさらに声を上げた。
「そこに立つアルゴってヤツは、商会ギルドの大事な客の荷物を、どこの馬の骨とも知れねー連中に任せたあげく、契約書を偽造して傭兵ギルドに責任を押し付けようとしたクズだぜ!!?」
「そのポーションも、どんなニセモンか分かんねーぞ!!www」
「や、やめとけやめとけ……w」
「あぶねーぞ、うん、多分……w」
アルゴは目を細めて、ヒゲモジャたちを睨みつける。
「……風評被害はやめてもらおうか。俺は詐欺を働いてなどいない」
はっきりと言い返すと取り巻き二人がビクリと震えた。
しかし彼らの言い草と、スッと笑みを消して豹変したアルゴに不信感を覚えたのか、人だかりが散る。
トラブルを避けようという意図もあったのだろう。
アルゴは鼻から息を吐くと、ぐしゃりと髪を掻き上げた。
「……商売の邪魔をするとは、いい度胸だ。覚悟はあるんだろうな?」
「おいおい、オレは親切で教えてやっただけだぜ!?ww 事実は正確に伝えねーとなぁ!?ww」
大きく両手を広げたヒゲモジャは、バカデカいしゃがれ声で言いながら、これ見よがしに周りを示す。
市場に並ぶ他の露天商人はニヤニヤとしており、通行人も何事かと目を向けて通り過ぎていく。
「いいのかい!? こんなところでケンカしたら、ますます悪評が増えるぜ!?www」
ーーークズだが、アホではないようだな。
確かにアルゴとしても、この場で騒ぎを起こして、せっかくギルドを通さずに許可を取った商売場所の許可を失うのは避けたいところだ。
「消えろ。今回だけは見逃してやる。二度目はないがな」
「ずいぶん上からだなぁ!?ww まぁ、オレ様も今回だけは見逃してやらぁwww ……この場だけ、はな……」
最後にボソリと付け加えて、ヒゲモジャはいなくなった。
一瞬鋭くなった目つきと、その一言。
ーーー今後も何か仕掛けがあるな。
周りの商人どもも何か関わりがあるかは知らないが、今後もアルゴが人を集めようとするたびに妨害するか、あるいは別のネタがあるのだろう。
奴の裏には、商会ギルドか、あるいは黒幕がいる。
ソイツは、借金を背負わせただけでなく、こちらに金を稼がせる気はないのだろう。
ーーー上等だ。面白くなって来た。
アルゴは、不敵に笑った。
商売に障害はつきもの……今回の場合、天災でもなく人間の形をしているのだから、まだやりやすくはある。
しかしほとぼり冷めるまでは、この状況でポーションは売れないだろう。
「仕方がない。撤収するぞ。また日を改める」
と、イーサとウルズに声を掛けるとーーー。
「え? そうなの? ボク買おうと思ったのに」
ーーー残っていたらしいエルフィリアの声が聞こえて、アルゴはそちらを振り向いた。
不思議そうな顔の彼女を、アルゴは改めて眺める。
『キモノ』と呼ばれる前合わせの衣服に似た黒い上着に、細身の冒険者服とブーツ姿。
腰のベルトに差した長大なカタナを、邪魔にならないように柄を手で押さえて鞘を上に向けている。
隙のない佇まいのエルフィリアは、今のやり取りを見ても特に何も感じなかったようだ。
「お買い上げいただけるのですか? エルフィリア様」
「あ、ボクのこと知ってたんだ」
「有名な方ですから」
一応丁寧な口調で話してはいるものの、もう本性がバレているので片頬を上げる笑みを浮かべたアルゴに、エルフィリアはニッコリと笑みを返してきた。
「キミは、そういう雰囲気の方が素なのかな? そっちのが良いよ、うん」
「ありがとうございます。ですが、よろしいのですか?」
「何が? だって実際、スゴい効果じゃない、それ」
と、彼女はイーサ製ポーションを指差してから、傷の消えた腕を振る。
「誰もいらないなら、ボクがそれ全部買わせて貰うよ? ーーーアルゴ・リズムさん?」
名前を呼ばれて、ピクリと片眉を上げた。
「……貴女も、俺をご存知でしたか」
「最初から知ってたよー。キミこそ、この街じゃ自分が有名人だって分かってないの?」
分かっていて最初から声を掛けてきた、ということらしい。
「俺のことをご存知なら、俺に関する事柄もご存知では?」
「うん。荷物を奪われた馬車を追った知り合いから、話も聞いたしね。でもまぁ、事実がどっちだったところでそれが効果あるのは間違いないし」
「そうですか。ありがとうございます」
まぁ、自分に対する評価など、どちらでもいい。
納得してお買い上げいただけるというのなら間違いなくエルフィリアはお客様であり、ポーションの効果には自信があり、予定していた金も手に入る。
万々歳だ。
「では、お代金は……」
「あれ? 全部買うって言ったじゃない」
絨毯に並べたポーションを丁寧に大袋に入れ、料金を伝えようとしたアルゴに、彼女は片目を閉じる。
「どういう意味でしょう?」
「その上に出てるヤツだけじゃなくて……【カバン玉】に入ってる在庫まで、全部って言ったんだよ、ボク」
アルゴは、少しだけ驚きを顔に出してしまった。
「やったね。〝
「参りましたね。とてつもなく目が鋭い上客であらせられる」
自分でも珍しく苦笑しながら、ポケットの中にある青い宝玉に触れた。
それは【カバン玉】と呼ばれる魔導具である。
理屈はよく分からないが、魔法的に作り出した収納空間にモノを収めることが出来るもので、大量の荷物を省スペースで重みも感じずに持ち歩くことが出来る。
一部の魔物狩りや魔導士が持っているそれ自体が非常に高価なものだが、以前イーサに欲しがっていることを伝えたら、どこかから売り手のツテを拾ってきてくれたのだ。
「これを俺が持っていることは、ご内密に願いたいところです。物騒なので」
「慎重だね。腕っ節にも自信があるんじゃないの?」
「そうでもありません。一介の商人ですから、魔物狩りや傭兵に狙われては太刀打ち出来ませんので」
良いよ、とうなずいたエルフィリアに改めて金額を伝えると、彼女自身が【カバン玉】を取り出して金貨袋から金を払おうとするので、アルゴは止めた。
「大口の取引です。先に詰めた分は担保としてお渡ししますが、残りは別の場所で正式に書面を交わしてお渡しします」
「どこに行けばいいかな?」
「こちらから、お伺いしましょう。お泊まりの宿など教えていただければ、今夜にでも」
「良いよ」
宿の名と場所を聞いてうなずいたアルゴは、改めて深々と頭を下げた。
「お買い上げ、誠にありがとうございます」
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