「どなたか、試飲していただけますか?」「ボクが飲んでも良い?」

 

「さぁ、始めるぞ。一度見本を見せるから、同じようにやれ」


 露天の準備を終えて。


 アルゴは軽く崩したオールバックの髪に両手の指を一度通して、パン! と両手を打ち合わせて気合を入れると、ニッコリと笑みを浮かべた。


「はわ!?」

「相変わらず変わり方がエゲツねぇwww」


 横で見ているウルズが目を見張り、同じくアルゴ商会の外套を着たイーサが、ポーションを並べた絨毯の後ろで爆笑する。


 普段は目つきが悪いと言われるアルゴだが、柔和で警戒心を他人に抱かせない笑顔は、商売人に必須の技能であるから練習したのだ。


 ウルズと同じ意匠の外套を身につけたアルゴは、朗々と声を張る。


「さぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! お買い得品の安売りにございます! 本日の商品はポーション、ですがそんじょそこらの品じゃあございません!」


 ニコニコと明るく、快活で裏のない声音を作って呼びかけを行うと、市場を歩く人々……特に想定した魔物狩りや傭兵らしき者たちの目を惹く。


「効能は、店売りのものよりも良ぉございます! お値段も見ての通りの安さ! ここをお通りの皆様だけに! 昼のほんの少しの時間、限定でお売りしております! まとめ買いの方にはお値段も勉強させていただきます!」


 人を惹くのは、安い、ということ、今だけ、という言葉、良いもの、という単語。


 それらが聞こえてこちらに目を向ければ、横には清楚な獣人少女。

 売っているのは、男の目すら引くほどの甘い美形。


 これで話だけでも聞いてみよう、と耳を傾けたところで。


「ですが少々、難点もございます……」


 あえてアルゴが声を落とすと、興味を引かれた人々が一歩だけこちらに近づいてくる。


 そこで高々と商品……青い正規の瓶詰めポーションを掲げたアルゴは、視線の合った人々に手招きした。


「どうぞ、お話だけでもいかがでしょう? 道の真ん中は他の通行される方々の迷惑となりますので、ささ、こちらへ!」


 自分に話しかけられている、と思えば人は動く。

 ここはあくまでも丁寧に、しかし気安く対応するのが常道だ。


 そうして数人が近くまで来たところで、アルゴは説明を続けた。


「お客様に対して、フェアではありませんので、ここで改めて申し上げておきます。これらは、見ていただければ分かるように安く提供させていただいているポーションです」


 値札を示すと、うなずく者も、目線だけ向けて納得した者も、胡散臭そうな顔をする者もいる。

 だが、アルゴは気にせず話を続ける。


「ですがあまり、旨くはない……はっきり言えば、非常に苦いのです。通常のものよりも遥かに」


 ポーションそのものも、茶や青汁を濃く煮詰めたような味がして苦い。


 その上の苦味、と言われて味を知る客らは嫌な顔をするが、彼らが去る前にさらにアルゴは言葉を重ねる。


「ですが、先ほども申し上げました通り、効果はこちらの方があります。まずこちらは、通常のポーションですが」


 と、アルゴはもう一本のポーションをポケットから取り出して、小さな木のコップに注いだ。


「どなたか、試飲をしていただけますか?」

「ボクが飲んでも良い?」


 すると、一人の女性が手を上げたので前に出てもらう。

 ポニーテールに黒髪を結えた軽装鎧の彼女は、軽く笑って包帯を巻いた腕を示した。


「つい先日、魔物とやり合ったケガが痛くてね。ポーションがちょうど切れてたから、助かるよ」

「魔物狩りの方ですか? お疲れ様です」


 アルゴは、その女性の顔に見覚えがあるような気がして記憶を辿りつつ、木のコップを彼女に向けて差し出す。

 

「少量なので効果は薄いと思いますが、味見ですのでタダでどうぞ!」


 すると魔物狩りの彼女は、それをグイっと飲み干して顔をしかめた。


「……うん、確かに普通のポーションね」

「腕の具合は如何です?」

「少しはマシになったけど、まぁこの量だったらまだ痛いかな?」

「では、同量の、うちのポーションを飲んでみますか?」


 アルゴはあくまでも、客に普通のポーションだけを飲んで貰った上で、こちらで効果の差を示すために『飲み比べ』をするつもりだったが、予定を変える。


 ケガをしているというのなら、好都合だった。


「出来ればその包帯を取って、傷が見える方がありがたいのですが……」

「いいわよ」


 魔物狩りの女性が包帯を取ると、腕にはかなり鋭い三本傷がついていた。

 

「……ドラゴン種の爪痕に見えますね」

「あら、慧眼ね。さっき狩ったのはAランクのドラゴンよ。これはその時の傷」


 すると、ザワ、と周りの者たちがさざめく。

 Aランクのドラゴンを狩れるような魔物狩りなど、正直、数えるほどしかいない。


「それはそれは」


 アルゴは、表向きは心配そうな顔で彼女の腕に目を向けつつ、言葉を返す。


 ーーーこの辺りで活動している、高名な、女性の魔物狩り。


 アルゴは彼女を知っている。

 思い出せないので直接の繋がりはないだろうが、今得た情報と重ね合わせると。


 ーーーSランク魔物狩り集団『雷迅の戦団ライトニング・アサルト』のトップ、エルフィリア・パミュ。


 他の客はどうやら傭兵寄りなのか、あるいは他所から来た魔物狩りなのか、気づいていないようだ。


 ーーーチャンスだ。


 有名な相手に効果を示し、買い上げて貰えればそれ自体が宣伝材料になる。


 アルゴは内心ほくそ笑みながら、表情だけ傷に対して痛ましそうなものを作り、イーサ製のポーションを差し出した。

 

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