「さて。では、そろそろ打って出るぞ」「ちなみに、どんな手で行くんスか?」

 

 それから一週間。


 突貫でポーションを作りまくったイーサと、露天での売り場確保や薬草集め、服の縫い上げに奔走したアルゴは、容姿を整えたウルズをじっくり眺めて腕を組んだ。


「想像通りだな」

「見違えたスねーwww」

「えへへ、似合いますか! ご主人様!」

「ああ」


 ポーズを取るウルズに着せたのは、彼女の褐色の肌を映えさせる青みがかった白のワンピースとリボンタイプのベルトだった。


 動きやすいように裾丈を短くしている分、腰回りを隠すために伸縮性のある黒い魔導布……イーサが持っていたものを加工したスパッツを履かせている。

 尻尾用の穴から柔らかそうな毛並みに包まれたそれが出ていて、リボンベルトの間で揺れていた。


「ウルズ、お前の仕事は、呼び込みだ」

「はい!」

「そのためには顔と声も重要になる。利発そうな印象を与えるために、仕事中は必ず前髪を上げろ」

「はい!」

「声もそれでいい。お前の声はよく通るから、今の声量を維持して呼び込みを行え」


 アルゴは彼女に、耳の前に小ぶりな白のフリルカチューシャを付けさせている。

 丁寧に洗って本来の輝きを取り戻した彼女のプラチナブロンドは背中あたりまであり、天然のウェーブがかかっていた。


「そしてなるべく動け」

「動く……それは何故ですか!?」

「晴れていれば、動くたびに髪と尾がきらめく。目を惹くだろう」


 ウルズの髪型はその特徴を活かすため、編み込みなどはせず、シンプルに頭とサイドを油でまっすぐに整えた後にレースのシュシュでくくらせている。

 

 くくった先から波打つ髪は窓から差す陽光にきらめていて、アルゴは美しく感じたのだ。


「そして思う限り可愛らしく振る舞え。野郎のお客様は基本的に愛嬌のある美人に弱い。お前に気に入られるために見栄を張らせれば、売り上げが伸びる」

「言ってることが悪どいスよ、アルゴさんwww」

「法律の範囲内だろう。ポーション自体の価格は低く抑えているしな」


 イーサが口を挟んでくるのに、アルゴは腕組みを解きながら答えた。


 ウルズは少し幼げな顔立ちも考慮して、清楚な印象に見える化粧を教えた。

 巷で〝童貞殺し〟と呼ばれている類いの美人局(つつもたせ)が、女にさせる化粧を参考にしたのだ。


  獣人としての特徴を活かした上で、勝気そうな釣り気味の碧眼を持つ幼い美貌に、男好きのしそうな方向性の服装と化粧。


 我ながら、完璧な仕事だと満足しつつ、アルゴは最後の道具を袋から取り出す。


「最後はこれだ。丈はお前の身長に合わせてある」


 ふわりとウルズの肩にかけたのは、黒に金糸の精緻な縁取りをしたケープだった。


「この紋章は?」

「俺の店のシンボルだ。つまりは、俺のシンボルだな」


 ケープの左肩と胸の間、騎士が勲章などをつける位置に縫いこんであるのは、獅子の爪痕と金貨の山を抽象化したマークである。


 清楚な服装の上にそれを身に着けることで、グッと印象が締まる。

 ただ可愛らしいだけでなく、硬質な雰囲気とシンボルを合わせることでうちの店の売り子であることを強調しているのだ。


 つまり、手を出せばアルゴを敵に回すことになる、という威嚇であり、ウルズ自身のお守りでもある。

 獣人がいくら強くとも、獣人であるとバレていれば対処のしようはいくらでもあるからだ。


「でも、ご主人様。こんなに顔を晒してしまうと、もしイケメンに遭遇した時に目を守るものがありません!!」

「それがどうした」

「溶ける可能性が上がります!! 仕事にならなくなったらどうします!?」

「慣れろ」


 バッサリ切り捨てたアルゴは、パン、と手を叩いた。


「さて。では、そろそろ打って出るぞ」


 薬草集めは、ウルズの獣人の鼻や夜目に頼れるようになったことでさらに効率が上がり、予定していた量を遥かに超えていた。


 薬草の値段はジリジリと高まり続けている。

 もう数日で、さらに変動するだろう。

 

 今が動くタイミングだった。


「ちなみに、どんな手で行くんスか?」

「薬草が高くなり過ぎる前に……つまりは同業者が注目し始める前に、可能な限りの口コミでポーションを売っているという知名度を得る。そして値段が高騰する、という情報を根拠とともにあえて大々的に、流す」


 流した者、つまりは自分の正体は明かさないように広めることで、薬草を持っている連中が軒並み、先んじて値を釣り上げ始めるだろう。


「そうなればチャンスだ。合わせて、宣伝になるようにさらに手を打つ」

 

 アルゴは、机に並んだポーションの青い液体が入った小瓶とは別の、赤や緑の液体が入った小瓶を手にした。


「お前が作ったこの一時能力増幅ドーピング薬でな」


 イーサが、ポーション作りの傍ら作ったものだ。

 摘んできた薬草の中に混じっていた、【スタミナの葉】や【力のタネ】などのエキスを抽出したものらしい。


 赤は、一時的に膂力を数倍にする増強薬。

 緑は、一時的に疲労感を吹き飛ばす高揚薬。


 どちらも本当に一時的な効果を得るもので、無茶をすると全身筋肉痛で動けなくなったり、疲労感で一日寝込んだりする代物だそうだが、やはり市販のものより効能があるそうだ。


「それ、ネタで作ったんですけどねwww 本当に役に立つんスか?」

「立つな。例えばイーサ。お前は口コミで話が広がる場所はどこだと思う?」

「そりゃ酒場とか、道端での雑談スよね」

「なら、酒場で目立った上で話をすれば、より一層話の広がりが早いだろう?」

「ですね。でも、それとクスリとどんな関係が?」


 イーサがよく分かっていないようなので、アルゴは片頬に笑みを浮かべて告げた。


「今夜、一緒に出向くか?」 

「いっスね! 久々に酒飲みたいっス!!」

「なら、その分の酒代は自分で稼ぐことだ」


 彼の取り分は、ポーション作りの手間と合わせて、経費と準備費用を差し引いた30%。

 同様に、ウルズは10%。


 目標値を超えた場合はそれぞれに5%のボーナス、残りがこちらの取り分だと伝えてある。

 二人が売っている間に、アルゴは別方向への根回しに向かうつもりだった。


「気張って売れ。売れば売るほど、得をするからな」

「「おー!!!」」

 

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